イエスかノーの、その二択
この場を切り抜ける方法が知りたい。切実に。
……静、お願いだから乱入してきてよ。いつものあの無駄な行動力を出来れば今、発揮してほしい。しかし変なところで空気を読む静に、期待は出来ない。
自分でなんとかするしかないのか、やっぱり。
「せ、先輩の分も作ってきましょうか……?」
決死の覚悟で、わたしは尋ねた。
侑にだけお弁当を作った。それが原因だというのなら、先輩にも同じことをすればいいのではないか。という実に安直な発想しか浮かばなかった。
わたしの発言に、先輩は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ奇妙な顔をしたかと思うと、すぐに泣き笑いのような顔になって、そしていつもの穏やかな表情へと戻っていった。先輩にしては珍しい、あのブリザードのようなオーラもすっかり消えてしまっている。
……正しい選択肢を選べたのだろうか?
「ごめんな、晶。ちょっとどうかしてた。弁当届けてやるなら、俺は先にカフェテリアに行くけど、どうするんだ?」
「大、丈夫、ですよ。……届けてきますね。すみませんが先に行ってて下さい」
一気になごやかなムードになって、緊張が解ける。でも。
「わかった。じゃあ、またあとで。………………ああ、それと」
それと?
「弁当は、いらない」
ふわりと微笑んで、先輩が去っていく。その微笑みには、困ったような色が滲んでいた。
だんだんと遠ざかる先輩の後ろ姿を、わたしは追えない。
廊下に立ちつくすわたしに、ちらちらと視線を向けてくるヒトもいたが、それはどうだって良かった。
イエスかノー。その二択で、ノーを先輩が選んだだけ。
でもこれは予想外に傷つくなぁ。さっきの泣き笑いのような顔と一緒になって、わたしの胸を深くえぐる。先輩にそんな顔をさせたのはわたしなのに。
無意識のうちにくちびるを噛む。
やってしまった。
先輩が、笑っていられることが、わたしの何よりの幸せで。“あのとき”を知っているからこそ、わたしはもう、先輩が何かに傷つくのは嫌だった。誰かに傷つけられるのは嫌だった。
生きている限り、傷つかないなんて無理だってわかっているけれど。
大好きなヒトを、自分で傷つけた。
しばらくは立ち直れそうにない。ああ、でもこれから先輩とランチだ。初めてだよ、こんなに憂鬱なランチタイムは。か、帰りたい……! 先輩に、急に生徒会の仕事とか入らないだろうか。どんな顔をして会えというのだろう。
「……バカだな、わたし」
「そうかもねー」
誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いたはずなのに、返事が返ってきた。
「え?」
「だからー晶がバカかもーって話」
気がつくと静がわたしの顔を覗き込んでいた。近い、近いよ、静。いくらなんでも近すぎるでしょ。
「晶は、バカだと思う。でも、安心してー。あのヒトもバカだから」
あのヒト……って先輩ですか、静さん。バカって、そんな。
「ま、いーや。さっさとおとーとくんとこ行っといで~。ぐずぐずしてるとお昼、終わっちゃうよ?」
「……うん」
静にそれ以上話す気がないのがはっきりとわかったので、食い下がりはしない。……ただ、あまり意味深長なことを言わないでほしい。いつものことだけれど、今日は余計、気になってしまうから。
「ホントーにバカだよねぇ」
面白そうに、けれどどこか呆れたように、静は呟いて。
「早く元通りになるといいんだけどなあ」
あの二人の行く末に気をもんでいるのは、静だけではない。先ほどの出来事はあっという間に全校生徒に広まるだろう。
「みんな心配してるんだよ」
でも予想外に時間がかかってるねーと、溜息を一つ床に落とした。




