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わたしの世界の中心は

「そりゃお前、棗にも作ってやるべきだろ」

 当然だろ、と言わんばかりの口調に、お前もか、という言葉が思わず口をついて出そうになった。危ない。いくら見知った仲であるとはいえ、相手は先輩だ。言葉にならなくて良かった。

 それにしても、井上先輩まで同じことを言うとは思わなかった。

 流石に三人から言われるとわたしが悪いのかなと、思っちゃうじゃないですか、ねえ?

 考え込んでしまったわたしを見降ろしながら、井上先輩は壁にもたれかかって、気だるげに缶コーヒーを飲んでいる。

 カフェテリアの周辺は人気がなくて、立ち話をするのにはちょうど良かった。食事時には大変混雑するカフェテリアだが、それ以外の時間はほとんど誰も立ち寄らない。訪れるのは近くに置いてある自動販売機で、飲み物を買いに来る生徒だけだ。

 そしてわたしも井上先輩もその例外ではなく、飲み物を買いにここに来たのだった。

 三年生の教室に行く勇気はとてもじゃないがわたしにはないし、井上先輩と先輩は同じクラスだから、ヘタに呼び出すと先輩に怪しまれてしまう。先輩にはあまり知られたくなかったので、わたしは偶然に頼るしかなかったのだ。井上先輩がこの時間にコーヒーを買いに来てくれて、ホントに良かった。

 井上先輩と遭遇するまでずっと、静と小夜ちゃんに言われたことを考えていたせいか、つい、例のお弁当の件を相談してしまったわけだが、お弁当についての話より、相談したかったことがある。というかそのためにわたしは井上先輩を探していたわけだが、さあて、なんて切り出せばいいのやら。迷ってしまうね。

「……お弁当の話は、置いといてですね」

「それはもういいのかよ」

「……間違ったことしたって思えないんですよねえ。どうしても」

 静から、小夜ちゃんから、そして井上先輩から、諭すように言われても、正直わたしの心は全く動かなかった。重いでしょう。別れた彼女からの、お弁当、それも、―――手作り、だなんて。わたしは先輩の、足枷にはなりたくないのですよ。まあ、そんなこと先輩は微塵も思っていないのでしょうけど。これはわたしなりのけじめ、みたいなものだ。

「だって、迷惑でしょう? いきなりそんなもの作ってこられても」

 にっこりと、わたしは井上先輩に微笑む。俗にいう、作り笑いというやつで。

 そうだな。迷惑だな。―――そんな、わたしの予想した返事は返ってこなかった。

「棗は、喜ぶぞ?」

 は? 今なんと?

「賭けてもいい。信じられねえなら、賭けてもいい。なんなら今度、Aランチおごってやる。ま、オレが賭けに負けたらだけどな」

 井上先輩はその整ったお顔に、何故だか余裕の笑みを浮かべていらっしゃった。わーその顔、なんだかとっても、腹が立ちますね。

 まあ、いいですよ。休み時間だってそう長くはない。井上先輩に偶然出会える機会だって、そうそうない。さっさと、先に進みましょう。

「Bランチがいいです、わたし。で、本題なんですけど、わたしと先輩が別れた理由知りません?」

「……ワガママだな、お前。負ける気しねえからいいけどよ。……随分ストレートな質問だな。残念でした、その答えは棗しか知らねえよ。わかってんだろ? お前も」

「先輩そういうこと、基本ヒトに喋りませんからね。べらべら話されてても困りますけど。……井上先輩は、先輩と同じクラスですよね?」

「ああ」

 先輩の碧の瞳は、明らかに不審に彩られていた。お前知ってるだろ、って? ただの確認なんだからそんな目で見るのやめてくださーい。

「クラスに、先輩とよく話すヒトとかいないんですか? 女のヒト限定で」

「何、お前棗の浮気疑ってんの? それはない」

 井上先輩それ、質問の答えになってないです。

 わたしが口を開くより早く、井上先輩が言葉を重ねた。



「―――棗にとって特別なの、お前だけだし」



 その言葉は、真実ですか? わたしにはわからない。井上先輩を信じていないわけではないのだけれど。

誰にも、わからないから。ヒトの心は。

「……別にヨリ戻したい、とかじゃないんですよ、わたし。ただ気になるんです、先輩の最近の謎の行動のわけが」

「謎の行動って…別れたくせにお前にひっついてることか?」

「そうですよ。嫌なわけじゃないんです。先輩がとる行動にとやかく言うつもりもないんですけどね? 別れたハズなのに状況は以前と全く変わらない―――なら、なんでわたしたち別れちゃったのかなーって」

「……てか棗別れるときに理由とか言わなかったのか?」

「はい、何も」

「………お前それに何も言わなかったわけ?」

 恐る恐る…といった調子で井上先輩が尋ねてくる。

「はい。……いや、まさかこんなことになるなんて考えてもみなかったんですよ! それにわたしの世界は先輩優先でまわってるって、井上先輩もよく知ってるじゃないですか!」

 先輩がニコニコしてるのを見てるのが好きだから、それで幸せなのですよ。

「別れ切り出されてるときくらい、もうちょっとなんか言えよ!」

「先輩に別れたいって言われたら、別れますよ」

 いつだってわたしは、先輩の御心のままに。……流石に先輩が危ない方向に走りそうになったら、全力で止めますけどね?

 あれ、なんか井上先輩疲れてません? わたしも疲れましたけど、それ以上に疲れて見えるのは、気のせいですか?

 碧の瞳は何かを語りたそうにしていても、そのくちびるは動かない。両者とも無言のまま。

 キーンコーンカンコーン、キーンコーンカンコーン。

 ああ、鳴ってしまった。

「教室、戻らないとですね」

 一応当初の目的は果たせたので良しとする。大した収穫はなかったけど。

 ありがとうございました、そう言って頭を下げれば。上から声が降ってきた。

「言いたいこと言えよ、棗とちゃんと話しあえ。お前らにはコミュニケーションとやらが、決定的に不足している気がする」

 二度目のありがとうございます、は、心の中で唱えておいた。

 最後のやり取りで、井上先輩に対する好感度が、十くらい上がったかもしれない。

 ひらひらと手を振って去っていく井上先輩に、わたしもまた手を振りながら、もと来た道を引き返していく。

前回の更新から一カ月以上間が空いてしまい…誠に申し訳ありません。

更新日がバラバラなことも重ねてお詫び申し上げます。

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