先輩は秘密主義
更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。
『わからないことはわかっているヒトに訊きましょう』
それがわたしが子どもの頃、あの塾で学んだことだ。
そうだ。簡単なことじゃないか。わからないことは訊けばいい。この場合、答えを知っているのは先輩ただ一人だから、先輩に直接訊く必要がある。……なんか誰か他に答えを知っているヒトはいないのだろうか。出来れば先輩以外のヒトに訊きたい。
でも先輩、結構秘密主義なところあるからなあ。
とりあえず、井上先輩と接触を図ってみよう。きっと答えは知らないだろうけど、仮にも先輩の親友なのだから、何か知っていることがあるかもしれない。
―――今日一日井上先輩に会いませんように、と心の中で念じる。どうでもいいときばかり遭遇して、肝心なときに会えないヒトだから。会いたいと思ったなら、遭遇する確率は低くなる。だからこう願うことによって、井上先輩との遭遇確率を少しでも上げておかなければ。
全く厄介なヒトだなあと、失礼なことを考えながらわたしはお弁当作りに没頭していった。
一人遅れて登校するというのは、なんとも居心地の悪いものだ。教室の扉を開けた途端に突き刺さる、クラスメイトたちの視線、視線。
悪意の籠ったものではなく、ただ単に好奇からくるものなんだろうけど、これはちょっとツライ。このクラスで課外を休むヒトなんていないし、珍しいのだろうけど。
「晶おっはよう!」
わたしが席に着くと、友人の斉藤静が、しんと静まり返った教室の空気をものともせずに話しかけてきた。
静の声で、教室がいつもの空気に戻った。そのことにほっとする。
「おはよ、静」
「今日なんで課外休んだの? ひょっとしてお弁当作ってた?」
にやり、とかわいらしいその顔にはあまり似つかわしくない笑みを浮かべて、静が問うた。
「なんで知ってんの……?」
怖っ。情報元はどこですか。
答えは教室の入り口から返ってきた。
「侑くんに聞いたんです。おはようございます、晶先輩」
わたしは声の主の方へ向き直る。顔を見て、ああ、納得。そうかそうかあなたがいたね。
「……小夜ちゃん」
侑と同じクラスの清楚な美少女。可憐、とか、儚げ、といった言葉が良く似合う彼女は―――侑の大ファンです。良く言えば。彼女の侑くんフリークは全校生徒に広く知れ渡っていて、彼女が侑について知らない情報はほとんどないとか。義姉のわたしより詳しいかもしれない。
侑が好き、といっても彼女が侑に抱くそれは恋愛感情ではないらしく、ただ綺麗なものを眺めていたいだけなのだそうだ。
わたしとも仲良くしてくれるいい子で、文芸部所属なので、静の後輩でもある。
お弁当情報は小夜ちゃんか。わかってよかった。
「簡単に答え教えちゃってつまんなーい! ダメでしょ小夜」
「すみません。静先輩」
何気ない動作でわたしたちのクラスに入ってきながら、小夜ちゃんが謝罪の言葉を口にした。ここは一応二年の教室だが、堂々と入ってくるあたり小夜ちゃんは全く気にしていないらしい。
「まあいいけどー」
けらけらと、静は笑った。
「というわけで答えは小夜に訊いた、でしたー。侑くんとっても喜んでたってよ? 良かったねぇ。おねーちゃん?」
「そうだね。ていうか侑がそんなことまで話してることにびっくりした」
「今日は朝から上機嫌だったので…きっと晶先輩絡みだろうな、っと思って話しかけたらあっさり教えてくれましたよ?」
かわいらしく小首を傾げた小夜ちゃん。
わたしと侑に血の繋がりがないことは、周知の事実で。そして侑がわたしをただの義姉以上に想っていることも、たいていのヒトが知ってるんじゃないかなあ? それでわたしたちが知らないフリをしているというのも、おかしな話だけれど。
「隠しててもどーせ、小夜の知るところになるんだしねー」
「そうですねえ」
……確かに、小夜ちゃんの知らない情報なんてなさそうだけどさ。それって一体どこから仕入れてくるんだろうね?
「…それはいいんですけど、お弁当作ってあげたのって、侑くんにだけですか?」
「あ、それ気になるー」
はいはーい、わたしも、という風に、静がまっすぐに腕を伸ばす。
「……そうだけど、どうして?」
わたしの回答に静と小夜ちゃんは顔を見合わせて。
「それはまずいですよ」
「それはマズイよー」
そして二人にやれやれ、といった具合に首を横に振られた。
……え、なんで?