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縁談を九件断った鉄壁の騎士団長が、部下の私のお見合いだけは全力で止めてきます

作者: KOTOHA
掲載日:2026/09/16

「団長、また縁談を断ったらしい」

 

 朝一番。その話を聞いて、リーナは剣を取り落とした。


「これで九件目だ」

 

 副団長のガイが、足元に転がった剣を見る。


「リーナ、お前まで断られた顔をするなよ」


「してません!」

 

 リーナは慌てて否定した。


 好きになって三年。いまだ告白すらできずにいる。


 訓練場の向こうでは、騎士団長クラウスが新人の構えを直していた。

 

 二十八歳。『鉄壁のクラウス』の異名を持つ。


 守りは堅く、剣の腕も王国屈指。


 おまけに顔もいい。


 そんな彼に来る縁談の相手は、美しく、家柄のよい令嬢ばかり。


 なのに、すべて断る。


 姿絵さえ見ないという徹底ぶりだ。


「今回も『結婚する気はない』だとさ」


「……そうですか」

 

 そんな令嬢たちでも駄目なのだ。

 

 毎日泥だらけで剣を振っている自分が、好きです、なんて。


 ゼッタイに……言えない!


「リーナ、剣」


「はい……あっ!」


 拾おうと身を屈めた瞬間、左肩に痛みが走った。


「どうした?」


「いえ。なんでも――」


「左肩か」


 低い声に、リーナは背筋を伸ばした。


 さっきまで向こうにいたはずのクラウスが、目の前に立っていた。


「昨日、斬られたところだな」


「かすっただけです」


「上着を」


「もう平気ですから」


「血が滲んでいるじゃないか!」


 言われて見れば、袖の付け根に赤い染みができていた。


 自分でも気づかなかったのに。


「医務室へ行け。今日の打ち込みは禁止だ」


「でも、あと百本――」


「駄目だ」


「……はい」


 剣を拾ったクラウスが、リーナの右手に柄を向ける。


 左肩に響かないよう、すぐ手の届く位置で待ってくれていた。


 こういうところが、好きなのだ。


「ありがとうございます」


「ああ」


 好きになっても、つらくなるだけなのに。


     ◇


 昼過ぎ、リーナは巡回報告を届けに団長室を訪れた。


 机の端には、縁談の書類が置かれていた。


 開かれた様子もない。


「肩は?」


「手当てしていただきました」


「そうか」


 クラウスが書類から顔を上げる。


「ところで、昼は食べたか?」


「……これからです」


「もう二時だぞ」


「報告をまとめていたら、つい」


 机の引き出しから、小さな包みが出てきた。


 近くのパン屋の、胡桃パンだった。


「食べなさい」


「団長の分では?」


「私は食べた」


「でも」


「腹が減っていては仕事に身が入らん。君は空腹だと、訓練でも踏み込みが甘くなるからな」


「そんなところまで見てたんですか!?」


 恥ずかしい。


 好きな人に、空腹まで見抜かれている。


 受け取った包みから、胡桃の香りがふわりと漂った。


「……ありがとうございます」


「ああ」


 この優しさを、勘違いできたらいいのに。


 リーナは机の端の書類を見た。


「あの。縁談、またお断りになったんですね」


「……ガイか」


「とても素敵な方だそうですよ。一度くらい、お会いになってみては?」


 口にしてから、後悔した。


 もし、会うと言われたら。


「必要ない」


 ほっとしてしまった自分が、嫌だった。


「リーナ」


「はい」


「君は、私に結婚してほしいのか」


 顔を上げると、クラウスがこちらを見ていた。


 報告を聞くときより、ずっと真剣な目だった。


「団長が幸せになるなら……結婚してほしいです」


「そうか」


 クラウスが視線を落とす。


 ぱき、と小さな音がした。


「団長?」


「……すまない。どうやら、ペンが傷んでいたらしい」


 ひびの入った軸を机に置くと、クラウスは新しいペンを取った。


「仕事は後でいい。先に食べなさい」


「はい」


 リーナは頭を下げ、部屋を出た。


 廊下で包みを開く。


 ほんのり甘く香る胡桃パン。


 リーナの好物だった。


 そんなことまで覚えていてくれるから、三年経っても諦められない。


     ◇


 その翌日、実家から縁談の手紙が届いた。


 相手は財務局に勤める男性で、穏やかな人だという。


 結婚後も騎士を続けてよいと、わざわざ書き添えてあった。


「いい話じゃないか」


 休憩室でガイが言った。


「……そうですね」


「それで、どうする」


 リーナは返事を書きかけた便箋を見た。


「会ってみようと思います」


「団長には?」


「どうしてそこで団長が出てくるんですか!」


「三年見てりゃ分かるさ」


 顔が熱くなった。


 ガイは椅子の背にもたれる。


「一度くらい、気持ちを聞いてみたらどうだ」


「……九件です」


「うん?」


「九件も縁談を断ってる人に、『好きです』だなんてゼッタイ言えません」


「そうなのか?」


「そうですよ。しかも、断られたあとも、毎日顔を合わせるんですよ?」


 同じ訓練場で剣を振る。


 報告を届ける。


 怪我を隠して叱られる。


 その全部が気まずくなるくらいなら、今のままがまだマシだった。


 けれど。


「団長に縁談が来るたび、ヘコむのも嫌なので……」


「とっくに顔に出てるぞ」


「だからです!」


 リーナは便箋に視線を戻した。


「そろそろ、前に進みます」


 ガイは少し黙った。


「……そうか」


 その声が珍しく優しくて、リーナは顔を上げられなかった。


     ◇


「日曜日、休暇をいただきたいのですが」


 翌朝、団長室でリーナが告げると、クラウスは頷いた。


「ああ。何か予定が?」


「お見合いです」


 ペンが止まった。


「……何?」


「お見合いです。財務局にお勤めの方と」


「断れ」


 今度はリーナが止まった。


「はい?」


「その男は駄目だ」


「まだ名前も申し上げていませんが」


「財務局だろう。帰りが遅い」


「別に問題ありません」


「…………」


「私が騎士を続けることにも、理解のある方だそうです」


「剣は?」


「はい?」


「剣は使えるのか?」


「文官ですよ?」


「君より弱いじゃないか」


「王国の男性の九割くらいは私より弱いですよ!」


「なら残りの一割から選べ」


「どうして結婚相手を武力で決めなきゃいけないんですか!」


 クラウスは真顔だった。


 リーナは机に両手をつく。


「そもそも、どうして団長が私の結婚相手に口出しするんです?」


「上官として――」


「越権行為です」


 ぴしゃりと言うと、クラウスが口を閉じた。


「仕事の指示には従います。でも、誰と結婚するかは私が決めます」


「……あ、ああ」


「団長には、関係ありません」


 言った瞬間、胸が痛んだ。


 本当は、団長に好きだと言ってほしかった。


 けれど、それが叶わないから諦めようとしているのに。


「……そうだな」


 クラウスは握っていたペンを、ゆっくり置いた。


「私が命じることではなかった。すまない」


 頭を下げられて、リーナは机から手を離した。


「休暇は取ってくれ」


「……はい」


 リーナは扉へ歩き出した。


 終わってしまう。


 このまま部屋を出たら、本当に。


「……ただ」


 背後から声がした。


「君に行ってほしく……ない」


 リーナの足が止まった。


「…………え?」


 振り返ると、クラウスが真っ直ぐこちらを見ていた。


「私が……嫌なんだ」


「……どうしてですか!?」


「君には、君を大切にする男と一緒にいてほしい」


「まだお会いしてもいません。その方が大切にしてくださらないなんて、分からないでしょう」


「分からない……か」


「では、誰ならいいんですか」


 声が震えた。


「私の仕事を理解してくれて」


「……」


「騎士を辞めろと言わなくて」


「……」


「遠征から帰るのを、待っていてくれて」


「……」


「私を大切にしてくれる」


「……あぁ」


「私は、それで充分なんです」


「それだけじゃ……駄目だ」


「え?」


「君が怪我を隠しても、気づく男がいい」


 リーナは口を閉じた。


「食事を抜けば、食べさせる」


「……はい」


「無茶をしたら叱る。君が大丈夫だと言っても、そのまま信じない」


 思わず、左肩に触れた。


「君は強いから、誰もが任せる。そして君も引き受ける」


 クラウスの視線が、その手に落ちる。


「せめて、一人くらいは止めなければ」


 怒っていたはずなのに。


 もう、怒れなかった。


「……それ」


 リーナは小さく息を吸った。


「全部、団長がやっていることじゃないですか?」


「…………」


「そこまでやる人、団長しかいませんよ?」


 クラウスが立ち上がった。


 机を回って、リーナの前で止まる。


「なら……私を選んでくれ」


「……え?」


「君を他の誰かに任せたくない」


「団長、それって……」


「君と……生きたい」


「でも団長は、結婚する気がないって」


「君以外とだ!」


 リーナは瞬きをした。


「君以外と結婚する気などない。だから、すべて断った」


 九件。


 そのたびに、自分には無理だと思った。


 好きだと言ってはいけない人なのだと。


「あれ、全部……」


「ああ」


「私のせい……ですか?」


「そうだ。君が好きだからだ」


「先に言ってくださいよ!」


 涙が出た。


 怒っているのか、嬉しいのか、自分でも分からなかった。


「三年!」


「え?」


「縁談を断り続ける団長を見て、三年間気持ちを抑えていたんです!」


「なぜ、言わなかったんだ」


「そんなこと、言えるわけないでしょ!」


「君からなら、断らなかった」


「だから、それを先に言ってください!」


 クラウスが額を押さえた。


「私は……部下として慕われているだけだと」


「胡桃パンをもらうたびに、あんなに喜ぶ部下がいますか!」


「好物だろう」


「好きな人からもらうからです!」


「……そうか」


 クラウスの口元が、ゆっくり緩んだ。


 初めて見るくらい、嬉しそうな顔だった。


 ずるい。


 そんな顔をされたら、もう文句が続かない。


「リーナ」


「……はい」


「日曜日、私と出かけてくれないか」


「それは命令ですか?」


「いや、誘っている」


 差し出された手を、リーナは自分から握った。


「はい、喜んで」


 コンコン。


「入っていいか」


 扉の向こうから、ガイの声がした。


 取っ手が回る。


「駄目です!」


「分かった。じゃあ、お前らも一度――おい、押すな!」


 次の瞬間、扉が勢いよく内側へ開いた。


「うわっ!」


「副団長、どいて!」


「お前らが乗ってるんだよ!」


 ガイを先頭に、騎士たちが折り重なって転がり込んできた。


 リーナは、つないだ手を引っ込めようとした。


 クラウスは離さなかった。


「……何をしている」


 低い声に、床の上の騎士たちが一斉に顔を上げる。


「巡回です」


「団長室の扉をか」


「重点的に」


 その後ろで、一人の騎士が拳を握った。


「よっしゃ! 団長から告白した! 俺の一人勝ちだ!」


「おい、今それを言うな!」


 リーナは目を見開いた。


「……何を賭けてたんですか?」


「どっちが先に告白するかを、少々」


「少々?」


「明日の昼飯を」


 ガイが床から起き上がり、服の埃を払った。


「ちなみに、こいつ以外は全員リーナに賭けてた」


「団長、三年待っても言わないんですもん」


「ついに鉄壁が落ちたぞ」


「聞こえているぞ」


 全員が、ぴしりと背筋を伸ばした。


 こういうときだけ、見事に揃う。


「皆さん……知ってたんですか?」


 リーナが聞くと、騎士たちは顔を見合わせた。


「むしろ、知らなかったんですか?」


 隣でクラウスが黙った。


 リーナも黙った。


「あんなに悩んでたのに……」


「だから、心配してたんですよ」


「今日こそ言えって、全員で」


「誰かが押さなきゃ、静かに見守れたんですけど」


「お前も押しただろ!」


 ガイが咳払いをした。


「まあ、とにかくだ」


 笑いを収めた顔で、二人を見る。


「おめでとう」


「おめでとうございます!」


 今度は、誰に命じられるでもなく声が揃った。


 拍手まで起きた。


 恥ずかしい。


 明日の訓練で、どんな顔をしてみんなに会えばいいのだろう。


 それでも。


「……ありがとうございます」


 リーナは、握られた手を握り返した。


 クラウスの指にも、少し力がこもった。


「よかったな、団長」


 ガイが、いつもの調子で言った。


「これからは、胡桃パンをこっそり買わなくても――」


「ば、馬鹿! 余計なことを」


「本人を誘って、堂々と食いに行けるな!」


 どっと笑い声が上がった。


     ◇


 お見合いは、リーナが実家を通じて丁重に断った。


 そして日曜日。


 二人は手をつないで街を歩いていた。


「……団長」


「休みの日まで、その呼び方か」


「急には変えられません」


「そうか」


 ほんの少し残念そうな顔をされて、リーナは困った。


 怖い人だと思っていた。


 何を考えているのか分からない人だとも。


 なのに、今日はこんなに分かりやすい。


「……クラウス様」


 つないだ手に、力がこもった。


「もう一度」


「聞こえてたでしょ?」


「もう一度、聞きたいんだ」


「もう、欲張りですね」


「三年分あるからな」


 リーナは笑った。


 自分にだって、三年分の「好き」がある。


「好きです、クラウス様」


「私もだ」


「ちゃんと言ってください。もう、勘違いしたくありません」


 クラウスが足を止めた。


 正面から目が合う。


「好きだ。リーナ」


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