【創作落語】空飛ぶ若旦那
※しいなここみ様主催『空飛ぶ◯◯企画』参加作品です。
※武頼庵(藤谷K介)様『万物の神様企画』参加作品です。
えー、昔の『江戸っ子』なんて言いますと、『粋でいなせでキップがいい』なんてイメージをお持ちの方も多いかとは思いますが。
ところが、ですね。昔の『江戸っ子』てのは実に面倒な生き物でして。
『江戸っ子は宵越しの銭を持たない』てなことを言うくらいで、『遊ぶ時には後先なんて考えずに、有り金をすぱっとぜんぶ使い切ってしまうのが粋だ。金が要るならまた稼げばいい』なんていう、実に大雑把な生き方を好むんですな。
で、そんな出たとこ任せな暮らしをしていると、ちょっと寝込んだり長雨で仕事にあぶれたりしちまうと、すぐに日々の暮らしにも困ってしまう。
するってぇと、結局『金貸し』に頼らざるを得なくなっちまうんですな。
まあ、出来ればあまり世話にはなりたくない稼業ということで、落語や時代劇なんかでは『金貸し』『借金取り』が悪役や憎まれ役として登場することも多いんですが。
でも金を貸してる側としても、ちゃんと金を回収しないと大損をしてしまうし、利息も取らないと利益が出ない。そうなると食っていけないわけでして。
金貸しには金貸しで、それなりに色々苦労はあったようですな──。
「兄貴、大変だ! 呉服屋の若旦那が飛んじまった!」
「何だと、このべらぼうめ! あれだけ逃げられないように見張っとけって言っただろうが!
だいたいウチが、あの若旦那にいくら貸してると思ってやがんだ!
逃げられたじゃ済まされねぇぞ。おい、権助、今すぐ追手を出して──」
「あ、それが違うんでさぁ、兄貴。『飛んだ』と言っても『逃げた』とか『高飛びした』っていう意味じゃなくて、本当の意味で『飛んじまった』わけでして」
「本当の意味で──?
……(沈痛な面持ちで)ああ、そうか、『身投げ』しちまったか。まだ若かったのになぁ。
借金ぐれぇで、何も死ぬこたぁねぇだろうに。ナマンダブナマンダブ……」
「違いますって! 橋の上から飛び降りたわけでもねぇんですよ! えーと、もう直に見てもらった方が早ぇかな。
(肩越しに少し上を見上げながら)ちょっと、若旦那! 入ってきてくだせぇ」
『あいよー。どうも、兄貴さん、ご無沙汰してますー』
「何っ、若旦那がここに来てるのか? ──って──(怪訝そうな表情からゆっくり目線を上に上げて)おいおい、ホントに空を飛んでるじゃねぇか! 何だこりゃ!?」
(筆者注:以下3人の会話が続くので、セリフの前に【兄】【若】【権】をつけます)
(兄貴分、たっぷり間を取ってキセルをくゆらせる仕草)
【兄】「──ねぇ、若旦那。あっしゃ前から口を酸っぱくして言ってましたよね。『もう少し地に足のついた暮らしをしてみたらどうです?』って」
【若】「いやー、ホントに地に足がつかなくなっちゃったよね。へへへ」
【兄】「笑ってる場合じゃねぇですよ。いったい、何がどうなったらこんなことになるんです?」
【若】「それがねぇ。借金を返すあてもないし、逃げるのも面倒だしで、『あー、いっそどこかに飛んでってちまいたいなー』なんて思ってたら、ふわーっと浮かび上がっちまったという次第で。
何て言うか、背中に見えない羽根が生えたって感覚なんだよね。で、調子に乗ってその辺を飛び回ってたら、今度は降り方がわからなくなっちまって」
【兄】「はあぁぁぁぁ……。で、これからどうするんです?」
【若】「そうだねー、このまま富士のお山のてっぺんにでも飛んで行ってみようかな。ああ、お伊勢参りなんてのも面白そうだねー」
【兄】「何をのんきな──! あのねぇ、そんなことを聞いてるんじゃねぇんですよ。これから先、どうやってウチの借金を返していくのかって聞いてるんスよ!」
【若】「うーん、どうしようかー。……どうしたらいいと思う?」
【兄】「(がっくり肩を落として)若旦那、少しはこっちの身にもなってくだせえよ。いざとなったらお店の大旦那さんから金を回収できる見込みがあったからこそ、若旦那に金を貸してあげてたんです。
それがまさか、店の金にまで手をつけて、本当に勘当されちまうだなんて──」
【若】「いやー、祖父ちゃんがあんなに怒るなんて、予想外だったなぁ」
【兄】「あのですね、あの温厚な大旦那があそこまで切れるってのは、よほどのことですぜ?
──で、若旦那。ここまで来たら道はもうふたつにひとつだ。
ひとつ目はまず、大旦那にひたすら謝り倒して、何としても勘当を解いてもらうことで──」
【若】「無理ムリムリっ! 祖父ちゃんに『次にウチの敷居を跨いだらぶっ殺してやる!』とまで言われちまったし」
【兄】「──となるともう、若旦那には自力で金を稼いで借金を返してもらわねぇといけねぇんですけどね」
【若】「うーん、とは言え、あたしゃまともに働いたことなんてないからねぇ」
【兄】「どんな仕事なら出来そうだとか、これが得意だとか、何かねぇんですか?」
【若】「そうだねー、吉原で遊ぶことと、ぼーっとすることは得意かなあ。そんな仕事って何かあるかい?」
【兄】「──はあ。ダメだ、この人。
(肩越しに後ろを振り返って)おい、権助。お前には何か思案はねぇか? こんな極楽トンボみてぇなお人にも出来そうな仕事は?」
【権】「うーん、若旦那の取り柄といや空を飛ぶことくらいですよねぇ。──あ、そんなら『物を運ぶ仕事』とかはどうです? 道に関係なく行けるんなら、かなり早く届けられそうじゃねぇですか?」
【若】「えー、疲れるのはやだなぁ。それに歩くぐらいの速さしか出せないよ。
おまけに方向音痴だから、道沿いに行かないとわかんなくなっちゃう」
【権】「ダメですかい。なら、お化け屋敷で幽霊の役とか」
【兄】「無理だろう、あんな薄暗いところじゃ『ヒモで釣ってるんだろう』と思われて終いだ。それにな──(声をひそめて)あんな能天気な間抜けヅラ見て、怖がる客がいると思うか?」
【権】「ですよねぇ。あーあ、せっかく人に出来ない特技を持ってるってのに、『宝の持ち腐れ』たぁこのこった。もうこうなったら、見世物小屋にでも行ってもらって──」
【兄】「いや、待てよ? 人に出来ない特技か。ってことは──(しばらく考え込んで)よし、いっそ若旦那を人じゃなくしちまうか」
【権】「え、兄貴、いったい何を──?」
【兄】「こうなったら若旦那を空を飛ぶ『生き神様』に祭り上げて、新しい宗派をでっちあげちまおう」
【若】「ええええええええっ!?」
【権】「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ、兄貴。教義とかどうするんです?」
【兄】「そんなの、適当に色々な宗派の『いいとこどり』すりゃいい。何せ、種も仕掛けもなしに空飛ぶ人間がいるってだけで、江戸中の人の度肝を抜くこた間違いないぜ、こりゃあ」
【権】「そんなもんですかねぇ」
【兄】「(声をひそめて)それにな、あの若旦那の間抜けヅラ見てたら、細けぇことでクヨクヨ悩んでるのがバカらしくなってこねぇか?」
【権】「あー、それは確かに」
【兄】「な? 小さなことは気にしないで明るく生きよう、みてぇなお気楽な教義でいいんだ。
あとは、サクラで何人か熱心な信者役を揃えりゃ、そのうち信者は増えてくるって」
【若】「えーと、よくわかんないけど、とりあえずアタシも頑張ってみるよ!」
【兄】「──あー、若旦那は別に頑張らなくていい。いつもどおりへらへらしてふわふわ浮いといてくれりゃあ、あとはこっちで何とかしてみせまさぁ」
──てなわけで、金貸したちと若旦那は、新しい宗派を立ち上げてみることになりまして。
まあ、実際に若旦那が空を飛んで見せれば誰もが驚くし、それを熱心に拝む爺さん婆さんが集まれば、見物してる人々も何だか凄そうだと思い込む。
おまけに不景気で暗い世相の中で、馬鹿みたいに能天気な教義が妙に大衆に受けて、いつしかこの教団はそれなりの規模に膨れ上がっていったそうですな。
お布施の方もそれなりに集まるようになって、若旦那の借金は一年ほどできれいに返済できたとのことです。
さて、それからしばらく経って。金貸しのふたりは、今日もちまちまと取り立てに精を出しております。
【権】「えーと、これで今日の分は終い、っと。にしても、最近は小さな稼ぎばっかりですねぇ。
あの若旦那の時みてぇに、ガバっと稼げる話はねぇもんですかね」
【兄】「べらぼうめ。あんなのは邪道中の邪道だ。あの時ゃ町奉行や寺社奉行に袖の下渡したりで、かなりヤバい橋も渡ってたんだぜ。まあ、その分もきっちり回収したけどな。
でも、あんなのは二度とご免だな」
【権】「それにしても、あの若旦那が今じゃ大教団の教祖様で、そうとう羽振りもいいらしいですからねぇ。
でもよかったんですか、兄貴。あのまま教団に残ってたら、大幹部で大儲けできたのに」
【兄】「ガラじゃねぇよ。それに内部での権力闘争とか、めんどくせぇしな。ほどほどで手を切っとくのが上策だ」
そんなことを話しながら歩いていると、突然、空から大きな何かが目の前に降ってきました。
【権】「わぁっ! 何だってんだこりゃ! ──って、あれ、若旦那じゃないっすか!?」
【若】「へへへ、兄貴さんに権助さん、お久しぶりで」
【兄】「若旦那──いや、教祖さん、こりゃいったい何の騒ぎで?」
【若】「ちょっと匿ってくれないかな。今、借金取りに追われててさー」
【兄】「はぁっ!? あの時、俺たちがずいぶんと稼げるようにしてやったじゃないですか。何で今さら借金なんか──」
【若】「それがねぇ、大金を稼いだら稼いだで、不思議と今まで以上に遊びたくなっちゃうんだよ。
──今じゃ、お金の方に羽根が生えて飛び去っていっちゃう始末で」
はい、お後がよろしいようで。




