別に奇跡とか起こらないクリスマスの話
天国ではみんな海の話をするっていうのが本当なら、あたしがいるのは天国ではないんだろう。
ここにはそんな、遠征帰りの運動部員が集うサービスエリアのベンチみたいな和やかな語らいは存在しない。
世界からあたしがいなくなってどのくらい経ったのかはよくわからないけど、いまだにあたし以外の人を見かけたことは一度もない。
ゆるい西日の差す中、どこかでみたことがあるような、ないような、やけに黄色い葉をつけた木が揺れる林をあたしはひたすらうろうろしている。
そんなあたしには、ひとつだけ特権がある。
ある時期になると、生前に過ごしたクリスマスの日に行くことができるのだ。
別にクリスマスに死んだわけでもないのになんでなのか、これはあたしだけなのかは知る由もない。
ある日突然終わってしまったあたしの人生は、特に長くも短くもなかった、普通だと思う。
もちろん、クリスマスの記憶だってそれなりには蓄積している。
お腹に子どもがいることがわかった日、喜びよりも戸惑いのほうが先に来た。
地獄みたいに気が強い嫁に命令されて、クソ生意気で1ミリも可愛くねえ孫のために暗いうちから旦那とゲームを買いに並んだのはいつだったか……あのクソ嫁、お礼も言わずに「なんで1台しか買わなかったんですか? 売れるのに」とかほざきやがった。
まだほんとうに小さかったとき、クリスマスツリーの下にプレゼントボックスを見つけて飛び跳ねて喜んだ。
息子にも同じことをしてあげたくて大きいツリーを買おうと言ったら、「狭い家のどこにそんなもの置くんだ」と言われて旦那と喧嘩になったっけ。
初めてできた彼氏と過ごしたのは高校1年生の時。
デートって言っても何をするのかもよくわからなくて、街をぶらぶら歩いてカラオケの個室でコンビニで買ったケーキを食べた。
プレゼントでもらったネックレスがそれはもうダサくて、食玩のほうがいくらかマシってレベルの金メッキのテディベアのトップで、しかもキスされそうになったから逃げてきちゃって……今考えると悪いことをしたな。
そういえば、友だちとふたりで、安いチェーンの焼き鳥屋でひたすら飲んだこともあった。
いろいろ、本当にいろんな年があった。
でも、あたしが行くのはいつも同じ、24歳のクリスマスだ。
日が沈みきって、街中に浮かれた明かりが灯る時間、ターミナル駅ってほどではないけど、3つの路線が交わるそのエリアではちょっと大きい駅。
新しいコートなんて買っちゃって、一分の隙もなく長い髪を巻いて、まつ毛パーマまでかけたあたしが、ロータリーの街路樹の下、ベンチに座り込んで放心している。
あたしはその横にそっと立つ。
あのときは、自分以外はみんな行くところがあって浮かれてるように感じてたけど、こうやって見てみると別に普段どおりの一日を過ごしてそうな人なんていくらでもいる。
赤いコートを着た女の人が通って、ああ、ちょっとサブカルっぽい古着の子がきたから、そろそろ黒いダウンコートのお兄さんが現れる。
もう、何回も来てるからメンバーも覚えてしまった。
ダウンのお兄さんはあたしのことをチラチラ気にしてたけど、結局話しかけないで去っていく。
あたしはさっきからずっとスマホを凝視している。
画面に映ったメッセージは今でも覚えている。
『俺たち別れようか』
返信が遅かったり、デートをドタキャンされたりして、気持ちが離れていってるのは薄々感じていた。
でも、気づかないふりをしていた。
縁もゆかりもない街で、仕事はいつまで経っても慣れなくて、なにもうまくいかない中、まるで命綱のようにしがみついていた恋人。
彼までいなくなってしまったら、もう何のためにこの街にいるのかわからない。
ここで座っていたってなんにもならない。
でも、家に帰ったら孤独につぶされてしまいそうで、どこにも行くことができない。
あたしはついに泣き出してしまう。
あたしが、あたしに気づくことはないんだけど、それでもあたしは泣いているあたしの隣に立つ。
大丈夫、大丈夫。
今は悲しくて、辛くて、何も考えられないかもしれないけど、あなたは大丈夫。
これから先、あなたを好きって言ってくれる人が現れて……まあそいつとは別れるんだけど、社会の泳ぎ方もだんだんわかってきて、嬉しいことも、幸せなことも、それなりにあるからさ。
だから、そんなに泣かないでよ。
あたしはなにもしてあげられないけど、こうやってそばにいるから、あなたはひとりじゃないから。
なんでなんだろう、あたしはいつまで経っても、この日のあたしの側から離れられないのだ。
おしまい
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