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第十四話 生徒会室にて

 二階の生徒会室は、朝の光がよく入る。


 窓ぎわの棚に書類を広げて、ライはペンをくるくる回していた。配布用のプリントをクラスごとに仕分けて――やることはたくさんあるのに、さっきから手が止まりがちだ。


(……今日は早いな、あいつ)


 さっき、校門のほうが見える窓の外で、小さな影がひとつ揺れた。ユキだ。視線だけ、もう一度窓の外に向ける。昇降口につづく通路。人がまばらな時間帯、制服の群れの中で――今度は二人の姿が目に入った。

 ユキと、レン。ライは、反射でペンを握り直した。


(……何してんだ)


 最初は、ただ並んで歩いているだけだった。いつもと変わらない距離感。ユキが何か一生懸命しゃべっていて、レンがあくび混じりに聞いている。

 そこまでは、まだいい。ライの喉がひゅっと鳴ったのは、その次だ。レンがふいに立ち止まって、ユキの手をひょいと取った。


(……おい)


 二階からじゃ声は届かない。けれど、手をつかまれたユキが、びくっと肩を揺らすのがはっきり見える。そのまま、レンはユキの手を、自分の腹のあたりに持っていった。制服ごしに、ぴたりと触れる手。抵抗しようとして、しきれないユキ。周りに何人か生徒が通り過ぎていくのに、あいつは気にしない。

 ライは、知らず知らずのうちに窓ぎわに近づいていた。プリントの束を持ったまま、指先に力がこもる。


(何やってんだよ、お前……)


 さすがに声は聞こえない。でも、ユキが焦って口をぱくぱくさせているのと、レンがなにか言って、にやっと笑ったのは分かる。


 ――次の瞬間。


 ユキが、ふっと笑った。困ったみたいな、照れたみたいな、でも、どこかほっとした顔。練習のあとに見せる笑顔とよく似ている。それを見た瞬間、ライの胸が、きゅう、と痛んだ。


(……なんだよ、それ)


 守ってきた。ずっと、そうしてきた。変わらなくていいって、言ったばかりだ。


「俺が守るし。ずっとそうだったろ?」


 ついこのあいだ、自分でユキに言った言葉が、頭の中で反響する。


(俺が見せてやるつもりだったんだけどな)


 リングの景色も。怖さと、楽しさの境目も。ぜんぶ自分が一番近くで教えてやるつもりだった。なのに、今――

 ユキの手を取っているのは、あいつだ。窓の下では、レンが手を離して、何事もなかったように歩き出す。ユキが、少し遅れてついていく。

 横顔――ちゃんと笑えている。その笑顔に、また胸がちくりとした。


(……辛い顔じゃないんなら、いいけどさ)


 どれだけそう思い込もうとしても、痛みは消えない。スポーツマンの倫理も、副会長としての理性も、胸の真ん中の黒いところだけは止められない。


「北条……副会長、これ確認してもらってもいい?」


 後ろから、生徒会長の声が飛んできた。


「……あ、はい」


 ライはあわてて窓から離れ、プリントの束を抱え直す。顔に出さないように、いつもの王子様の笑顔を貼り付ける。

 生徒会長はライに目を向けると、眉を片方上げる。スカートの(すそ)から(のぞ)くスラリとした脚を組み替えて、笑う。

 

「外、例の幼なじみ君か?案外、君は分かりやすい」

「副会長、面倒見が良すぎなんですよ。」

 

 会計係が口を挟む。視線は手元の数字の羅列(られつ)に落としたまま。目の下にはいつも薄いクマがある。

 

「まあ、そんなところです」

 

 ライは、ため息混じりに笑いながら生徒会長に歩み寄る。

 胸の奥の痛みは、そっと飲み込むように。


 (ユキが笑ってるなら、それでいい)


 そう言い聞かせるたびに――その笑顔の横にいるのが、自分じゃないことが、また痛かった。

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