青海苔事変
短編です
耐えろ、耐えるんだ、私。
懸命に視線を泳がせたりして、意識を散らす。でもさっきからずっと、ソレが気になって仕方ない。
「聞いてる?」
「聞いてるよぉ」
何とか普通に返事を返すけど、少し変に見られていたみたい。気をつけなくちゃ。とりあえず、視線を鼻の辺りに持って行って、意識を逸らすことには成功した。
さっきお昼ご飯を一緒に食べた後から、ずっと気になっていた。今となっては、その時に言ってしまえばよかったのに。なんとなく、言いそびれてしまった。
そのまま一緒にカフェに来て、彼はコーヒーを私は紅茶とケーキを注文した。
「食べすぎ」
「甘いものは別腹なの」
お昼ご飯を食べた店からこのカフェまで移動するまでに、なくなってしまうだろうと思っていたけど、カフェについてもまだ気になる。
どうしても気になる。他愛もない話をしている最中も、真剣に悩みを聞いている最中も、ずっと視界に入り続けている。
歯を見せて笑うタイプだから、余計に気になる。
「でさ、そいつがさ・・・・なぁ、聞いてる?」
また視線を逸らしてしまっていた。どうしても彼の顔が見られない。顔が少しにやけそうになる。
「ん、大丈夫、その人がどうしたの?」
セーフ。にやけ始めると止まらなくなる。耐えろ、私の表情筋。
私を訝しむように頭を傾げつつ、彼は話を続ける。何とかバレてはいないようだけど、耐えるの、結構大変かもしれない。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
彼がそう言って立ち上がった。
私は彼がトイレに消えていくのを見守ってから、深呼吸をして顔を少しマッサージした。頬の上の方が痛いくらいに、笑ってしまいそうだった。危ない危ない。
でもトイレに行ったということは、きっと彼も気づいただろう。少し寂しい気もするけど、笑いをこらえる必要がなくなるのはありがたい。
スマホを弄りつつ彼を待ち、紅茶と共に、ケーキを頬張る。
甘い生クリームの味が広がって、幸せ気分に満たされる。スマホを弄っていると、すっかり彼の歯の事は意識から抜け落ちてしまっていた。
「ただいま~」
トイレから戻ってきた彼は、また話を再開させた。案の定アレはなくなっていた。あぁ、やっぱり気づいたんだ。残念だけど良かった。
ホッとした想いで彼の話を聞きつつ笑いながら過ごす。彼との時間は本当にあっという間で、いつもデートがすぐに終わってしまう気がする。
「はー、そういえば、さっきのお好み焼き屋、美味しかったね」
「・・・・そうだねぇ!」
これは彼が悪い。思い出させるなんて。頬の上が勝手に持ち上がる。確かにさっきのお好み焼き屋さんの豚玉デラックスは美味しかった。
「ソースからこだわってるって言ってたし、青海苔もなんか美味しい気がしたよな~海苔の風味って言うの?普段俺が食べるのと違った気がする!」
「・・・・・お、美味しかったよねぇ」
「大丈夫?体調悪かったりする?食あたりとか?」
「え!ちが、違うよ!大丈夫」
「そう?」
懸命に顔を振って、笑って見せたけど、どうしてもさっきの情景がちらついてくる。
なんとか誤魔化したけど、そろそろ私の限界も近い気がした。トイレにでも逃げ込むか?と考えていると、ふと、彼の口元に目が行った。
さっきまで青海苔がついていた前歯の二本となりに、青海苔が移動していた。よく見ると彼の下唇にも青海苔がついている。
あ、もうだめだ。
そう思った瞬間私の口から笑いが漏れた。
「プッ・・・」
——青海苔事変——
お好み焼き食べたい




