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有明のジェミリオン〜バカで不細工な放蕩皇子と駆け落ちしたら、世界を救うことになった〜  作者: 豊平ののか
第一部

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09 不気味な少年

 ヨグトス――変わった名の少年は、丁寧に頭を下げる。


「ごきげんよう、有明姫様。貴女を連れ戻しに参りました」


 目の下のくまがひどく、冷たい目は笑っていない。


 アリィは彼に対して、生理的な恐怖を感じていた。


 実際にはただの美しい少年で、言葉はいつも丁寧なのに。


(そうよ、おかしいもの。あの人は、六年前から年を取っていない……)


 アリィがヨグトスを最後に見たのは、閉じ込められる前だ。


 彼は兄と同い年で、学生時代の友達。


 それは情報として分かっている。


 既に成人している筈なのに、その頃とまるで変わっていなかった。


「ヨグトス……」


 ユオはその名を聞いて視線を冷やし、復唱するように呟く。


「世界政府の職員よ。私たち王族を監視していたの。お兄様の学友だったのに、裏切って世界政府に付いたのよ」


 アリィは焦っていて、ユオの様子が少し変なことに気付けない。


 ただ、情報を共有しようと必死だった。


「あぁ、それなら君のお兄さんから聞いたことがある。今の姿を見たのは初めてだな……」


 ユオは警戒を解いていないが、強張るアリィを安心させるように柔らかな口調で話す。


 視線はじっとヨグトスに向いており、僅かな動きすら見逃さずに睨んでいた。


(シノから聞いた話では、僕らと同い年だと言ってたけど……妙に若いな。ティファと同じくらいに見える)


 アリィの兄は二十歳で、ユオと同い年だ。


 それにも関わらず、ヨグトスはまだ十四歳くらいの少年に見える。


 服からも分かる細い腕に、半丈の履物からは折れそうな細い脚が覗く。


 少なくとも、成人男性の装いではない。


 格好だけならまだしも、声も変声期途中のような高さだ。


 肉体的にも、何もかも、成人男性とは言い難い。


(怖い……戻りたくなんかない。でも、ユオシェム様が殺されてしまうのは、もっと嫌)


 やっと幸せな居場所を見つけられた。


 アリィは今までの恐怖とすら、決別しようとしていた。


 そんな門出だったのに、すぐに見つかってしまって泣きそうになる。


 冷や汗と動悸に襲われた。


 ヨグトスに付いて行きたくなんてない。


 でも、そうしないとユオが殺されてしまうのではと――そこはかとない恐怖に胸を締め付けられた。


「私が行ったら、彼を殺さないでくれる……?」


 ユオの背後から咄嗟に出たアリィの声は、震えていた。


 それでも芯は強く、ユオを守ろうとしての行動だ。


「まぁ、いいでしょう。その役立たずの皇子がいたところで、こちらに支障はない。さぁ、姫様。戻りましょう」


 ヨグトスは余裕そうに答え、離れたところから穏便に手を差し出す。


 仕草などは柔らかいが、表情は暗くてよく見えない。


「行かないで。僕は大丈夫だから。君はトランから離れないでね」


 ユオは動こうとする彼女を制した。


 片時も敵から目を離さず、後ろ手で服を引き、アリィの手をゆっくりと解かせる。


「だけど、勝てっこないわ。世界政府の職員は強いの。魔法も使うし、お兄様もやられたことがあって……」


 アリィは昔のトラウマを吐露した。


 まだ閉じ込められる前――兄を裏切って、ヨグトスは世界政府に寝返った。


 そんな彼は再び王宮にやってくるなり、兄と剣術の勝負を挑んだ。


 そして、強いはずの兄はあっさり負け、死にそうなほどの大怪我を負った。


 それからは、監視役として彼が出鶴に常駐した。


 息苦しいくらい、監視される日々が続いたのである。


 特に兄においては、プライベートなんてなかったくらいだ。


(ヨグトスはなぜだか、お兄様がどこにいても特定した……不思議な力があるのは確かよ)


 ユオが強いのは分かっていても、勝てる気がしない。


 アリィは肌で感じて震える。


「聞いたことがあるよ。君のお兄さんが剣で勝てなかったってね。だけど、僕は君のお兄さんよりも強い。たとえそうじゃなくても、婚約者を他の男に渡すことなんてしないよ」


 アリィを守ることの決意は深く、ユオの声色は低くなる。


 彼女に背を向けて、優しい口調で話しているが、瞳はずっと冷えていた。


 普段からは想像できないほどに鋭く、敵の隙を窺っていたのだ。


「トラン」


「にゃっ!」


 ユオが号令を出すと同時に、トランが透明な膜のような結界でアリィを包み込む。


 かと思えば――砂嵐のように乾いた砂が舞い上がっていた。


 トランの結界で、アリィに降り注ぐ砂埃が遮断される。


(何が起こっているの……?)


 その間、一秒にも満たなかっただろう――現にアリィが瞬きをした瞬間、焚き火も消えてしまっていた。


 ユオは傍からいなくなっていて、ヨグトスと距離を詰めていたのだ。


 瞬時に剣を取り出してたユオは、抵抗する間もない速さでヨグトスの両眼を潰す。


「写真で見た顔と、違う……!?」


 視界が闇に沈む直前――ヨグトスはユオの顔をしっかりと見た。


 つい口をついてその言葉が出ていたくらい、彼には青天の霹靂だったのだ。


 たったそれだけの油断のせいか――僅かに動く余裕もないまま、急に攻撃を受けて混乱したのだった。


 ユオの長い剣は両眼を巻き込み、頭蓋を貫いていた。


 大量に垂れる血が、砂漠の渇いた砂に染み込んでいく。


 剣に纏った禍々しい闇が、じわじわとその傷口に溶けていった。


「久し振りだね、ヨグトス殿。油断してくれていてよかったよ」


 ユオは反撃を回避し、剣を抜いてヨグトスと距離を取った。


 すると、相手もすぐに何事かを察したのか――次の攻撃はあっさりと回避する。


「ナイアラトか。裏切り者がまさか、放蕩皇子として生きていたとはな。本物を殺して成り代わったか? 相変わらず人間で遊んでいるのか」


 ヨグトスは激昂せず、至って冷静だ。


 顔の上半分が潰れてしまっているが、口元だけ妙に釣り上げてそう言った。


 頭部の傷は塞がっていくが、両眼だけは空洞のまま再生しない。


(ナイアラト? 裏切り者? 何を言っているの……?)


 離れたところにいるアリィには、ヨグトスが何を言っているのか、全く理解できなかった。


「一時的に、僕の目の再生を止めたか。確かに、お前にだけ出来る技だな」


 普通の人間では、即死レベルの致命傷である。


 ましてや回復する筈もないのに、ヨグトスはユオの技に感心するばかりだった。


(あんなのおかしいわ。治癒魔法というわけでもなさそう。ヨグトスは、人間じゃないの……?)


 砂埃が晴れていく中で、アリィはようやくその異常な光景を認識した。


 思わず息を呑む。


 凄惨な場面に目を背けながらも、あまりに非現実的すぎるのだ。


 夢でも見ているかのような感覚に陥った。


「すぐに殺せると思っていたが……放蕩皇子の中身がお前だとは、番狂わせだな。そうまでして、女神に仕えるのか?」


 ヨグトスの発言に、ユオは余裕そうな微笑みを見せる。


「説明しても、君に人の気持ちは分からないだろう?」


「お前が人だと言うのか? 笑わせる」


 雑談をしているようで、その間にも激しい戦闘が繰り広げられる。


 闇を纏った剣を目にも留まらぬ速さで捌くユオ。


 目を潰されたヨグトスも、それらを全て避けきっていた。


 そんな中で、ヨグトスはユオから距離を取り、戦況は変わる。


 禍々しいオーラを出し、背中から蝶のような翼を生やした。


 黒い鱗粉を撒き散らし、数メートルほど先にいるアリィの方まで降ってくる勢いだった。


「何、あれ……」


 それは、世界の終わりを示すかのような黒い粉。


 トランの作った結界に触れると同時に消え去り、アリィは守られながらも、恐ろしくて身が竦む。


 一方で、ユオはそれを吸わないようにと心がけたが――繊細に砕かれた粒子を吸わないのは、まず不可能だ。


 咄嗟に結界を作ったが、一瞬の遅れが仇となる。


 僅かながらも、肺にそれを取り込んでしまったのだ。


(やっぱり、これは避けられなかった。アリィに被害がないならいいか)


 ユオは自身の体よりも、アリィが無事であることに安堵して敵と向き合う。


「知っているだろうが、その鱗粉は黴のように増殖する。毒とも違う。少しでも吸い込めば、多くの人間は数分以内に死ぬだろうが……今のお前はどうだろうな?」


 ヨグトスは宙に浮き、試すようにしてそう言った。


(確かに、普通の人間なら危ないな)


 ユオもそれは分かっていた。


 吸い込んだ瞬間に激痛が走り、体の奥から溢れてくる血の塊を吐き出さずにはいられなくなる。


 片膝をつき、剣で体を支えながら耐えた。


「以前のお前なら、これくらいすぐに分解できていた筈だが……やはり、そういうことか」


 ユオの様子を見て、ヨグトスは何かを理解したように笑った。


「あれは女神の娘だぞ。お前を慕う者は多くいる。もう一度、我らのもとに戻ってくればいいものを」


 そして、ヨグトスは講釈を垂れながら、ユオを誘った。


 元々は仲間であったと言わんばかりに。


「お喋りする暇があるのかい?」


 ユオは血まみれの顔で起き上がり、剣を突き上げる。


 刃は腕を切り落とし、また魔力を注ごうとしたが――たった一秒にも満たない動作が間に合わず、すぐに生えてきてしまった。


(目だけは塞げた。でも、一時的なものだ。生命に関わる部分の再生は止められない。あいつはまだ、完全には殺せない)


 ユオは血反吐を吐きながらも冷静で、体の痛みなど気にもしていなかった。


 どうすれば油断を誘えるか、そればかりを考える。


「ユオシェム様……」


「君はそこにいて」


 アリィはユオに危機が迫っていることを知り、無意識に駆け寄りそうになった。


 本人に優しい声色で止められ、はっとさせられてそこに居直る。


(女神の娘って、きっと私のことよね……?)


 考える余裕もあまりなく、ただ喜代古の言葉を思い出すに留まる。


“姫様の母親は頭がおかしいですからね。自分は女神の転生者だと言い張って、国王陛下の気を引いたんですよ”


 この時にもなって憎たらしい顔を思い出してしまうことに、アリィは嫌気が差した。


 ただでさえ、今は足手まといだ。


 動いても、動かなくても、ユオの枷にしかならない。


 見ていることしかできず、歯がゆい思いをした。


 旅に出る前に、少しでも魔法を使えるようになっていれば。


 筋力が弱いからと止められたが、無理してでも剣術を学んでいれば。


 こうして誰かを盾にして、見ているだけの自分はいなかったのかも知れない――。


(私は……役立たずね)


 アリィはこれまで何も出来なかった人生を、ここまで悔いることはなかった。


「あはは、久々に楽しい戦いだ。あいにく、僕はもう戻らないよ。そっちはつまらない工作ばかりで、とうの昔に飽きてたんだ」


 アリィから少し離れた戦場にて、ユオは血を吐きながらも笑い飛ばした。


 彼女が無事だからこそ、笑っていられる。


 体の内部が侵食されていても、恐怖すら感じていないのだ。


「そうか。二番星(・・・)の座は空けてあったんだが……殺すしかないな。今のお前の命が、いくつあるのかも興味深い」


 そんな挑発に激昂する相手でもなく、ヨグトスは冷静に判断したようだ。


 今度は針が雨のように降ってきた。


 ユオは軽い身のこなしで避け切る。


 避けた後に襲ってくる肺のダメージに、また血を吐いてしまう。


(ヨグトスの慢心が出てきた。そろそろ……奥の手を出すしかないかな)


 ユオは何とか耐えつつ、ヨグトスの肩から腰までを一気に切り裂いた。


 けれども、両眼を貫いた時のように――魔力が体内に流れなければ、速すぎる再生を避けられない。


 斬る動作と魔力を流す動作はほぼ同時にできるが、ほんの僅かなタイムラグがあるのが難点であった。


「その体で生きているのが奇跡なくらいだな。僕はすぐに回復するが、お前に同族としての特性は残っていないか」


 両眼を失ったとはいえ、ヨグトスの他の部位はすぐに再生させてしまう。


 斬りつけた傷も一瞬で回復し、余裕そうな微笑みを絶やさなかった。


 対するユオは息を切らし、呼吸をすることすら難しそうだ。


 舞ってくる鱗粉を自身の魔力で防いだとして、既に吸ってしまった分は蓄積されてしまっている。


「女神は覚醒しない。諦めろ、ナイアラト。この惑星の人類にも、既に勝ち目はないのだ」


 ヨグトスは勝利を確信したのか、ユオにそんなことを言っていた。



 離れたところで見守るアリィは、泣きそうになりながら、何とか立ち続けた。


(いいえ、違うわ。ユオシェム様が、私は役に立つって言ってくれたもの。彼の勝利を疑ってはダメよ!)


 そう奮い立たせるが、戦いなど知らないアリィから見ても、劣勢なのはユオの方だった。


 二人の会話は断片的に名詞がちらほらと聞こえていたが、今はその意味を考える余裕もない。


 ただ、ユオの無事を願うばかりだった。

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