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08 新たな仲間

 宇宙のような空間を辿り、元いた砂漠に出る。


 アリィはもらった外套を纏い、強い日の光から肌を守った。


 ユオも同じく、外套で日差しから身を隠す。


 朝に出てからそれほど経っていないはずなのに、岩の道を抜けたのは夕方近くになっていた。


 町に向かった時もそうだったが、時間のズレが生じるようだ。


 西陽が強くて暑いと思いきや、どこか涼しくて歩きやすい。


(外套に仕掛けがしてあるんだわ。炎と水の魔力を持っている人が、作ってくれたのかしら)


 体は涼しいのに、ひとつひとつの気遣いに心は暖かくなる。


 じんわりと心を溶かすアリィの隣で、ユオの外套からガサガサと音がした。


「にゃあ」


「君はトランって名前にしようか」


 猫の鳴き声に、ユオの声。


 見ると、彼の外套のフードの部分から、子猫が顔を出しているのだ。


 ただの猫ではなく、水色の縞模様の珍しい猫だった。


 顎とお腹、四本の足の先は白く、目は真ん丸だ。


 白い花のリボンの首輪には、赤い光を帯びた黒い宝石が埋め込まれている。


 普通の猫とは違い、背中には小さな白い翼が生えているのが印象的だ。


(可愛いわ!)


 アリィは一目見ただけで、その子猫を気に入った。


 ただ、どこから拾ってきたのかは謎だった。


「その子は……?」


魔法絡繰(オートマタ)のトランだよ。これから旅をするにあたって、この子を君の傍に付けておこうかなって」


「本物の猫ちゃんかと思ったわ。護衛ってこと?」


「そうそう。色んな機能も搭載してるよ。たとえば、君がはぐれた時に、僕とすぐに引き合わせることができる。少しなら魔法も出力できるから、君の身を守ってくれるだろう」


 猫はユオの首元に居座り、ゴロゴロと喉を鳴らしながら頬をこすりつけている。


(私も触りたいわ!)


 アリィは目を輝かせて猫を見つめた。


 すると子猫はアリィを見下ろし、お尻をふりふりと揺らす。


 滑空するようにして、ゆっくりと肩の上に乗った。


 それから「にゃあ」とひと鳴きし、華奢な肩に居座ったのだ。


「可愛い……猫は大好きなの。トラン、よろしくね」


 香箱座りして居座る猫を撫でると、肉球でアリィの肩を地ならしする。


「トランは荷物係にもなるよ。僕の闇魔法で、収納できる空間と繋げてるんだ」


「可愛くて優秀なのね。もしかして、ずっとこの子を作ってたの?」


「そうそう。君に会ってから思いついたんだ。イメージが湧いたら、作らずにはいられなくてね」


「あの岩の道と言い、貴方はすごい魔法技師なのね」


「僕ならではの発明ってところだよ。そうだ、これから目指すところを共有しておこう。トラン、地図を」


 アリィに褒められて照れて笑うユオは、少し格好つけてトランに命令する。


「にゃっ!


 トランは言葉を理解しているのか、返事をすると黄緑色のトパーズのような瞳を光らせた。


 その視線の先には、空中に光で作られた地図が浮かび上がる。


 物質ではなく、光で構成された投影のようだった。


 現れた世界地図は、見たいところを拡大することもできて、現在地も表示されている。


 今はカナン帝国の、首都から少し離れた砂漠の中にいる。


 ユオの顔を模したようなイラストが、示すように点滅していた。


 アリィが驚かなかったのは、出鶴ではそういった技術が進んでいるからだ。


「今、僕らはここにいるんだ」


「位置情報ね。私のも登録して?」


「いいけど、嫌じゃないの?」


「嫌じゃないわ。はぐれた時が怖いもの」


 この頃にはもう、アリィはユオのことを信じていた。


 たとえ登録したとしても、変な使い方はされないと確信するほどに。


 そんな純粋な眼差しに、ユオは微笑んだ。


「僕だって、悪い男かも知れないよ? 君が僕を嫌いになって、逃げたとして……追いかけちゃうかも」


 少し声が低くなり、半ば本気のように語るのだが――アリィはそれでも、彼を信じることに変わりはなかった。


「ユオシェム様は、私が嫌がることなんてしないわ」


 と、揺るぎない信頼を語り、アリィは穏やかに笑うばかりだ。


 そうするとユオも折れ、トランを抱え上げる。


 目から出ていた地図は、トランが視線を逸らしても同じ場所に浮かんだままだ。


「トラン、お姫様を登録してあげて」


 するとトランはアリィに向かって飛んでいき、鼻と鼻を突き合わせた。


 それだけで、地図の中にアリィのアイコンが浮かび上がる。


「ありがとう。ふふ、これで本当の仲間になったみたいだわ」


 地図を見上げてニコニコと満足気に笑うアリィは、そのままの愛らしい顔でユオを見上げる。


(もしかして、男だって意識されてない……?)


 ユオも笑顔を返したが、内心は騒めいていた。


「今がこの辺りなら、神秘の器(アルカナ)が近くに眠っているはずなの。北西に向かう、この辺りに三角錐の建造物があるわよね。陵墓かしら」


 アリィはユオの心情はつゆ知らず、空中の地図を指さして話を続ける。


「そうそう。そこにあるのは〈千夜の陵墓〉だね。地下に皇族を埋葬してるんだ。母上もそこに眠ってることになってるよ。確かに、ジナビアに行く前に寄れそうだね」


「やっぱり、お墓なのね。出鶴の王族もそういうお墓があるのだけど……少し怖いわ」


「大丈夫だよ。幽霊がいたら僕が倒してあげる」


 何とか男として見られたいのか、ユオは遠くの魔物を闇の魔法で粉砕して見せた。


「で、でも、幽霊がいるとしたら、元は人間のはずだから……追い払うだけにしてね?」


 アリィはその強さに注目して、彼の思惑どおりに見とれてしまう。


 同時に、幽霊は怖くても、魔物と同じように倒されるのは可哀想だと感じた。


「分かったよ。陵墓に行く前に、他の仲間と合流する運びで行こう……君のお兄さんもね。いいかな?」


 ユオはアリィの心の状態を見て、兄と会わせることを提案した。


 今の彼女なら大丈夫だと感じ、様子を窺う。


「うん、大丈夫よ」


 アリィも心の準備はできていた。


 閉じ込められた期間は孤独で、取り戻せない時間だが――家族にも事情があったと知ったのだ。


 逃げずに会って話したいからこそ、旅に出たのである。


「君のお兄さんはずっと、君のことばかり考えていたんだ。それでも許せなかったら、その時は君の味方をするからね」


「お兄様とは友達なのに?」


「君は婚約者だもん、一番に優先するよ」


 再会することに多少の不安はありながらも、アリィはユオの言葉で完全に安心した。


(形式的なものなのに、髪飾りもくれたし、トランも作ってくれて……義理堅いのね)


 安堵しながらも、胸は高鳴ってくる。


 それからは歩きながらトランの機能を試しつつ、和やかな旅の始まりを噛み締めた。



 ☾



 初日の夜は、砂漠の中で野営となる。


 アリィには初めてのことばかりだが、あらかじめユオがトランの中に色々と仕込んでいたようだ。


 インスタントの食料やキャンプ用品で、そこそこ快適に過ごした。


 もらった外套は温度を適切にしてくれるもので、砂漠の夜でも寒くはない。


 初めての交換日記を書きながら、先に書いてあったユオのコメントに思わず微笑んだ。


(ユオシェム様はずっと私のペースに合わせてくれるから、思ったより疲れてない……でも、心臓が変だわ)


 アリィはユオのことを考える度に、胸がドキドキすることに気付き始めていた。


 ふと思い出したのは、幽閉中に読んだ古典的な恋愛小説だ。


 恋をしたら胸が高鳴ると、本に書いてあった。


(ち、違うわ、恋なんかじゃないもの。まだ出会ってそんなに経っていないのに、好きになるなんて……はしたないじゃない)


 アリィは一人で自問自答して否定し、赤くなったり青ざめたりと、表情をくるくると変えた。


(何考えてるんだろ、可愛い)


 ユオは表情が豊かになった彼女を眺め、静かに微笑む。


「そ、そういえば、シドゥル皇太子の妻になった人は亡くなったっていうのは、本当なの?」


 一人で恥ずかしくなったアリィは、話題を変える。


 『皇太子から救出したお姫様と旅に出る』とあったので、そこから思わず話題を出してしまった。


 書き終わった日記をトランに預け、熱くなった顔を仰ぐ。


「本当だよ。今は三十四歳で、最初に妻をもらったのが、僕が生まれた頃らしいけど。その頃から変態性癖みたいで、妃は死ぬまで弄ばれたんだって」


「そんな……それでも問題にならなかったのね」


「あえて貴族からは妻を迎えず、何人もの平民の女性を召し上げてたみたいだよ。しかも、何歳になっても十代の子ばかり」


「惨いわね……三十四歳って、私の両親と五つしか変わらないもの。貴族で迎えられたのは私だけなの?」


「もう一人、別の国の王女を妃に迎えようとしてたね。僕が逃したけど」


「そう……その人も逃げられたみたいで、本当によかったわ」


 他の人が逃げ果せたのはいいことなのに、アリィは胸が苦しくなる。


 ユオの口から他の女性の話題が出たことが原因だった。


(その人かしら……シャロとロナが話してた、ユオシェム様が連れてきた女性というのは)


 姉妹が話していたことと重なって、それがユオの恋人なのではないかとアリィは考えた。


 またも複雑な気持ちにさせられる。


 谷底にその女性はいなかったが、この婚約のためにいなくなったのなら申し訳ないのだ。


「僕は料理ができないから、近くの街に着くまでこういう食事で我慢してね」


 焚き火でお湯を沸かし、それをカップに入れて、ユオは粉末と混ぜてスープを作る。


 そこに缶に入っていたパンを添え、今夜の食事とした。


(どうしたんだろう。皇太子のことを思い出して、怖くなったのかな)


 アリィの表情がまた曇ったから、話題を変えたのだ。


「十分よ、ありがとう。美味しいわ」


 暖かいスープには湯気が上っている。


 コーンの甘みが口いっぱいに広がり、アリィはパンと一緒に食べて感激した。


 そんな彼女を見て、ユオも嬉しそうに笑う。



 ひと息つきながら、アリィは空を見上げた。


 大きな赤い星を、じっと見つめてしまう。


「あれ、不気味だよね」


 ユオはアリィの疑問を察したのか、一人で十人分くらいの食料を平らげながら言った。


(すごく食べるのね)


 アリィも兄もそんなに食べる方ではなかったので、見ていて楽しくなってくる。


「星慧教団の教えって変よね。花嫁には純潔を強要したかと思えば、不倫を推奨したり……矛盾してるわ」


 アリィはスープとパンでお腹がいっぱいになり、良好な精神状態で星慧教団への疑問を語った。


「不倫もさ、女性は咎められるよね。何でだろうね?」


 ユオは弟たちにもそうだったが、自分で考えることを推奨している。


 アリィにも答えを簡単に与えず、質問をしたのだった。


「あの赤い星を目覚めさせるのが目的なら、本懐は破壊や工作じゃないかしら」


「一理あるね。彼らが本気になれば、人類を滅ぼせる。そうしないのは、人類の自滅が一番のエネルギーになるからだよ」


「だったら、尚更だわ。星慧教団の教えというものは、幹部が得をするためのものだと思うの。矜持も、道徳も、彼らにはないんだわ」


 アリィとしては考えられないことだが、今の状況からそう捉えざるを得ないのだ。


 幼い頃から歴史を学ぶ中で、世界政府には疑問しか残らなかった。


 出鶴の歴史も自虐的な史観ばかりだが、今思うとそれも仕組まれているように感じる。


「まさにそうだと思うよ。架空のものを崇めるだけのカルトなら、まだ個人の自由だけどさ……人類の存続に関わるから、奴らは叩き潰さなきゃ」


「そうね。ひとまず、神秘の器(アルカナ)を取りに行くのが楽しみだわ!」


「その粋さ」


 楽しく雑談しながら、アリィは膝にトランを乗せて、紐で遊んでやっていた。


 トランは魔力石で動いているから、食べなくてもいいのだ。


「そうだ、君は神秘の器(アルカナ)のリストを見たんだっけ。お気に入りはある?」


 ユオもトランとのじゃれ合いに参加した。


 猫を指で撫でながら、アリィと近くで視線を合わせる。


 見つめていたい反面、騒がしい胸に違和感を覚えて、アリィは目を逸らした。


運命の夢杖(アリス・リデル)というものが気になるわ。青くて可愛い杖で、絵も素敵だったの。女神様が使っていたものだそうだけど、それだけは場所が書いていなかったのよね」


 禁書には絵も付いていたのを思い出す。


 身の丈に合わないかも知れないが、ユオならバカにしないだろうと信じていた。


「そっか。きっと君に似合うよ」


「私にそんな大層なものを扱えるのかしら?」


「大丈夫さ。食べたら魔力訓練をしようか」


「そうね。今夜こそ感覚を掴みたいわ」


 アリィはユオの言葉に勇気づけられた。



 しかし――和やかな空気は一変し、ユオは目の色を変えて食器を置く。


「お姫様、気を付けて」


 アリィを庇うようにして、後ろを振り返ったかと思えば――その視線の先に、人影が月に照らされて伸びているのが見えた。


(誰? 全く気付かなかったわ……)


 緊張と恐怖で、アリィはユオの服の裾を握りしめる。


 遠くにいる兵士の気配ですら、ユオは気付ける人だった。


 それが、近くに来るまで気付かなかった存在なのだ。


「放蕩皇子が、まさかこんなところに有明姫を連れ出していたとは」


 どこかで聞いたことのある声だと、アリィは身構える。


 焚き火の火に照らされ、近付いてくる度にその姿は鮮明になった。


「ヨグトス……?」


 毒々しくも落ち着いた紫色の髪は、毛先にいくにつれて真っ青なグラデーションを醸し出す。


 左右非対称の髪型で、反転するような緑の瞳は黒目が大きい。


 そんな青白い肌の華奢な少年は、黒い詰襟の服に身を包み、制帽を被っている。


 アリィはそのヨグトスという人物を知っていたので――肌が泡立つと同時に、ユオから離れられなくなった。

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