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有明のジェミリオン  作者: 豊平ののか
第一部

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21/26

21 閑話

 時は少し遡り、シノとララネが抜け出した時の話。


「ララネ姫、なぜそんなに剣が見たいのですか」


 他人行儀なシノは、よく分からないままララネを見下ろした。


 掴まれた手の部分が熱く感じていたが、表にはそれを出さないでいる。


「それは方便です。いいですか、東雲丸さん。あれはアリィとユオシェム兄様の、文交わしなのです」


 ララネはある程度までナヒドの家から離れ、ぱっと手を離す。


 気まずさよりもアリィへの友情が勝っていたのだが――さすがに二人きりになってまで、手を握っている必要はない。


「文交わし? あぁ……二人は夫婦になりますからね。俺の両親もそうしていたと聞きます」


 鈍いシノでも、さすがにそこは理解できるようで、ララネに言われてはっとしたように気付く。


「これで分かりました? そっとしておくんですよ。むしろ、他の誰かを交換日記に誘わないよう、お兄様から釘を刺しておいてくださいな。あの子ったら、純粋だから……私をその中に誘おうとしてくれたんです」


 アリィのことを語るララネは、とても生き生きとしていた。


 本当に大切な友達なのだと、シノにも伝わってくるくらいに。


「分かりました」


 ようやくララネの意図を知り、シノは頷いた。


(この人は、アリィのために打算なく動いてくれている。いい人だな)


 シノはそれだけで感心してしまう。


 というのも、幼い頃から彼は容姿に優れたゆえの厄災が降り掛かってきていたからだ。


 ある程度の年齢に達すると、常に老若問わず女性たちから熱い視線を受け取っていた。


 幸か不幸か天然な性格なので、ほとんど気付いていなかったのだが――そんなシノでもさすがに勘付いていたのは、そういった女性たちがアリィを疎ましく思っていたことだ。


 実の妹なのに、王太子があまりに可愛がるせいで、彼女たちはなぜだかアリィに嫉妬する。


 特に同年代の少女たちはそんな人が多かった。


 シノと話そうとすると、もれなく付いてくる妹が疎ましくないはずもなく――。


 それでも彼からしたら、謂れもなく可愛い妹が疎まれているという感覚。


 それらが同年代の女性を嫌う理由の一因であった。


「何なんですか? 私が美しいからって、そんなに見つめないでくださいます?」


 過去を思い返すシノは、じっとララネを見つめてしまっていた。


 見つめられたララネは、シノに対して特別な感情を抱いているわけでもない。


 ただ美形だとは思っているが、友達の兄に他ならない。


 親しくもなければ、腹を割って話す仲でもないのだ。


 だから戯けるようにして、やめさせるつもりでそう言った。


「確かに、ララネ姫は美しいですね。ご不快なら申し訳ない」


 シノはただ、思ったことを口にする。


 ただ何でも口をついて言うわけではなく、いい意味の言葉なので、言ってもいいと判断してのことだ。


「は、はぁ? 何言ってるんですか!」


 急に褒められたララネは驚きつつも、悪い気はしない。


 ただ少し恥ずかしなって、自分から言ったのに怒ってしまうのだった。


(恐ろしい人! その顔で何気なく褒めて、今まで女性を落としてきたのでは!?)


 シノが天然なのはララネも承知の上だが、その天然さが逆に脅威となる。


 無表情でも欠点とならないくらいの美貌に、少しでも優しい言葉をかけられたら、落ちない女の方が少ないのだ。



 少し肌寒い夜風が駆け抜ける中――村の入り口の方から、ランプの明かりを感じ取る。


 松明でないのが分かるのは、炎の揺らぎがないからだった。


「追っ手ですね。ユオシェム兄様に伝えなければ!」


 ララネは慌てて家に戻ろうとした。


 シノは追っ手が来ることはそれなりに想定していたので、さほど慌てずにその後を追う。


「ララネ姫」


 そして、ユオの言葉を思い出して、彼女のことを呼んだ。


「何ですか? 忙しいんですけど!」


 ララネは慌てていたところを急に呼ばれ、少し苛立ち気味だ。


「敬語はなくしていいですか?」


 緊迫したはずが、彼はこのタイミングでそんなことを聞いていた。


 というのも、ララネにとってこの旅こそが居場所だと、ユオが言っていたからだ。


(アリィが侍女から虐待されていたなら、同性に怯えていたはずだ。俺と再会した頃には、既に回復していたように思える。ユオもそうだが、きっとララネ姫のお陰でもある……彼女が少しでも、居心地が良くなればいいのだが)


 無愛想なだけで、内心はララネのことを想っての言葉だった。


(こんな時に、この人は何を考えているんでしょうか……)


 ララネからしたら、急にそんなことを言い出したシノは異様に映る。


 反面、心は弾んだ。


 ララネに対してだけ他人行儀だった彼が、少しだけ歩み寄ってくれたことは感じ取ったからだ。


「いいですよ。私は敬語が癖になっているというか、敬語を外したら口が悪くなるので、このままいきますけどね」


 ちらりとシノを振り返り、顔をまともに見ないまま、金髪を翻した。


(もう、変な人! 私はそうはいきませんから!)


 シノの天然女たらしを確信しつつも、ララネは落ちないようにと気丈に振る舞う。


(やはり、彼女といると動悸がする。ユオが大丈夫だと言っていたし、問題はないのだろうが……カナンの食事は塩分や香辛料がどうしても多めなので、高血圧だろうか。ジナビアに行ったら、念のため医者を呼んでもらおう)


 シノは何もかも無自覚なまま、かつてのアリィと同じような勘違いをしていた。


 むしろ妹よりも重症だが、本人に自覚はない。


 ララネに手首を握られた感覚がまだ残っていて、不思議とそれが大切に思えてくる。


 彼はその感情の名前を漠然と知ってはいても、結び付けることはまだまだ先の話なのだ。

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