20 自分を愛すること
ランプを持った人々の姿が見えてくる。
ユオの見立てどおり、宮殿の兵士たちであるのは明らかだ。
「あの男、なぜそんなにもアリィに執着するんだ。両親と少ししか変わらないのに、頭がおかしいのか?」
シノは不快感を露わにしつつ、純粋な疑問を呟く。
皇太子の執着があるゆえに、愛する妹を閉じ込めなければならなくなった。
憎んでいないはずがなく――彼がそんな感情を持つほどに、部屋が寒くなる。
「靡くわけないのにね。お姫様は、僕のお嫁さんになるんだもんね?」
危機が迫っているというのに、ユオは余裕そうに軽口を叩いて質問した。
急に振られたアリィは、鼓動が跳ねる。
(きっとこれは、建前じゃない。本当に結婚するとしたら……今でも幸せだから、毎日楽しく暮らせるのかしら)
ユオとシドゥルどちらか、と問われれば、もちろんユオを選ぶだろう。
だが、そんな消去法ではない。
彼と夫婦になること自体が、悪くないと感じていたことに気付かされる。
(ユオシェム様は、きっといい父親になるわね……って、私ったら何を考えて……)
アリィは昔から、素敵な人と結婚して、母親になりたいと思っていた。
緊迫した中でついそんな想像をして、顔を赤くした。
「そ、そうね。ユオシェム様と婚約しているもの」
それでもララネやシノの前だと恥ずかしくて、素直に答えられなかった。
「ユオシェム兄様、それより東雲丸さんが怒ってて寒いです。さっさと逃げる準備をしましょう」
ララネは逃げるための準備をし始める。
もはや二人が無意識にイチャつくのはいつものことなので、その件についてはスルーしていた。
アリィも慌てて、寝転がっているトランを抱き上げる。
「まぁ、逃げなくても大丈夫だよ」
へらへらと笑っているかと思いきや、ユオは急にがらりと窓を開けた。
「あれ、兵士さんだ。こんな夜中にどうしたんですか?」
あろうことか、そのまま窓から顔を出して、自分から兵士たちを呼び寄せたのだ。
シノも冷静になったからか、冷気は止まった。
「何してるんですか!」
ララネはアリィを慌てて抱きしめ、顔を隠した。
兵士たちは気付いたようで、五人くらいで窓の外に寄ってくる。
「ユオシェム皇子と有明姫が行方不明で、公式的に捜索している。この肖像に見覚えは?」
兵士はユオに気付いた様子もなく、二枚の肖像を渡した。
一枚目は、アリィの肖像で間違いない。
彼女の姿を一度でも見れば忘れるはずもなく、かなり正確な姿で描かれている。
あの夜、ドレス姿で会場に現れたのは一瞬だったのに、そこに居合わせた画家が完璧に再現していたのだ。
「すごく可愛い女の子ですね。この絵が欲しいです」
「配り物ではない!」
ユオは兵士相手にも堂々と軽口を叩き、一喝されていた。
しかも、半分は可愛いアリィの肖像が欲しいばかりの本音だ。
(そう言えば、村の人たちも容姿については言及してこなかったけど……)
後ろで見ていたアリィとララネは、村でのことがあったとしても戦々恐々としていた。
「そうですか……うーん、見たことないですねぇ」
そして、ユオが興味なさそうに突き返した二枚目は――チリチリの金髪で、眉もボサボサ、横に広がった鼻をした、あまりに不細工な男の絵だった。
(いや、誰ですかそれ!?)
(誰……?)
少し離れていたものの、後ろから見ていたララネとアリィが心の中で疑問を叫ぶ。
「出鶴の有明姫と……この男が、ユオシェム第三皇子です」
兵士は大真面目に言っているし、わざと不細工に描いたわけでもなさそうだ。
宮殿に勤務する兵士なら、一度くらいは放蕩皇子の顔も見たことはあるだろう。
あまりに似ていない肖像があれば、誰かが気付くはずなのだ。
「尊い方々なんですね。不細工な男はともかく、こんなに可愛い女の子がいたら、すぐに分かりますからね……もしかして、駆け落ちですか?」
当の本人は白々しく返した。
彼は実に楽しそうだが、奥にいるアリィとララネは顔を見合わせて首を傾ける。
「いや、それは、その……」
兵士たちは言葉に詰まる。
箝口令を敷かれているのか、あの式場であったことは市井の人々に話せないのだろう。
「僕らのような下々の民にはよく分かりませんが、兵士さんたちも大変ですね……」
ユオは探りながら状況を確認し、心から同情する。
「ご協力、感謝いたします」
兵士はちらりと部屋の中を見る。
ララネやアリィのことも一瞥するが、別人だと判断して去って行った。
「いえいえ、頑張ってくださーい!」
ユオはにこやかに手を振り、兵士たちが村から出ていくのを見送った。
最後には愛想のない兵士たちも頭を下げるくらい、心を掌握しているのだった。
やがて彼らが去った村は静まり返り、ユオはカーテンを閉める。
「僕が生き残れた理由はさ、バカのふりをしてたのもあるけど……自分の容姿を偽って見せていたからなんだ」
彼らが去った後に、ユオは種明かしをした。
同時に顔が闇に包まれるようにして真っ黒になり、その闇が再び払われると――今の美男子から、先ほどの肖像の不細工な容貌に変化したのだ。
そして、また同じようにして、元の美形な顔に戻る。
顔のパーツだけでなく、髪質や骨格、体型までも変えてしまう――見たこともない魔法のようだった。
百聞より一見で、アリィもララネも納得するしかなくなる。
「造形そのものを変えてしまう魔法なんて……原理は分かりませんが、バカで不細工な放蕩皇子と聞いていましたからね。容姿まで偽っていた理由は何ですか?」
ララネが先行してズバリと言った。
アリィは言いにくそうに苦笑いする。
「ほら、僕ってイケメンだからね。皇太子より顔も頭もいいと嫉妬される……実際、第二皇子がそうだったから。バカで不細工だと思ってたから、優越感に浸るために比較対象として残しておいたんだと思うよ」
それは前にも、アリィは聞いたことのある答えだ。
ユオと皇太子の間にはもう一人、第二皇子がいて、その人が殺されたことから学んだ生存戦略だと。
(第二皇子様の死で、学ばれたのね)
彼の本当の見た目が云々と、谷底の町で女性たちが言っていたのはこのことだったのだ。
それに、アリィは結婚式の時にユオの顔をよく見ていない。
あの時もきっと、扉の前で顔を変えていたのだろう。
そんな戦略を取ってきたことを思うと、アリィは少し切なくなってくる。
「谷底の人たちが言ってたのは、そういうことなのね……」
「そうそう。助けた人たちも、僕の本来の容姿を見て驚いてたなぁ」
「驚くに決まっているわ。私たちの容姿も、違う人のように見せてたの?」
アリィは不思議そうにユオを見つめた。
「少し違うかな……宮殿での僕は、あえて姿を変化させていた。さっきみたいにね。今の僕らは、他者の認識を阻害してる。たとえ違和感を持ったとしても、自分の中で合理化する感じさ」
「認識阻害? そんなことが出来るんですか? 相当なリソースと、高度な技術が必要なのでは?」
「君たちに渡してる宝石箱の素材は、言わば宇宙物質で……高濃度の魔力を放つからね。トランが高機能なのもそれさ」
「じゃあ、相手にはどんな感じに見えてるんでしょうか」
「印象に残らない普通の顔だね。ただ、体型は誤魔化せないかな。僕の裁量で、相手を決めて解除も出来るよ」
ユオはララネの疑問を一つ一つ解消していく。
技術が発達している出鶴でも聞いたことがなく、兵士たちもそんなものがあるとは思っていない。
本来の容姿を認識できなかった時点で、別人だと見なして去って行ったのだ。
「初めて会った時は今の顔だったが、世界会議に乱入した途端に、顔が変わっていたからな。あの時は驚いた」
過去の話をする時に、そこまで説明することはなかったが、シノはしみじみと言った。
「でも、腑に落ちました。顔だけはいい兄様に、婚約者すらいない理由が……」
「あの顔だし、縁談なんか来なかったんだ。今の見た目なら引っ張りだこだったかも」
「まぁ、中身を見れば幻滅すると思いますけどね。アリィ、寝ましょうか」
何はともあれひと安心したララネは、毒を吐いた後に荷物を置いて、そのままベッドに倒れ込む。
アリィもベッドに横たわり、濃厚な日々を思い出していた。
(ララァはそう言うけど……私はユオシェム様の心に救われたわ。どんな顔でもいいの)
そう思うほどには、アリィはユオのことを内面で見ている。
いつもの飄々とした姿も、ほんの少し見せた脆いところも、どんな顔だって受け入れられそうなのだ。
彼のことを想うと、胸が暖かくなってくる。
好きでないところを見つける方が、もはや困難なほどに――。
(もう、“自分なんか”って考えるのはやめにしましょう。だからって、過去は忘れない。それがあったから、ユオシェム様と出会えたんだもの)
先ほどのユオとの会話にて、アリィは自分の弱さや過去を全て受け入れようとしていた。
あれだけ真っ直ぐな愛情でも、甘んじて受けることが少し怖かった。
自分を愛していなかったからだ。
彼に言われて、ようやく気が付いた。
谷底の人たちに必要とされ、初めての友達ができた。
それから、家族とも和解できた。
愛されている実感と共に、弱かった自分自身も、過去の恐怖すら許していけているのだ。
心がほどけていくのを感じながら、アリィは優しい気持ちで眠りについた。
☾
翌日の朝――村を出る際、世話になった夫婦に挨拶をする。
その時に、ユオは彼らに真実を告げた。
「娘さんたちは生きていますよ。居場所は言えませんが……時が来たら、会えるようになると思います」
普段はがさつそうに笑うナヒドも、それを聞いた途端にジャナと一緒に顔色を変える。
「そんな、冗談はよしてくれ……」
半ばパニックになり、娘たちのことを思い出した彼は、冷たくあしらうように言った。
死んだ人のことを愚弄しているようにも聞こえるため、無理もない話である。
「シャロとロナは、いい子たちですよ」
ユオが名前を出してそう付け加えると、今度こそ夫婦は気付いた様子だった。
彼らは娘たちの名前を出していなかったし、部屋にも名前が分かるものは置いていなかったからだ。
静かな農村部では、そもそも識字率は高くない。
彼らは文字を書けず、聞くことでしか知る手段はないのだ。
「生きているとしたら、皇室が死を偽装したということになるわ。何のために……?」
一縷の希望は持つものの、市井の民である夫婦が真実に到達することはできない。
ジャナは縋るように問いかけた。
「理由は察してください。もし会える日が来るとするなら……シドゥル皇太子でない者が、次の皇帝になる日ですね」
ユオははぐらかすかと思いきや、かなり大胆なヒントを与える。
夫婦はもちろん、昨晩の騒ぎを知っている。
兵士たちが、とある皇子と姫を探していたことを。
皇太子を除けば、皇子は今や一人しかいない。
兵士たちは撤退して行ったが、この旅人こそが鍵なのではないかと――この時に勘付いた。
「バレたかな。通報しないでね?」
人差し指を立てて唇に押し当てると、ユオはウィンクして、認識阻害の術の対象から夫婦を外した。
夫婦にとって、彼らは特徴がない顔立ちに見えていたが――尊い人だと分かるような容姿に変化していく。
世界が霧を払ったかのように、目の前の旅人たちの輪郭がくっきりと立ち上がるのだ。
誰も知らない、肖像とは似つかない第三皇子の顔。
肖像どおりの美しい姫君。
その姫に似た美青年に、見知らぬ綺麗な少女――四人が本来の姿で揃う。
これから世界で何かが起こるという予感を、何も持たないナヒドとジャナでも感じるのだった。
「ありがとうございました。ご飯、とても美味しかったです。シャロとロナのお陰で、私も勇気づけられたのですよ。きっといつか、ご両親のもとに帰らせてみせます」
アリィは昔、民と交流したのを思い出しながら、夫婦の手をそっと取った。
純粋だった頃は、心から人々の安寧を願ったものだ。
同じように、彼らの幸せを願う。
ただ、それだけだった。
自分への愛情を取り戻したからか――その心に呼応するように、意識せずとも魔力が湧き出てくる。
(神秘の器を覚醒させた時と同じだわ。反応するだけなら、いいのよね?)
少し戸惑いながらユオを見上げると、彼は「大丈夫」と静かに頷いた。
アリィの魔力は体の奥からキラキラとした光で満ち溢れていき――それが雪のように、夫婦のもとへと降り立ったのだ。
「あれが……アリィの魔力なのか」
「綺麗ですね」
後ろで見ていたシノとララネは、初めて見る神秘に心を揺らす。
(まだ本調子じゃないのに、優しさが溢れてるね。アリィはもう、自分を愛せるようになったみたいだ)
ユオもアリィの綺麗な光を見守った。
別れの挨拶は終わり、村から去っていく一行。
夫婦はその背中を見送った後、不思議そうに顔を見合わせた。
「あの方が噂の有明姫様ね……手を握られた時、不思議な光を浴びたじゃない? 何となく、あの子たちが戻ってくる景色が見えたの。未来が明るいものだと確信するような……」
「俺もだ。負の感情すら、あの光に触れた時に浄化された気がする」
まだ誰にも観測できていないような神秘を、一人の少女に感じる。
四人の高貴な旅人がどうしてこんなところにきて、北に向かっているのかは全く見当もつかないが――穏やかな顔で、彼らの旅の成功を祈った。
第一部 fin.
同時進行で別作品を書いているので、第二部から週二くらい(水・日)の更新ペースとなります。
有ジェミのストックは現在(2026/3/24時点)120話分ほどあり、結末も決まっていますので、止まることはありません。
引き続きよろしくお願いします。




