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有明のジェミリオン  作者: 豊平ののか
第一部

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20/25

20 自分を愛すること

 ランプを持った人々の姿が見えてくる。


 ユオの見立てどおり、宮殿の兵士たちであるのは明らかだ。


「あの男、なぜそんなにもアリィに執着するんだ。両親と少ししか変わらないのに、頭がおかしいのか?」


 シノは不快感を露わにしつつ、純粋な疑問を呟く。


 皇太子の執着があるゆえに、愛する妹を閉じ込めなければならなくなった。


 憎んでいないはずがなく――彼がそんな感情を持つほどに、部屋が寒くなる。


「靡くわけないのにね。お姫様は、僕のお嫁さんになるんだもんね?」


 危機が迫っているというのに、ユオは余裕そうに軽口を叩いて質問した。


 急に振られたアリィは、鼓動が跳ねる。


(きっとこれは、建前じゃない。本当に結婚するとしたら……今でも幸せだから、毎日楽しく暮らせるのかしら)


 ユオとシドゥルどちらか、と問われれば、もちろんユオを選ぶだろう。


 だが、そんな消去法ではない。


 彼と夫婦になること自体が、悪くないと感じていたことに気付かされる。


(ユオシェム様は、きっといい父親になるわね……って、私ったら何を考えて……)


 アリィは昔から、素敵な人と結婚して、母親になりたいと思っていた。


 緊迫した中でついそんな想像をして、顔を赤くした。


「そ、そうね。ユオシェム様と婚約しているもの」


 それでもララネやシノの前だと恥ずかしくて、素直に答えられなかった。


「ユオシェム兄様、それより東雲丸さんが怒ってて寒いです。さっさと逃げる準備をしましょう」


 ララネは逃げるための準備をし始める。


 もはや二人が無意識にイチャつくのはいつものことなので、その件についてはスルーしていた。


 アリィも慌てて、寝転がっているトランを抱き上げる。


「まぁ、逃げなくても大丈夫だよ」


 へらへらと笑っているかと思いきや、ユオは急にがらりと窓を開けた。


「あれ、兵士さんだ。こんな夜中にどうしたんですか?」


 あろうことか、そのまま窓から顔を出して、自分から兵士たちを呼び寄せたのだ。


 シノも冷静になったからか、冷気は止まった。


「何してるんですか!」


 ララネはアリィを慌てて抱きしめ、顔を隠した。


 兵士たちは気付いたようで、五人くらいで窓の外に寄ってくる。


「ユオシェム皇子と有明姫が行方不明で、公式的に捜索している。この肖像に見覚えは?」


 兵士はユオに気付いた様子もなく、二枚の肖像を渡した。


 一枚目は、アリィの肖像で間違いない。


 彼女の姿を一度でも見れば忘れるはずもなく、かなり正確な姿で描かれている。


 あの夜、ドレス姿で会場に現れたのは一瞬だったのに、そこに居合わせた画家が完璧に再現していたのだ。


「すごく可愛い女の子ですね。この絵が欲しいです」


「配り物ではない!」


 ユオは兵士相手にも堂々と軽口を叩き、一喝されていた。


 しかも、半分は可愛いアリィの肖像が欲しいばかりの本音だ。


(そう言えば、村の人たちも容姿については言及してこなかったけど……)


 後ろで見ていたアリィとララネは、村でのことがあったとしても戦々恐々としていた。


「そうですか……うーん、見たことないですねぇ」


 そして、ユオが興味なさそうに突き返した二枚目は――チリチリの金髪で、眉もボサボサ、横に広がった鼻をした、あまりに不細工な男の絵だった。


(いや、誰ですかそれ!?)


(誰……?)


 少し離れていたものの、後ろから見ていたララネとアリィが心の中で疑問を叫ぶ。


「出鶴の有明姫と……この男が、ユオシェム第三皇子です」


 兵士は大真面目に言っているし、わざと不細工に描いたわけでもなさそうだ。


 宮殿に勤務する兵士なら、一度くらいは放蕩皇子の顔も見たことはあるだろう。


 あまりに似ていない肖像があれば、誰かが気付くはずなのだ。


「尊い方々なんですね。不細工な男はともかく、こんなに可愛い女の子がいたら、すぐに分かりますからね……もしかして、駆け落ちですか?」


 当の本人は白々しく返した。


 彼は実に楽しそうだが、奥にいるアリィとララネは顔を見合わせて首を傾ける。


「いや、それは、その……」


 兵士たちは言葉に詰まる。


 箝口令を敷かれているのか、あの式場であったことは市井の人々に話せないのだろう。


「僕らのような下々の民にはよく分かりませんが、兵士さんたちも大変ですね……」


 ユオは探りながら状況を確認し、心から同情する。


「ご協力、感謝いたします」


 兵士はちらりと部屋の中を見る。


 ララネやアリィのことも一瞥するが、別人だと判断して去って行った。


「いえいえ、頑張ってくださーい!」


 ユオはにこやかに手を振り、兵士たちが村から出ていくのを見送った。


 最後には愛想のない兵士たちも頭を下げるくらい、心を掌握しているのだった。



 やがて彼らが去った村は静まり返り、ユオはカーテンを閉める。


「僕が生き残れた理由はさ、バカのふりをしてたのもあるけど……自分の容姿を偽って見せていたからなんだ」


 彼らが去った後に、ユオは種明かしをした。


 同時に顔が闇に包まれるようにして真っ黒になり、その闇が再び払われると――今の美男子から、先ほどの肖像の不細工な容貌に変化したのだ。


 そして、また同じようにして、元の美形な顔に戻る。


 顔のパーツだけでなく、髪質や骨格、体型までも変えてしまう――見たこともない魔法のようだった。


 百聞より一見で、アリィもララネも納得するしかなくなる。


「造形そのものを変えてしまう魔法なんて……原理は分かりませんが、バカで不細工な放蕩皇子と聞いていましたからね。容姿まで偽っていた理由は何ですか?」


 ララネが先行してズバリと言った。


 アリィは言いにくそうに苦笑いする。


「ほら、僕ってイケメンだからね。皇太子より顔も頭もいいと嫉妬される……実際、第二皇子(兄上)がそうだったから。バカで不細工だと思ってたから、優越感に浸るために比較対象として残しておいたんだと思うよ」


 それは前にも、アリィは聞いたことのある答えだ。


 ユオと皇太子の間にはもう一人、第二皇子がいて、その人が殺されたことから学んだ生存戦略だと。


(第二皇子様の死で、学ばれたのね)


 彼の本当の見た目が云々と、谷底の町で女性たちが言っていたのはこのことだったのだ。


 それに、アリィは結婚式の時にユオの顔をよく見ていない。


 あの時もきっと、扉の前で顔を変えていたのだろう。


 そんな戦略を取ってきたことを思うと、アリィは少し切なくなってくる。


「谷底の人たちが言ってたのは、そういうことなのね……」


「そうそう。助けた人たちも、僕の本来の容姿を見て驚いてたなぁ」


「驚くに決まっているわ。私たちの容姿も、違う人のように見せてたの?」


 アリィは不思議そうにユオを見つめた。


「少し違うかな……宮殿での僕は、あえて姿を変化させていた。さっきみたいにね。今の僕らは、他者の認識を阻害してる。たとえ違和感を持ったとしても、自分の中で合理化する感じさ」


「認識阻害? そんなことが出来るんですか? 相当なリソースと、高度な技術が必要なのでは?」


「君たちに渡してる宝石箱の素材は、言わば宇宙物質で……高濃度の魔力を放つからね。トランが高機能なのもそれさ」


「じゃあ、相手にはどんな感じに見えてるんでしょうか」


「印象に残らない普通の顔だね。ただ、体型は誤魔化せないかな。僕の裁量で、相手を決めて解除も出来るよ」


 ユオはララネの疑問を一つ一つ解消していく。


 技術が発達している出鶴でも聞いたことがなく、兵士たちもそんなものがあるとは思っていない。


 本来の容姿を認識できなかった時点で、別人だと見なして去って行ったのだ。


「初めて会った時は今の顔だったが、世界会議に乱入した途端に、顔が変わっていたからな。あの時は驚いた」


 過去の話をする時に、そこまで説明することはなかったが、シノはしみじみと言った。


「でも、腑に落ちました。顔だけはいい兄様に、婚約者すらいない理由が……」


「あの顔だし、縁談なんか来なかったんだ。今の見た目なら引っ張りだこだったかも」


「まぁ、中身を見れば幻滅すると思いますけどね。アリィ、寝ましょうか」


 何はともあれひと安心したララネは、毒を吐いた後に荷物を置いて、そのままベッドに倒れ込む。



 アリィもベッドに横たわり、濃厚な日々を思い出していた。


(ララァはそう言うけど……私はユオシェム様の心に救われたわ。どんな顔でもいいの)


 そう思うほどには、アリィはユオのことを内面で見ている。


 いつもの飄々とした姿も、ほんの少し見せた脆いところも、どんな顔だって受け入れられそうなのだ。


 彼のことを想うと、胸が暖かくなってくる。


 好きでないところを見つける方が、もはや困難なほどに――。


(もう、“自分なんか”って考えるのはやめにしましょう。だからって、過去は忘れない。それがあったから、ユオシェム様と出会えたんだもの)


 先ほどのユオとの会話にて、アリィは自分の弱さや過去を全て受け入れようとしていた。


 あれだけ真っ直ぐな愛情でも、甘んじて受けることが少し怖かった。


 自分を愛していなかったからだ。


 彼に言われて、ようやく気が付いた。


 谷底の人たちに必要とされ、初めての友達ができた。


 それから、家族とも和解できた。


 愛されている実感と共に、弱かった自分自身も、過去の恐怖すら許していけているのだ。


 心がほどけていくのを感じながら、アリィは優しい気持ちで眠りについた。



 ☾



 翌日の朝――村を出る際、世話になった夫婦に挨拶をする。


 その時に、ユオは彼らに真実を告げた。


「娘さんたちは生きていますよ。居場所は言えませんが……時が来たら、会えるようになると思います」


 普段はがさつそうに笑うナヒドも、それを聞いた途端にジャナと一緒に顔色を変える。


「そんな、冗談はよしてくれ……」


 半ばパニックになり、娘たちのことを思い出した彼は、冷たくあしらうように言った。


 死んだ人のことを愚弄しているようにも聞こえるため、無理もない話である。


「シャロとロナは、いい子たちですよ」


 ユオが名前を出してそう付け加えると、今度こそ夫婦は気付いた様子だった。


 彼らは娘たちの名前を出していなかったし、部屋にも名前が分かるものは置いていなかったからだ。


 静かな農村部では、そもそも識字率は高くない。


 彼らは文字を書けず、聞くことでしか知る手段はないのだ。


「生きているとしたら、皇室が死を偽装したということになるわ。何のために……?」


 一縷の希望は持つものの、市井の民である夫婦が真実に到達することはできない。


 ジャナは縋るように問いかけた。


「理由は察してください。もし会える日が来るとするなら……シドゥル皇太子でない者が、次の皇帝になる日ですね」


 ユオははぐらかすかと思いきや、かなり大胆なヒントを与える。


 夫婦はもちろん、昨晩の騒ぎを知っている。


 兵士たちが、とある皇子と姫を探していたことを。


 皇太子を除けば、皇子は今や一人しかいない。


 兵士たちは撤退して行ったが、この旅人こそが鍵なのではないかと――この時に勘付いた。


「バレたかな。通報しないでね?」


 人差し指を立てて唇に押し当てると、ユオはウィンクして、認識阻害の術の対象から夫婦を外した。


 夫婦にとって、彼らは特徴がない顔立ちに見えていたが――尊い人だと分かるような容姿に変化していく。


 世界が霧を払ったかのように、目の前の旅人たちの輪郭がくっきりと立ち上がるのだ。


 誰も知らない、肖像とは似つかない第三皇子の顔。


 肖像どおりの美しい姫君。


 その姫に似た美青年に、見知らぬ綺麗な少女――四人が本来の姿で揃う。


 これから世界で何かが起こるという予感を、何も持たないナヒドとジャナでも感じるのだった。


「ありがとうございました。ご飯、とても美味しかったです。シャロとロナのお陰で、私も勇気づけられたのですよ。きっといつか、ご両親のもとに帰らせてみせます」


 アリィは昔、民と交流したのを思い出しながら、夫婦の手をそっと取った。


 純粋だった頃は、心から人々の安寧を願ったものだ。


 同じように、彼らの幸せを願う。


 ただ、それだけだった。


 自分への愛情を取り戻したからか――その心に呼応するように、意識せずとも魔力が湧き出てくる。


神秘の器(アルカナ)を覚醒させた時と同じだわ。反応するだけなら、いいのよね?)


 少し戸惑いながらユオを見上げると、彼は「大丈夫」と静かに頷いた。


 アリィの魔力は体の奥からキラキラとした光で満ち溢れていき――それが雪のように、夫婦のもとへと降り立ったのだ。


「あれが……アリィの魔力なのか」


「綺麗ですね」


 後ろで見ていたシノとララネは、初めて見る神秘に心を揺らす。


(まだ本調子じゃないのに、優しさが溢れてるね。アリィはもう、自分を愛せるようになったみたいだ)


 ユオもアリィの綺麗な光を見守った。



 別れの挨拶は終わり、村から去っていく一行。


 夫婦はその背中を見送った後、不思議そうに顔を見合わせた。


「あの方が噂の有明姫様ね……手を握られた時、不思議な光を浴びたじゃない? 何となく、あの子たちが戻ってくる景色が見えたの。未来が明るいものだと確信するような……」


「俺もだ。負の感情すら、あの光に触れた時に浄化された気がする」


 まだ誰にも観測できていないような神秘を、一人の少女に感じる。


 四人の高貴な旅人がどうしてこんなところにきて、北に向かっているのかは全く見当もつかないが――穏やかな顔で、彼らの旅の成功を祈った。



第一部 fin.

同時進行で別作品を書いているので、第二部から週二くらい(水・日)の更新ペースとなります。

有ジェミのストックは現在(2026/3/24時点)120話分ほどあり、結末も決まっていますので、止まることはありません。

引き続きよろしくお願いします。

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