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有明のジェミリオン  作者: 豊平ののか
第一部

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16/25

16 ジェミリオン

 陵墓の最深部――そこはかつて、岩を開いて谷底へ導いた時のように、宇宙の中のような道だった。


 あの時と同じ、四方八方に広がる星空。


 創世から続く広大な宇宙を、圧縮したとも表現できる空間だ。


 ここにはミイラはいないし、星空なのでアリィも怖くはなくなる。


 それを察してか、ユオは彼女を丁寧に下ろしてやった。


「ここだけ雰囲気が違うわ。どうしてかしら……闇天将様は、この先には眠っていらっしゃらない気がするの」


 恋い焦がれた神話の存在に、アリィはトランを抱きしめながら想いを馳せる。


 彼の墓だと言われている場所なのに、その存在が近付いていくような高揚感はない。


 どうしてかと言われると説明できないが、直感的にそう思うのだ。


 むしろ、その憧憬は――ずっと近くにいるような気がする。


「確かめてみるかい?」


「そんな、墓荒らしなんかダメよ」


「僕が許すよ」


 ユオはアリィが闇天将の話をする度に、嬉しそうに笑うばかりだった。


(どうしてかしら。いけないことなのに……ユオシェム様が許すと言えば、本当に許される気がしてくるわ)


 神々のことに軽く触れるだけでもよくないし、墓荒らしはもっと禁じられるべき行いだ。


 それでも、不思議と許される気がした。


 闇天将自身が、そう言っているように思えたからだ。



 不思議な感覚で歩いているうちに、宇宙空間のような道を抜けた。


 ある地点まで到達すると、星空の空間は消えてしまい、無機質な部屋に足を踏み入れる。


 プラチナで埋め尽くされた部屋に、横たわるのは黄金の棺。


 その枕元には、大きな壁画が描かれている。


 月の女神を彷彿とさせるような、アリィとよく似た女性が描かれていた。


 白い虎を挟み、闇天将と思わしき男と向かい合うような構図の絵だ。


 ぼんやりと絵を眺めるアリィをよそに、ユオは躊躇いなく棺の蓋に手をかけ、静かに開けてしまう。


「ユオシェム様、それは……」


 慌てて止めようとするが、既に遅かった。


 その中には何も入っていない。


 遺体と思わしきものも、副葬品ですらも。


 ただ、びっしりと文字が彫られているだけだった。


 アリィは目を疑い、いけないと思いながらも覗き込んでしまった。


「神代文字だわ。出鶴の王族の文字なのに、どうしてカナンの陵墓に……?」


 現代語とも、古代語とも違う、アリィたちの一族だけが読める文字。


 それがどうしてか、遠く離れたカナンの皇族の墓に刻まれている。


「神代文字は、月の女神と闇天将がこの惑星に持ち込んだものだからね」


 落ち着いた声でユオは言った。


(そんな話は聞いたことがないわ。だけど……)


 知らないからと、否定するのは簡単だった。


 ひと息ついて自分で考えてみても、答えは出てこない。


 二千年前の出来事など、転生したアリィですら思い出しようがない。


 それでも、目の前の事象は――闇天将の棺に神代文字が刻まれていることは、事実でしかないのだ。


「理由までは分からないけれど、貴方の言葉を受け入れるわ。カナンの皇族は、皆がこれが読めるの?」


「カナンの皇族、という範囲に広げると読めないね」


「じゃあ、貴方に限ったら……どうかしら?」


 アリィは棺を覗き込み、そこに書いてある文字を確認して、真剣な顔でユオを見上げた。


 視線が合うだけで、鼓動の高鳴りを感じる。


「〈ジェミリオン〉とは、子どもたちである。この双翼は赤い星を消す力となるだろう。二千年後、再び輪廻した世界に託す。翼たちは全力で女神と〈ジェミリオン〉を守りたまえ」


 否定も肯定もしなかったが、ユオは読み上げることでそれを証明した。


 そして、棺の蓋を閉じる。


 アリィが読んだ文章と一字一句違わず、その内容からも、ハッタリとは言い難い。


「〈ジェミリオン〉……古代の言葉で、“二つの対になるもの”という意味よね」


 そこに含まれる暗喩を考えようとしたが、アリィにはよく呑み込めなかった。


「十二天将は女神の翼。それを失うことは、女神も力を失うことに等しくて……〈ジェミリオン〉は、その中で最も重要な切り札なんだ。魔王を殺せる可能性すら持つ」


 月が天空で保たれるための、二つの柱のような存在。


 それが〈ジェミリオン〉なのだが――そんな伝承はどこにもない。


 これは闇天将による、前世の遺産なのだ。


 アリィは本能的に理解した。


 もはや、受け入れるしかない。


「〈ジェミリオン〉の話は伝承にないわ。二千年前の当事者しか知らない話なのでしょう。ユオシェム様……貴方は、誰なの?」


 答えをほぼ知っていながら、アリィは確かめるように問いかけてみる。


 確信が欲しかったからだ。


「気付いてるくせに。だって……君は女神様だろう?」


 アリィが隠していたはずのことを、ユオはあっさりと暴いてしまう。


 チクリ、と胸が痛んだ。


 アリィも薄々は気付いており、確信しないようにしていたが――彼は恐らく、アリィと違って前世の記憶があるのだろう。


 もう、確信するしかなかった。


「貴方は……最初から、私のことを知っていたのね」


 騙された、という気持ちにはならなかった。


 最初からそう言われても、アリィは何も信じられなかっただろう。


 ユオはアリィがゆっくり理解するのを待ち、頃合いを見ながら少しずつ情報を与えてきたのだ。


 感謝はすれど、責めるつもりはひとつもなかった。


「……前世を思い出したのは、母上の処刑が決まった頃だった」


「じゃあ、十歳くらいの頃よね。伝承は正しいのね」


「細かい逸話は誇張されていても、大筋は正しいと言えるよ。でも、ごめんね。魔力も最初からあるわけじゃなくて。君が酷い目に遭っているなら、もっと早くに連れ出せばよかった」


 淡い金色の睫毛を伏せ、ユオは悲しげな表情で言った。


 ユオもまた、シノがアリィを閉じ込めたことは、当時の最善策だと思っていた。


 もっとも、それは彼女が使用人たちに可愛がられているのが前提の話だ。


(侍女なんかに虐められ、怯える日々を過ごしたと思うと……それに関わった奴らは、苦しめないと気が済まない。自分の甘さが不甲斐ない)


 ユオは口にこそ出さなかったし、後のことを考えて喜代古に手を下さなかったが――内心では憎悪が煮え滾っていた。


 アリィに対して重い感情をぶつけるのはまだ早く、ぐっと堪える。


「確かに、たくさん怖い思いをしたわ。だけど、それがあったからこそ、貴方に会えたことを尊く思えたのよ」


 ユオの微笑みが引き攣るのを見つめ、アリィはそっと袖を掴む。


 まだ手を握るほどの覚悟は、彼女にはなかった。


 近くで見つめるだけで、顔が火を吹いてしまいそうだったからだ。


「僕のことも、許してくれるのかい?」


「最初から怒っていないわ」


 少し余裕がなさそうに問いかけるユオに、アリィは笑顔で答えた。


(待って、前世で恋人同士だったということ? ユオシェム様は、今も私のことを、好きでいてくれてる……?)


 考えるだけで、アリィには色んな想像が風船のように膨らんでくる。


 それを消すのに、今は必死だったのだ。


「要は……この旅の目的は、神秘の器(アルカナ)だけじゃないのね。十二天将の生まれ変わりがいなければ、神秘の器(アルカナ)を覚醒させられない、ということで合ってるかしら」


「合ってるよ。〈ジェミリオン〉はおそらく、今生でもまだ子どもだと思う。何となくだけど、子どもって特別なんだ」


「ということは、二千年前は……子どもを戦士にした上に、死なせてしまったのね」


 その後の甘い会話を続けるのはまだ恥ずかしくて、事務的な話に戻してしまう。


 子どもの死は想像しただけでも悲しくて、アリィは胸が締め付けられた。


「十二天将は、皆が自分の意志で戦ったんだよ。だからそれは君のせいじゃないし、今世では僕が〈ジェミリオン〉も守ると誓うよ。最初の十二天将としてね」


 ユオはその場で膝をつき、アリィを見上げた。


 前世の関係を暴露しても甘い空気を出さないのは、彼女が受け入れるタイミングを待っているからだ。


(ずっと会いたかった……今のアリィはまだ少し、困惑してるだろうけど)


 優しく微笑み、ユオは内心に燃える恋心を抑えていた。


 アリィが思うよりもずっと、二千年の恋は根深いのだ。


「頼もしいわ。でも、神秘の器(アルカナ)はどこかしら。この部屋に眠っているはずなのに」


 まだ少し恥ずかしくて、アリィは話を逸してしまう。


 部屋を見渡すと、女神の壁画の中に描かれていた白い虎が目に入った。


(あれだわ。あの子こそが、神秘の器(アルカナ)なのね)


 認識した途端、アリィはヨグトスと戦った時のように、内側から魔力が溢れ出してくるのを感じた。


「あっ、魔力が……」


「反応して溢れるだけなら大丈夫さ。出力はしないようにね」


「分かったわ」


 気が付くと髪の色が白っぽく変化していて、いつか巨大な魔力を操った夜が重なる。


「おいで」


 アリィは絵の中の虎に手を差し出した。


 すると、それは呼ばれるのを待っていたかのように――壁から立体的な姿を現し、ゆっくりとアリィの傍に四本足を着地させる。


 猫のように擦り寄り、猛獣なのに少しも怖さを感じさせなかった。


 トランは空気を読んでか、アリィの肩から零れ落ちるようにして飛び降り、少し離れたところで二人の様子を眺める。


(どうすればいいか、分かるわ)


 オーロラ色の瞳を淡く輝かせ、アリィは女神である自身との対話を思い出す。


 そして、虎を撫でてやりながら、跪くユオを見下ろした。


 呪文のような言葉が、すらすらと脳裏に浮かんでくる――。


千夜の灯火(アラ・アディン)、勇猛なる闇の虎よ。月の主より、神秘の解放を命ずる。その力を闇天将・ユオシェムに授け、再び魂の盟約を結べ」


 アリィが唱え終わると――みるみるうちに、虎は姿を変えていく。


 白金に宝石が散りばめられたような、油差しランプの姿に変化したのだ。


 それはアリィの両手の上で浮遊し、念じるだけでユオの目の前に舞い降りていく。


 ユオは顔を上げた。


 儀式の在り方を分かっているかのように、そのランプを両手で受け取ったのだ。


「我が御霊は、千夜の灯火(アラ・アディン)と共に」


 アリィが運命の夢杖(アリス・リデル)を受け取った時と同じように、彼は宣誓した。


 それはたちまち揺れるペンダントの形となり――その首にぶら下がるのだった。


 アリィの内から溢れ出る魔力は止まり、髪の色は元に戻る。


 神秘の器(アルカナ)をまた一つ覚醒させたことに、夢心地でユオを見つめた。


「なんだか、お揃いみたいね」


 アリィはくすりと笑い、互いのペンダントを見た。


「だね。僕の女神様、絶対にお守りしますからね」


 ユオも少しばかり戯けて笑い、覚醒の喜びを噛み締める。


(ずっと探してくれてたのかしら……)


 彼の気持ちを聞いたわけではないが、アリィは前世の関係に胸を高鳴らせる。


「私ね、まだ半信半疑だったの。本当は自分自身と対話して、知っていたのに。貴方にも言えなかった。だって、自分が女神だなんて名乗るのは、何だか変だから……」


「いいさ。僕だって言わなかったし、友達にもまだ明かしてないからね。君が初めてなんだよ」


「そうなのね。お互いに……明かしたい時に明かしましょう」


「それがいいかも」


 そしてまた見つめ合うことで、互いに言いたいこと、聞きたいことが溢れてきた。



 そんな中、部屋の入り口のあたりに黒い渦巻きのようなものが発生する。


「もう、置いて行くなんてひどいです!」


 自力で罠を解除したのか、ララネがそこから部屋の中に飛び込んできたのだ。


「ララネちゃん……それなりに複雑な魔法式だったと思うけど、解除したのかい?」


 邪魔されたユオだが、不機嫌になることもなく軽い笑みを浮かべる。


 アリィを見つめる目とは違い、家族や友人と接する時の顔だ。


「いや、彼女が力業で檻を捻じ曲げた。日属性の魔法だな。筋力を上げたんだと思う。興味深いものだった」


 ララネが捻じ曲げたところからシノも抜けてきたようで、追いかけるようにして彼も現れた。


「よほど怖かったんだね。神秘の器(アルカナ)は無事に回収したし、戻ろうか」


 ユオはペンダントになったそれを、遅れてきた二人に見せびらかすように言った。


「えっ、それが? 回収の瞬間が見たかったんですけど……!」


「またの機会にね。あと十一回はあると思うし」


「記念すべき一回目を逃すなんて……もう、ミイラなんて嫌いですっ!」


 ララネは錯乱していて、シノを殴った自覚はない。


 ミイラが怖くて薙ぎ倒し、自分の筋力を最大限にして檻を曲げたのである。


 彼女の痛烈な叫びが、厳かな陵墓の最深部に響き渡った。

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