15 陵墓に眠る棺
合流した四人は、陵墓の地下に繋がる入り口に入る。
真っ暗な闇の中だが、道を照らす手段はあった。
ララネの日の魔法があれば、二メートルほど先まで照らすことができるのだ。
「ララァ、すごいわ。こんな使い方もできるのね」
リボンを明かりのように使うララネに、アリィは大興奮だ。
「ふふ、私は色々なことができるのです! さぁ、行きましょう」
ララネも褒められて鼻高々だ。
それでも少し怖いのか、アリィの隣をぴったりくっついて歩いていた。
不気味かつ、荘厳な墓地。
ただの地下道ではなく、ところどころに金や宝石が散りばめられ、途切れることなく壁画が描かれている。
アリィやララネは王族なのもあって、陵墓への敬意を忘れない。
不気味だとは思いながらも、その場で口にすることはしなかった。
「私が読んだ禁書によると、地下の一番奥……闇天将様の棺の部屋に、神秘の器が眠っているらしいの」
それでも少し先の暗闇が怖いので、アリィは当たり障りのない話をしようと話題を出す。
「私、武器などを見るのが好きなんです。ここに眠っているのは、どんなものなんですか?」
明かりを灯すために先頭を行くララネは、気をそらすようにアリィに話しかけた。
「丨千夜の灯火と言って、この辺りに伝わる油差しランプのようなもので……そうね、ちょうどこの壁画に書かれている、これに似たものだわ」
歩きながら、アリィは地下の壁画を見る。
禁書で見たものと近い見た目のものがあり、それを指さした。
壁画は古代の香りを残した、どこか神秘を感じる絵柄だ。
生身の人間らしさはないが、ランプを持った青年の絵が描かれている。
着色もしてあり、ユオと同じ髪や目、肌の色をしていた。
白金に青い宝石が散りばめられた、平べったいティーポットのようなものだ。
それは探している神秘の器と、よく似たものだった。
「闇天将だね。カナンの守り神だから、大きく描かれてるのかも」
しみじみとユオは見上げた。
「ここには闇天将様の容姿も、こうして残っているのね。出鶴では口伝だけだったから」
そんなユオと、壁画の青年を、アリィは見比べる。
もちろん絵とは完全一致しないが、どこか似ているのだ。
「言われてみれば、ユオシェム兄様と似てる気がしますね。ネシアにも昔は日天将の絵や像がたくさん残っていたようですし、やはりその土地の守り神に因んだ芸術品があるんでしょうか」
壁画を明るい光で照らして、ララネは従兄と見比べた。
十二天将は、各国の王族の先祖とされている。
各地で該当する守り神が崇められているのは、何も不思議ではない。
それでも世界政府によって次々と葬られ、今や数も少なくなってきている。
「闇天将は十二天将の中でも最強だと言う。神秘の器をあらゆる形に変形させ、魔族をなぎ倒していたとか……」
シノは相変わらずの無表情だが、興味ありげに壁画を眺めている。
「闇天将様はかっこいいわ。お母様に神話の話を教えてもらった時から、ずっと……」
壁画を見つめ、アリィは幼い頃からの憧れを口にする。
ただ何気なく、好きだと言おうとしていた。
言葉に詰まってしまったのは、ユオと闇天将を重ねていたからだ。
(ここで好きだなんて言ったら、なんだか変な感じがするわ!)
その先を言ってしまうのは、とても恥ずかしくなった。
「ずっと、何だい?」
ユオは少し意地悪く、それでいて色っぽい声で、続きを促そうとする。
「な、何でもないわ。行きましょう」
ふいっと顔を逸したアリィは、顔が熱くなるのを感じた。
トランを抱きしめてごまかし、少し先を歩く。
そんなアリィの肩を支え、ララネはユオを呆れた目で睨むのだった。
女性陣が先に進んでいく中で、ララネは色の違う床に足を踏み入れてしまう。
カチッという音が聞こえたかと思うと――壁が動き始め、四方八方から矢が飛んでくるのだった。
咄嗟にユオとシノは剣に、ララネはリボンにそれぞれ魔力を込め、降り注ぐものを全て薙ぎ払う。
アリィは何もできないので、トランが結界を張って守っていた。
それでもユオたちがすべての矢を落としたため、結界に掠ることすらなかったのだ。
「罠ですね。墓荒らし対策でしょうか」
ララネは毅然とした様子で、俊敏に跳ね返している。
(皆、かっこいいわ。私はまだ、役に立てないわね)
と、アリィはほんの少しだけ肩を落とした。
「だろうね。副葬品もたくさんあるし……とはいえ、ここまで来れる人って少ないと思うけど」
「どうしてです?」
「この領域って魔力が強いから、魔力量が低い人はすごく酔うんだよね。墓地って普通より魔力が高い土地に建てられることが多いから、それが呪いや幽霊の話に繋がってるんだ」
「なるほど、幽霊は魔力酔いした人の幻覚なんですね。存在しないならよかったです!」
ユオの言う魔力量というのは、魔力を体内に精製できる限界量のことだ。
今のアリィは枯渇状態だが、本来なら一般人とは比べ物にならないくらい蓄えられる。
身分制度はいかに民を守れるか、という基準で決まっていたもので――身分が高いほど、魔力量は多い。
(前に私が怖いって言った時は、そんなこと言ってなかったのに)
ユオとララネがそんな話をする中、アリィはふと以前のことを思い出した。
「ユオシェム様、どうしてそれを教えてくれなかったの? 私は幽霊が怖かったのに」
少し前、墓に行くと聞いて怖がっていたアリィに、ユオはそのことを言ってはくれなかったのだ。
不機嫌というほどではないが、頬をぷくりと膨らませた。
「あはは、ごめんごめん。でも、そういう説があるってだけで、幽霊はいるかも知れないよ? ほら、ここにも……」
ユオはアリィが怖がるのを承知でからかい、自身の闇魔法で黒い塊を作って、彼女の背後に回らせる。
「きゃっ! びっくりしたじゃない。もう、やめてよね」
本気で驚いたアリィはララネにしがみつき、悪戯だと知って文句を言った。
「このドS! アリィが可愛いからって、からかわないでください!」
そんな恋人同士のような戯れも、ララネがリボンでユオを叩くことで幕を閉じる。
(アリィは出鶴にいた頃よりも楽しそうだ。ユオとも良好のようだし、同い年の友達ができたからだろうか)
シノはアリィが本気で嫌がっているわけではないことだけは悟り、特に介入せずに眺めていた。
「あはは。お姫様、幽霊が出たら教えてね。僕も会ってみたいから」
ふざけているように笑うユオの意図に、アリィは気付いてしまう。
ただ単にからかっているだけではない。
肩を落とすアリィを、ユオは見逃していなかったのだ。
だからまた、彼なりに役割を与えたのだろう。
「うん……もしいたら、教えるわね」
そう思うと嬉しくなって、幽霊への恐怖も少し薄れてきた。
以降は似たような罠が少し歩く度に現れ、アリィ以外の三人で突破していく形となった。
そして、ようやく最深部の手前の部屋に差し掛かる。
たくさんの棺が積み重なるように置いてある部屋だ。
足を踏み入れただけで、今度は何本もの槍が飛んできた。
「面倒な罠だねぇ」
どす黒い闇の塊をユオが使役し、それらをすぐに粉砕してしまった。
この部屋には今まで誰かが足を踏み入れ、そして帰らぬ人となった痕跡がある。
足元に白骨死体がごろごろと転がっているのだ。
「可哀想に、誰かがここで亡くなったのね」
幽霊は怖いアリィだが、遺体そのものに対しては、そこまで恐怖を感じなかった。
命に対しての価値観は、それとは別のところにあるからだ。
骨の前でしゃがみ、アリィは手を合わせた。
兄妹で価値観が似通っているからか、シノも同じようにする。
「出鶴では、そうやって弔うのですね」
「墓泥棒かも知れないけど、確かに可哀想ではあるよね」
ララネやユオもそれに続いた。
ほんの少しだけ、弔いの時間を四人で作る。
「ちゃんと輪廻の船に乗るのよ」
アリィは白骨死体に声を掛け、祈りの時間を終えた。
星慧教団では転生を否定しているが、従来の女神信仰では、どんな命も生まれ変わると言われている。
アリィはまだ半信半疑ながらも、自身の転生前の正体を知った。
だからこそ、生まれ変わりは実際にあると言えるのだ。
ひんやりとした墓の内部にも慣れ、ララネは明かりを照らして進もうとする。
アリィほどではないものの、彼女もかなり怖かったのだ。
(昔読んだ、ミイラが出てくる怖い話を思い出します……しっかりしなければ。ユオシェム兄様とは何でもないとは言え、婚約者のアリィを差し置いて頼るわけにはいきませんし)
ララネは気丈に振る舞いつつ、まだ頼れそうなシノをちらりと見る。
視線が合うが、彼はすぐに目を逸らした。
(東雲丸さんには、なぜか嫌われているようですし……アリィの友達として、相応しくないとでも思われているのでしょうか)
(また視線が合ったら心拍が上がった。理由が不明だ。後日ユオに確認しなければ)
と、二人は全く別の方向で互いを警戒していた。
部屋の中心にある大きな柱のあたりに差し掛かった時、陵墓の中で地響きが起こった。
「きゃっ」
足元がふらつくアリィを、真っ先にユオが支える。
彼はアリィがまだ許していないので、手や素肌には触れない。
服越しに、肩に手を添えるくらいで留めていた。
「ユオシェム様、怖いわ……何なのかしら」
「大丈夫、これも幽霊じゃないよ。柱周辺の床に体重が乗ったことで、何らかの仕掛けが発動したみたい」
再会した兄よりも、ユオに甘えることが当たり前になっていた。
恐怖が極限に達したアリィは、彼の服にしがみつく。
ララネやシノは柱に寄りかかり、揺れが収まるのを待っていた。
激しい揺れでも、地下は一切崩れることはなく――やがてゆっくりと止まっていく。
「やっと止みましたね……」
ララネがほっとして柱に手を付けると、今度は棺の蓋がカタカタと音を立てて動き始めた。
蓋が開いたところから、包帯を巻いた手がぬるりと伸びてくる。
ゆっくりと、同時に何かが起き上がる。
人間の形をしていた。
それらはうめき声をあげながら――棺の中から、ぬるぬると出てくるのだった。
「いやぁぁぁ!」
アリィとララネは叫び声を上げる。
陵墓で静かにしていようという決意も虚しく、ただ恐怖に支配されたのだ。
ユオはパニックになるアリィを抱き上げて、ララネは一人でリボンを振り回して暴走し始めた。
「ララネ姫、落ち着くんだ」
近くにいたシノが後ろからその手を掴むが、それがかえって悪手になる。
「きゃあぁっ! 触るなっ!」
急に後ろから掴まれたものだったので、ララネはリボンでシノを柱に叩き付けてしまった。
「変態! ミイラ! 来ないでぇぇっ!」
もはや、恐怖で淑女らしさも忘れている。
王女としての優雅さを失い、ただのお転婆少女として暴れ回った。
「俺は変態でもミイラでもないが……」
女の子に飛ばされて壁に埋められたシノは、ぽつりと否定した。
しかし、それはララネに届いていない。
彼女のリボンはあさっての方向を殴り、変なスイッチを押してしまう。
その瞬間――柱を中心にして、地面から鉄の格子が伸びて、天井に突き刺さった。
ララネとシノはその中に、ミイラと一緒に閉じ込められてしまう。
「いやぁぁ! ミイラが! 近くに!」
そして、また彼女は発狂していた。
「あーあ、ララネちゃんが暴走しちゃった。このミイラ、魔法絡繰だね。古代の技術でここまで精巧な仕掛けをするとは、感心だ」
ユオは冷静に観察しつつ、剣を振って立ちはだかるミイラを再起不能にした。
「シノ、僕らは先に行くね。後でそれを解いてあげるから、君はララネちゃんを何とか落ち着かせて」
そのまま襲い来るミイラたちを剣で斬り倒しながら、ユオはアリィを抱えて目的の部屋へと走り去る。
「ララァ、大丈夫かしら……」
アリィも怖かったが、ララネより幾分かは冷静だった。
ララネは怖がっているが、シノが一緒なので傷つくことはなさそうだ。
ただ、精神的な面が心配だった。
「まぁ、ララネちゃんなら大丈夫さ」
ユオは半ば楽しそうにしながら、扉を蹴り開いて最後の部屋へと向かった。




