13 文交わし
初めての友達と、一緒にお風呂。
アリィは自分の体にコンプレックスを持っていて、笑われないかが心配だった。
“姫様は家畜みたいな体ですね。いつになったら痩せるのですか?”
いつも喜代古が言っていた言葉が蘇る。
豊満な胸が恥ずかしいものだと思い続けてきた。
今は少し慣れたものの、人前で全て晒すのはまだ怖い。
「アリィは肌が白くて綺麗で、いい香りですね!」
だが、ララネはアリィに笑顔を向ける。
体のことは礼儀として言わないが、肌のきめ細かさを本気で羨ましがっていた。
(変じゃないのね、私)
変なこともないのだと知り、アリィも服を脱ぐのを躊躇わなくなる。
「ララァも健康的で綺麗だわ。どんな保湿剤を使っているの?」
「私は出鶴の化粧品会社から取り寄せていました! アリィはどうです?」
「私は室内で育てて、自分で調合してたの。でも、侍女に盗られちゃって」
「まぁ、最低ですね! そんな奴、私がぶっ飛ばしてあげます!」
「ふふ、楽しみね」
ほぼ初対面なのに、アリィとララネは会話を弾ませる。
お風呂を堪能してからは、すっかり緊張が解けた。
二人は昔からの友人のように、部屋に戻って話に花を咲かせる。
入れ替わりでユオが浴場に行くのを見送った。
「実は、姉様は従姉なんです。母様とラニ叔母様の上に、もう一人の王女がいて……その娘だったんですよ。その方が病気で亡くなって、両親の養子になったのがリリナ姉様でした」
「そうよね。リリナ王太女様って、私たちより十歳上よね。直系のララァに政権がいかなかったのって、未成年だったからでしょうし」
「えぇ、そうなのです。リリナ姉様、本当は死んでなくて、どこかで生きてたらいいですのに……」
「意外とそうかも知れないわよ? いつ王太女様が帰ってこられてもいいように、私たちはできることをしましょう」
可能性は低いかも知れないが、アリィは王太女の生存を祈る。
「そうですね! しかし、出鶴の王族兄妹はかなり優秀だと聞いていましたが……アリィと会って納得しました」
「もう、褒めすぎよ? お兄様はもっと優秀なんだから」
「東雲王太子殿下は、生物学の論文が有名のようですね。ネシアにいらしたことはありませんが、令嬢たちが国を跨いで追いかけに行くほどモテるとか……」
「えぇ、昔から王宮にはたくさん押しかけていたわ」
兄や姉の話をしながら、アリィとララネは交友を深めていく。
ララネは明るいながらも、しっかりとした政治観や、王女としての責任感を持っている。
淑女としての振る舞いは仮面でも、知識は努力の賜物と言えるだろう。
(ラニ様のお陰で、ララァとも素直に話せるわ)
アリィはララネの言動を勘繰らずにいられて、ラニに心から感謝した。
それからアリィはトランを呼び、交換日記を開く。
眠っている三日間、ユオはきちんと日記を残してくれていたようだ。
心配してくれるようなメッセージに、胸が熱くなる。
(欠かさず書いていてくれたのね。意外とマメなんだわ)
感謝と無事だったことの嬉しさ、ララネが加わったことの感激などを綴った。
いつも顔を合わせているのに、文を交わすとまた違う側面が見えてくる気がする。
口では言いにくいようなことが、紙の中ならすらすらと出てくるのだ。
「日記ですか?」
ララネが興味ありげに眺める。
さすがに中を覗こうとはしなかった。
「えぇ。冒険記なの」
「いいですね。どんなことを書いているのです?」
「見ていいわよ」
アリィは特に交換日記だとは言わない。
やましいことを書いているつもりもなく、仲間になったララネならいいだろうと考え、気軽な気持ちで見せた。
許可を得たララネは、二人の交換日記を少しだけ読む。
アリィはそうでなくとも、ユオが書いている文章からは、明らかに愛情が伝わってくるものだ。
そして何ページか捲った後、笑顔でアリィに返却する。
(これ、実質的に文交わしというやつでは? 髪飾りまで贈っていますし、ユオシェム兄様はアリィを本気で愛しているみたいですね……)
出鶴の人々は奥ゆかしく、男女が恋愛をするには手紙を交わすことから始めると言う。
男が手紙を出し、女は気乗りしないと返事を書かない。
ネシアは友好国なので、ララネは出鶴の文化や風習も少し知っているのだ。
アリィは気付いていないが、ユオによって仕組まれた文交わしなのは間違いない。
あまりの露骨っぷりに、ララネは思わず苦笑いするほどだった。
とはいえ、アリィは役割を与えられたと喜んでいるのだが。
「ありがとうございます。ユオシェム兄様が死にかけただなんて……アリィはそれを見て、魔法を発動させたんですね。兄様のことはどう思っていますか?」
ララネは軽い気持ちで内容に触れ、アリィの気持ちを探った。
「まだ会って数日だけど、とても尊敬しているわ。もっと彼のことを知りたいとも思ってる……でも、言わないでね。何だか恥ずかしいから。ララァも、交換日記に参加する?」
アリィは顔が熱くなるような気がして、日記を抱きしめながら俯いた。
(変だわ、顔が熱い……)
大義を掲げるユオのことはすごく尊敬しているし、その理念に付いていきたいとすら思うのは本心だ。
書いてくれた日記を読む時間が、いつしか楽しみになっていた。
それを伝えるのは恥ずかしいので、あまり口には出さないのだが。
「いいえ、私はあまり筆まめではないので……これからもお二人で続けてくださいな」
すぐに察したララネは、そこだけは邪魔しないようにしようと心に収める。
(ユオシェム兄様は悪人ではありませんが、アリィと会ったのは初めてのはずです。計画とは別に、一目惚れでもしたのでしょうか? まぁ、アリィの美貌を見れば、分かる気はしますが……)
ララネもかつて彼に救われ、少しの間だけ谷底にいたことがある。
ユオに女の影は一切なく、身内であるララネとすら一線を引いている。
その証拠に、愛称で呼び合ってはいない。
傍から見て、ユオからのアリィへの愛があまりに突き抜けているので、そこは少しばかり疑問だった。
☾
一晩を過ごした後、宿を出てまた砂漠を歩く。
ララネは砂漠に現れた魔物を、次々と退治していった。
優雅なリボンで倒していく様は、アリィも憧れるものだ。
「ユオシェム様、私も魔法を使いたいわ」
「君は魔力が完全に戻るまで、魔法を使うのは控えようね。魔力が溢れてくるくらいならいいけど、自発的に出力すると倒れるかも知れないから」
「そうなのね、分かったわ」
練習を飛ばし、多大なる魔力を一気に出力してしまった代償だ。
不満ではなかったが、少し寂しかった。
「でも、僕のためにしてくれたんだ。ありがとね。もう少し回復したら、君はきっと強くなるよ!」
ユオのその一言があり、アリィはぱっと表情が明るくなる。
「きちんと使いこなせるようになったら、その時は役に立てるように頑張るわ」
アリィは嬉しくなって、魔法を使えるようになった時のことを考えて微笑む。
(どう見ても恋人なんですけど。なぜか二人とも、体面上の婚約者だって言い張るんですよねぇ……)
それを微笑ましく眺めるララネは、あれからそれぞれに関係を聞いたことを思い出す。
二人して政治的な関係だとしか答えないことに、モヤモヤとしていたのだ。
「はぁ、疲れました。そろそろ休憩しましょうよ。いいでしょう、兄様?」
街で女の子らしい衣装を整え、ララネはすっかり旅の中心だ。
ユオとは従兄妹だし、性格もあってか、彼に対しての扱いはぞんざいである。
「えー、どうしようかな」
ユオもララネに気を遣っておらず、彼女の言葉を聞き流すことも多い。
アリィとの対応の差は歴然だ。
「ユオシェム様、休みましょう。私も少し疲れたわ」
アリィがそう言うと、ユオはぴたりと歩みを止めた。
「お姫様が疲れたなら、仕方ないね」
と、闇の中から椅子や日傘を取り出したのだ。
「もう、ララァのことも気遣ってあげて?」
「そうですよ、兄様のバカ! アリィ、優しいです」
ララネは優しいアリィにメロメロで、溺愛している様子がユオからも見える。
砂漠の真ん中での休憩も、ユオにかかれば快適だ。
たくさんの荷物を運ぶ必要もないので、無駄な体力消費はない。
それでいて、椅子に日傘など、設備はかなり整っている。
(アリィがララネちゃんに付きっきりだなぁ……まぁ、可愛いからいいけどね)
ララネの合流から数日経った今、ユオはアリィの興味を奪われた気になる。
少し寂しいながらも、彼女が楽しそうなので良しとしていた。
「シノには連絡したよ。〈千夜の陵墓〉で会おうって」
二人を団扇で仰いでやりながら、ユオは言った。
ララネの圧力により、今やユオも召使いのような扱いを受ける。
アリィが仰がなくてもいいと止めても、彼はやめなかったのだが。
「もうすぐ着くのでしょう? お兄様と会えるのね……」
複雑な気持ちはあったが、今は兄と会って話すのがアリィにとっての区切りだ。
緊張しつつも、会う覚悟は決まっていた。
「連絡手段は、私と同じような感じですか?」
ララネは宝石の付いた小箱を取り出す。
黒に赤を帯びた、高級感のある代物だ。
その宝石は、トランの首輪についているものと同じに見えた。
「それは何? トランの首輪の石と似ているわ」
初めて見たアリィは興味津々な様子で、ララネの手に乗ったそれを見つめる。
それからトランを抱き上げ、首輪の石と見比べた。
最初こそ遠慮していたが、今はララネと距離を詰めるのに抵抗はない。
「軽いメッセージのやり取りができる装置だよ。トランと同じ素材を使ってるんだ」
ユオが説明したことで、アリィは深く納得する。
「これなら信号を世界政府に取られなくて済むわね。出鶴の王族は鴉で伝達をしていたけど、これは便利だわ」
「シノは大和っていう鴉を従えてるよね」
「大和、懐かしいわ。王位継承者にだけ仕える鴉なのよ。可愛い子なの。ふふ、貴女も可愛いわよ」
大和の話をするとトランが構ってほしそうにするので、アリィは頬ずりした。
出鶴には情報発信が手軽にできる装置があるが、それらは世界政府のコントロール下にある。
機密事項を扱うには、古典的に鴉を用いて伝達しているのだ。
「ひとつ言っておくと、シノはすごく無口で言葉足らずなんだ。ララネちゃんくらいハッキリしてる子としては、イライラするかもしれないけど……まぁ、許してやっておくれよ」
話題が出たついでに、ユオはアリィの兄の話をした。
「いくら出鶴の王族が権力を剥奪されているとはいえ、外交要員としては機能しているはずです。そんな性格で、国交は大丈夫なんですか?」
「まぁ、仕事の時はちゃんと喋るからね。それ以外の時が天然ボケなだけで」
「えっ、お兄様の方も天然なんですか……?」
聞いていて、途端に少し不安になるララネ。
アリィもまた、どう見ても天然だ。
兄から歩み寄らないと、また兄妹の仲は悪くなってしまう懸念があった。
(アリィも天然なのに、天然が二人に増えるんですね。少しでも仲を取り持てればいいのですが)
出会ったばかりなのに不思議だったが、ララネはアリィの笑顔が大好きになっていた。
そのために、密かにお節介を焼くことを心で決める。
ふと、平らな砂漠に黒い影が落ちる。
アリィは影を辿り、砂漠の青空を見上げて――そこに黒い点が飛んでいるのを見つけた。
「何かしら」
その点は徐々に近づいて来ていて――鳥の形をしているのが分かった。
それはゆっくりと舞い降りてくる。
あるところまで降りてきた頃に、それが砂漠には存在し得ない鳥だと気付いた。
大きな鴉――出鶴ノ国の王家に仕える、大和という鴉だ。
「大和……?」
噂をした途端にまさか現れると思っていなかったアリィは、立ち上がって鴉に手を伸ばす。
すると、ゆっくり旋回して降りてきた大和は、アリィの腕に爪を立てずに止まった。
「かぁ」と、ひと声鳴く。
足には手紙が括ってあった。
『陵墓に到着した。アリィ、気を付けてくるんだぞ』
出鶴の王家の者だけが読める文字で、確かに書いてあった。
兄が書いた手紙だと、すぐに分かる。
「お兄様だわ。陵墓にいるんですって! 大和が私たちを見つけてくれたのね」
胸を張る大和に、トランがまたやきもちを焼いて唸る。
アリィは板挟みだったが、どちらも可愛いと頬を寄せた。
「大和は本能で出鶴の王族を探せるんだよね。シノが君を心配して遣わせたんだろう」
何度か会ったことがあるからか、大和は挨拶するようにユオの肩にも飛び乗っていた。
「知らない文字ですね……」
ララネが手紙をちらりと見て、きょとんとした顔をする。
「神代文字というの。出鶴の王族なら、習っていなくても読み書きできるわ。間違いなくお兄様の手紙よ。私のことを気遣ってくれてるわ!」
気遣うような言葉が添えてあることにも嬉しくなり、アリィは手紙を大切にしまうようにとトランに頼んだ。
出鶴の王族だけが、本能的に読めるという神代文字。
禁書もそれで書かれていた。
「きっと、王太子殿下はアリィに会いたいんでしょうね!」
ララネは早くも兄妹の中を取り持とうと躍起で、元気づけるように言った。
「さて、陵墓まではあと数日かな。ゆっくり行こうか」
ユオは荷物をまとめてトランに預け、はしゃいでいる二人の少女たちを引率した。




