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サヨナラをもう一度〜夏のフェアリーの物語〜  作者: マナマナ


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8/9

夏のフェアリー

 家に帰るとタナカのじいさんが玄関にいて

「おかえり。今朝のはどうだった?美味かっただろ」

「とっても美味しかったです。ありがとうございます。あの後も釣れたんですか?」

「ああ。干物もたくさん作り過ぎたからこうやって近所にお裾分け。これも美味いぞ」

 タナカのじいさんは歯のない笑顔をする。お母さんは嬉しそうにお礼を言う。そして帰りがけに

「そういえば、会えたんか??」

「会ったよ。それでね一緒に食べたんだ。美味しいって言ってたよ」

「一緒に・・・そっか」

 ?。タナカのじいさんは何かを考えるような顔をして答える。でもそれは一瞬ですぐまた歯のない笑顔に戻って

「じゃあな。また釣れたら持ってくる」

 私も手を振って、もう一度ありがとうと言って見送った。


 部屋に戻ると開きっぱなしになっている教科書があって、手に取るとそこにはラピスの残り香があるような気がして、気が付くとまた自分の唇を触っていた。

 あの感触が忘れられない。初めてだったのに全然嫌な気持ちじゃなかった。とても不思議な感覚で上手く言い表すことができないけど、強いて言えば夏みたいな、触れた瞬間に思ったことは間違いな気持ちじゃないと思う。

 私は開かれたページから物語を辿り始める。

 列車に乗ったジョバンニは自分がどうしてこういう状況にいるのか理解するよりも星の間を縫って走っている車窓からの景色に心を奪われていた。

 そして何時しか目の前にいるカムパネルラ。二人はこうしていることに否定的ではなくむしろ自分達の生活の延長線の上にいるような、そんな感じで受け入れているように見える。引き返そうなんてこれっぽっちも感じていない。

 もし私が同じ状況になったとしたら同じように許容することができるだろうか?もし一人だったら不安とか感じてしまうかも。もし好きな人と一緒なら?もし目の前にラピスがいたら私はこのままでもいいかも、って疑うことなく思ってしまうかもしれない。不思議な出会いと銀河鉄道に乗る夏休み。想いはどこまでもどこまでも終わりを忘れてしまった旅のように空想は無限に広がってゆく。


 教科書は“さそりの心臓”の手前で終わっている。その先にどんな運命が待っているかは読まないと分からない。宇宙の闇が濃くなればなるほどそれは心に暗い影を落としてゆく。

 実際読んでもその通りだった。ジョバンニは無事元の場所に戻って来た。けれどたった一人で。二人で帰れる未来はなかった。そんなこと考えもしなかったことだろう。もし私がジョバンニでラピスがカムパネルラだとしたら、もし逆だったとしても再び二人で会うことが出来なくなってしまう。そんな結末は嫌だ。けど現実に私達は銀河鉄道に乗ることはない。だからこんな寂しい結末は訪れない。


 今頃ラピスはどうしているのかな?本を読んでいるのか、まだ読んでないのか、それとももう読み終わって失った原稿のことを考えているのかな。

 そうだ、また彼女と連絡先の交換を忘れた。これじゃ明日にならないと会えないってことでしょ。今が知りたいのに私にはその術がない。というより私は彼女のこと何一つ知らない。ホントの名前だって知らない。唯一知っていることと言えば、彼女がここに存在しているということだけだ。今度こそ絶対聞かないと、ね。


 私はまた海岸に来ている。言うまでもなく夏なのに誰もいない。

 初めて出会った時みたいに麦わら帽子を被っていて持っていない真っ白なワンピースを着ている。けれど今は裸足だ。周りを見てもどこにも脱いだ形跡はない。だとしたら始めからそうだったのかもしれない。砂の熱さがダイレクトに足の裏を焼く。けれどすぐに波が熱を奪っていってくれる。


「・・・・気持ちいい」


 しばらくそうしていると


「私も」


 いつの間にかラピスは私の隣りで同じようにしている。やっぱり真っ白な帽子が波に反射する光を受け止めていて彼女の顔が波と同じように揺らめいている。


「気持ちいい」

 ニッコリと笑う。

「似合うね」

「そ、そう?ラピスと一緒だね」

「ラピス?」


 初めて聞いたような顔をする。あまりにも自然で本当にそうなのかなって思ってしまうほどだ。


「なによ、初めて聞いた、みたいな。あなたが私に名前をつけてくれって頼んだんじゃない」

「私が?名前を?」

 何が可笑しいのかな?クスクスと笑っている。もしかして人違い?ううん、そんなことない。あの笑顔は確かにラピスだ。もしかしてワザとかな?

「だって名前がないと困るじゃない」

「私は困らないし、必要としていない」

「なんで?なんでまたそんなこと言うの?ホントは気に入らなかった、とか?」


 一歩引いて距離を取る。そして帽子を取る。その奥には知っている金色の髪が柔らかな風の乗っているようにフワリと降りる。

「だって本当のことだもん。私は夏のフェアリー。フェアリーに名前は必要ない。あるのはその存在と季節だけ」


 夏のフェアリー・・・・会ってから初めて聞く言葉。


 私にはちゃんと分かっている。これが夢だってこと。本当は持っていないワンピースを着ている時点で分かっていた。夢でもいい。私はラピスに会いたいと思っていたから。でも今目の前にいるのはラピスなのに違う。夏のフェアリーなんて聞いたことない。だけど彼女が自分で初めて自分のことを話してくれた。もしそれが本当なら、彼女の存在って一体何なの?

「・・・あのさ、それって何なの?」

「みんな知らない。誰も知らない。人間は知る必要もない」

「でも私は知ってしまった」

「不思議な気持ち。なんでそんなことが起こるのか。私は今の季節があるからここにいる」


 彼女は砂を掬うと手の隙間から少しずつ海の中に落としてゆく。砂は音もなく波の中に飲み込まれて流されてゆく。その姿は夏の一部のように景色と気温に溶け込んでいる。とても自然で風が吹いたらそのまま青い空の中に吸い込まれてしまいそう。


「初めてよ。こんなこと」

 遠くを見つめながら立ち上がると急に私に近づいて

「・・・・おまじない。私とあなたの奇蹟のような出会いに」

 あの時と同じように私の鼻先は夏の一番濃い匂いを吸い込む。甘くて柔らかくて。完熟した果実のように。

 太陽の光は揺らめいて遠くなる。


 目を覚ました時、少しだけぼんやりとする。よく分からない夢。夏のフェアリー?ラピスは自分のことをそう言っていた。


 フェアリー・・・妖精ってことだよね。


 答えなんて分からない。夢のことを考えてもしょうがない。でもリアルさは同じだ。

「そうだ・・・本屋さん行かないと」

 モゾモゾと起きてから麦わら帽子にいつものビーサンで外に出る。夢と同じような日差しが私の目の前に降り注いでいる。唇に触れるとあの時の感触を感じていた。


のんびり文章を読んでいただきありがとうございます。

書いているうちに自分も夏の幻想に酔ってみたいなぁ、なんて思っています。

こんな気持ち、今日がハロウィンだからかな。

次も立ち寄っていただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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