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朝と鯵とラピスと

 私は七月の中にいる。そう、夏休みは始まったばかり。

 一日減っているけど特別なことに変わりない。私は八月が来るまで毎日カウントダウンをする。


 カーテンを開けると昨日の続きのような空が広がっている。濃く透き通った青色が広がっている。

 蝉の声しか聞こえない部屋の中で昨日のことを思い出す。


 買い物の後、もう一度海岸に行った。防波堤にも行った。けどラピスの姿はどこにもなかった。そりゃそうか。あそこに住んでいるわけじゃない。自分の家に帰ったんだろうな。

 私の心の中の淡い期待は泡のように儚く海の中に消えてゆく。その時の気持ちは言葉にならなかった。会えたらって期待が叶わないって心の中は真っ黒な空洞を感じるんだ。そんな気持ちのまま家に帰った。


 ほんとは毎日のんびりするつもりだったけど外に出る。私は視界のどこかにラピスの姿を無意識に探しているのかもしれない。もう会えないわけじゃないんだ。気持ちを切り替えないと夏休みを楽しむことなんてできないんだから。

 まだ朝なのに、今からそんなにがんばんなくてもいいのに、って思うほど太陽は張り切っている。昨日と同じ麦わら帽子を被って真っ直ぐ海を目指した。


 朝早い海岸には波乗りの人で賑わっている。みんな朝から元気だね。それから防波堤を目指す。ここにも人がいて釣りを楽しんでいた。今日はみんなよく釣れているみたい。どのクーラーボックスにも魚の姿がある。大体は鯵みたい。


「お、鈴音ちゃん」

 声を掛けられる。

「あ、タナカのおじいちゃん。おはようございます。どうですか?」

「少し持ってくか?」

 クーラーボックスの中にはたくさんの入っていて、もうこれ以上はいらないんじゃないかなって思うほどの豊漁だ。

「いいんですか?」

「ああ、釣れ過ぎてもう入らんから」

 タナカのじいさんは竿を置いてからビニール袋を出して鯵を五匹入れて

「ほれ。刺身にしたら最高だ」

「ありがとうございます。それで、こんなに釣ってどうするんですか?」

「もちろん刺身で食う。それから残りは干物にする」

「そうなんだ。へぇ〜、それも美味しそうですね」

「今度持っててやるよ」


 タナカのじいさんはそう言って笑う。前歯はほとんどなくて長年のタバコのせいでかなり黄ばんでいる。二年前に奥さんが亡くなって現在一人暮し。子供は東京で働いていて孫の顔はお盆と正月しかみれないらしい。そしてお土産としてこの時期はこうして鯵を釣っているそうだ。その姿はとても楽しそう。


「あ、そうだ。ここに私くらいの女の子っていなかったですか?金色の髪をしていて」

「いや見てないな。ここには釣りしているモンしかいないなぁ」

 すぐに答えてくれた。そっか。まだいないんだ。きっと朝早過ぎたんだ。一回帰ってまた来ようかな。

「友達か?」

「うん。昨日知り合ったばかりだけど」

「でも見かけたことないなぁ。金髪ならなおさら。目立つからすぐに気が付く」

 確かにそうだよね。でも今はまだいない。

「ありがとう。きっとまだ早かったみたい。あと朝ご飯まだだから早速いただきます」

「ああ。気をつけてな」

 ちょっとだけ気落ちして防波堤を後にする。今日はお互いの連絡先の交換しよう。そしたら何時だって連絡取れるもんね。

 また砂浜を歩く。少しだけ魚臭いのは仕方ない。相変わらずサーファーは波乗りに夢中だ。そこにも彼女を象徴するようなあの大きな白い帽子はなかった。やっと諦めた私は家路に着いた。


 ようやく街が目を覚ましたみたい。あっちこっちの家からテレビの音や朝ご飯の匂いとかがしてくる。みんなの新しい一日が始まった。それと同じく私のお腹も目を覚ます。

 もう少し、あの角を曲がれば家が見えるところで、ふいに声を聞く。最初は私に向けられているとは思わなかった。でもその声には身体が自然と反応する。


「・・・ラピス?」

 振り返ると昨日の続きが始まったような感じがする。それは昨日と同じ白いワンピースと白い帽子のせいなのかな。

「鈴音。探しちゃった」

 笑顔でそんなことを言われたら女の子だって顔が赤くなる。ラピスの言葉は私の心をくすぐる。

「そ、そうなんだ。あのね、実は私も探してた。今日は海には行かなかったの?」

「うん。最近、朝は決まった時間に音楽が流れて、それに合わせるように人が集まっているから、もしかしたら鈴音がいるかもって思った」

 それはラジオ体操のことだよね。でも私はもう行かない。けどラピスは私に会えると思ってやって来た。やっぱり心がくすぐったい。

「そっか。でも私、もう行かないんだ。去年ならいたけどね」

「そうなの?それは7月の夏と関係があるの?」

「ううん、そういうんじゃないよ。中学生だから」

「中学生ってなに?夏とは関係ないの?」

 えっと、そんなこと聞かれるなんて思ってなかったから、なかなか言葉が思いつかない。

「こっちからも聞いていい?ラピスって学校行ってないの?」

「ガッコウ?知らない」

「だから、え〜と、なんて言ったら通じるのかな、私達が夏休みになるまで通う所。大きな建物に私と同じ年がたくさん通う所・・・みんなと勉強したり運動したり・・なんだけど」


「これは?」

 私の言葉よりは手にした鯵の方が気になるらしいけど、ここからならすぐだから見た方が早いかな。

「今から行ってみよう。すぐそこだから」

「いいわよ。散歩しましょう」

 こうして学校を目指す。歩いて大体10分くらいの距離を並んで歩く。

 通りにはまだ人はいない。その代わりいろいろな美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。あ〜帰ったらご飯ご飯。釣りたての鯵は美味しいだろうな。

 最後の角を曲がると正面に学校が見えた。夏休みが始まってすぐなのに校門まで来るとなんだか妙に懐かしく感じる。誰もいない学校は想像していたよりもひっそりとしていた。

「ここが学校」

「誰もいないわ。鈴音はたくさん人がいるって」

「今は夏休みだから」

「それってみんなが夏を楽しむための用意されたものなの?」


 そう言われるとそんな気もしてくる。どうしてこんなに長い休みが必要なのか?

 お母さんから聞いた話だけど、昔は教室にクーラーなんてなかった。暑くて勉強に集中出来ないからって聞いたことがある。

 今はどの教室にもクーラーがあって勉強をしようと思えば出来ないことはない。学校の設備は時代と共に進化しているのに、夏休みという制度だけは昔となんら変わっていない。だからと言って夏休みがなくなるのはそれはそれで嫌だ。


「ん〜・・・もしかしたらラピスに言う通りなのかもしれない。夏を楽しむための長いお休み。じゃなかったら私はラピスに出会うことはなかったのかも」

「そう言ってくれて嬉しいわ。人間にとって夏ってやっぱり特別な季節なのね」

 人間・・・そんな言われ方されたらなんだかラピスにことが遠い存在みたいに感じる。

「人間って。ラピスだって一緒でしょ」

「違うと思う。私は自分が人間だなんて思ったことない」

「・・・・・・」

 ラピスはとても真剣な眼差しで言う。本気で言っているのかな?

「今は私の季節なの。だからこうやって存在している。いつもは一人ぼっちなのに今年は鈴音が私のことを見つけてくれた」

「見つけたって・・・あ、でもラピスに出会う前に夢を見た」

「知ってる。鈴音はどんなこと思ったの?」

 どんなって、不思議な夢あんまり夢らしくない夢。夢の続きが現実に繋がっていて出会った時ちょっと不思議な気持ちになった。


「えっと、服装が違うかなって。夢の中のラピスは今と同じように真っ白な帽子に真っ白なワンピース。私は麦わら帽子で真っ白なワンピースだった。でも実際は帽子以外は普段着ってことかな」

 なぜかラピスはニッコリと笑っていた。そんなこと分かってるって顔してる。

「鈴音はこれからどうするの?」

「えっと、とりあえず家に帰って朝ご飯かな、これで」

「私も食べたい」

 鯵のことをじっと見ている。それはかき氷の時みたいに興味津々と。

「え?それってウチで?」

「うん。私も鈴音と同じもの食べたい」

 青い瞳をキラキラさせて私のことを見る。反則だって。その瞳に映った私は抗えないのに・・・。

「えっと、ちょっと、待って、今・・・あれ?」

「どうしたの?」

「スマホ忘れた。家に帰ったらお母さんに聞いてみないと・・・」

「きっと大丈夫だよ」

 ラピスは答えが分かっているかのように話す。いきなり家か・・・ちょっと緊張する。


 家に向かって歩き始める。さっきよりは人の姿がある。大人達はお仕事だよね。

 いずれ私だって大人になる。同じように仕事して、結婚して・・・。いや、まだそんな先のことは考えないでいたい。

 自分が大人になることってまだ具体的に想像なんてできない。今の私は将来に対してのビジョンなんて何一つ思いつかないし考えたことだってない。

「ねえ、ラピスってさ、将来なりたいものとかあったりする?」

 会話がないと落ち着かないからなんとなく聞いてみた。

 夏の空気を楽しんでいたラピスはとても不思議そうな顔をして

「将来?」

「うん。どんな職業に付きたいとか、なりたいものってあるの?私はまだ何も思いつかないんだ。自分が何に向いているかなんて。でもさ、もう将来の目標持ってるクラスメイトって割といてさ、なんだかドンドン置いておかれているみたいに感じるけどさ、まだいっかな、なんて思ってもいるんだ」

「将来って未来のことでしょ・・・・分からない。けど、私は毎年こうやって季節を見ている。それが私の存在する理由。そしてみんなは夏が好き。特別に大好き。だからずっとこうしていたいって」

 見つめる視線の先にはさっきよりも色を濃くした青色がある。ウチはちょっと小高い場所にあるから道の途中から海だって見ることができる。水平線には雲が大きく成長しようとしている。


「ねぇ、ずっと夏なら素敵だと思わない?」

 そのことを考えてみる。それもいいかもしれない。そんなことが可能だという仮定の元なら。

 でもそんな現実は絶対にない。いずれ夏は終わって秋が来て冬になって春が訪れてまた夏になる。季節は一年を通して同じようにずっと巡っている。そしてこれからだってそうに違いない。

「そうだね、ほんとにそうなってたら私はラピスとずっとこうしていられるのかな?」

 ラピスは優しく微笑む。そして私の手をギュッと握る。つめたく感じるのに温かさが伝わってくる。それはラピスの心の温かさが私の心を温めているように感じるしどこか切ない温かさだ。そして思う。

 ずっとこのまま、って・・・それってすごく素敵なことなのかな・・・

 ラピスって私となにか違うのかな?ラピスの言葉を鵜呑みしている訳じゃないけど本気で思ってしまうのは眩し過ぎる夏の日差しのせいだと思いたい。

 今はこの手を離したくない。捕まえておかないとどこかに消えてしまいそう。そんなことを思ってしまうのも夏の日差しのせいなのかな?

読んでもらったこと感謝してます。

なんだかまったりとしていますね。

鯵食べてDHAでも摂ってみようかな。

少しずつですが展開していきますので次回もよろしくお願いします。

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