不思議な夢の続きのような
そろそろ出掛ける時間になったので支度を終えて玄関のドアを開けるといきなり猛暑の日差しの餌食になった。まだ一歩も歩いていないのにすでに額には汗が噴き出す。お母さんの麦わら帽子を借りていなかったらきっと倒れているレベルだよね。
一回深呼吸して
「いってきます」
奥の方から大きな声で
「暑いからゆっくりでいいわよ。気をつけて。よろしくね」
声だけかい。もしかしてこれが最後の別れになるかもしれないよ、最悪の場合。
なんてね。そんなことないように冷たい麦茶の入った水筒をちゃんと渡されているんだ。
先ずは海へ
そう決めて緩い坂道を下ってゆく。
夏の南風は潮を含んで肌にじっとり纏わり付いてくる。これじゃ水着着た方がよかったかな。ひとっ風呂、ここじゃ海に入るってことだけど、浴びてからのかき氷って最高のコースだよね。
でも残念。今着ているのは大きめの真っ白なTシャツで真ん中にはかき氷の絵が書いてある。色からしてかけてあるシロップは苺だろうな。それにショートパンツ。でもそれはTシャツに隠れてしまって、見た目はシャツから足だけが出ている状態。だからと言ってそれがなんだってことも特にないんだけど。
歩きながらさっきの夢の光景を思い出す。そう言えば麦わら帽子は同じだけど、あんな真っ白なワンピースって持ってない。サンダルだってない。あるのは今履いているビーチサンダルくらいだ。それも去年のモノだからかなりくたびれている。
もしかして同じ格好をしていたら同じことが起こったりして。なんてね。
砂浜にはすでにたくさんの人で賑わっている。天気はいいし、気温は最高。砂は熱々に焼けている。これだけ条件が揃っているのだから当然の結果。あの夢のような光景はまさに夢、とでも言いたくなる現実が目の前に広がっていた。
そんな風景を見ながらカラカラ音のする麦茶を飲んだ。それから視線を何となく灯台のある防波堤の方に向ける。まだ日が上がらない時間帯はどうやら釣りの人気スポットらしい。前にタナカの爺さんが鯵をたくさん持ってきたことあったっけ。あれは美味しかった。けど今は誰もいない。こんな時間には魚だってどこかで避暑している。
「やっぱり、夢なんだよね」
照り返す太陽の光はここまで反射してくる。眩しくてちょっと目を細めた。
その瞬間。
私の視界は何かを見つける。
それは夢の続きのよう。
人はこれをきっと白昼夢なんていう。
デジャヴの波が光と共に急激なうねりとなって
今目の前に姿を現す。
眩い光の中で私は確かに見た。真っ白なワンピースに真っ白なツバの大きな帽子。もうこれだけであそこにいるのが誰なのか分かる。私の耳には人々の喧噪は消えて波の音だけが響いている。自分でも分からなかった。いつの間にか歩き出していたことに。
「こんにちは」
彼女は同じことを言って私のことを迎えてくれた。
この場所はフライパンの上の卵を連想させるくらいなのに、彼女はそんなことはまったく気にしていないみたいに見える。暑さも自分の一部みたいに涼しい顔をしている。ほどよくサニーサイドアップ気味の私は手で汗を拭ってから
「こんにちは」
私も同じように挨拶を返す。顔はまだちゃんと見えない。まだ口元しか見えない。けれどその帽子の中には金色の髪が隠れていることは知っている。それにいずれ見える青い瞳。全ては夢の続きのように。
「じゃ、教えてもらおうかな」
「え?」
私の反応にちょっとだけ不思議そうな顔をして
「だってまたねって言ったよね。私、あなたの言った意味を知りたいの」
今度は私が不思議な気分になる。もしかしてまだ寝ているのかな?えっとこんな時はこうするのが正解なんだよね。実際にやることがあるなんて考えたことなかったけど。
「・・・いったぁ・・・・」
ホッペをつねってみた。痛い、ということは夢じゃない、で合っているよね。今はやっぱり現実なんだ。
「・・・私もあなたのこと知りたいと思っていた。っていうか、また会いたいって思った」
「会えたよ。こんなことがあるなんて私が一番ビックリしているのよ」
そして帽子を取る。やっぱり。夢で見たよりもきれいな金色の髪が微かな風に揺れている。
「何で七月限定なの?」
じっと私を見つめる瞳に吸い込まれしまいそう。その中には夏の暑さはない。ただ好奇心があるだけ。
それなのにさっきから尋常じゃないくらいの汗が身体中から噴き出している。暑さのせいもある、けれどそれとは違って目の前の現実に対しての汗なのかもしれない。まだ私はこの現実を現実をして受け入れていないのだろうか。
今はまだ分からないけど汗はアスファルトに落ちるとその瞬間には音を立てる間もなく蒸発していた。これ以上ここにいたら麦茶では戦力不足だし冷静になって考えることだってできない。ここは一つ、体勢を立て直す必要がある。とにかく今は体勢を立て直さないと。自分のペースを取り戻さないと。
「・・言ったよね、難しいって」
「うん、言ったね。時間はあるよ。八月になるまではまだ時間がかかる」
そうそう。って、そうじゃなくて
「場所変えない?」
とにかくフライパンの上から逃れないと。そうしないと私はこんがりと焼き上がってしまう。
「いいよ。それが答えへの道標なら」
彼女は答えると同時に手を出す。これって私の手を待っているってことだよね。ホントは暑くて嫌だったけど、なんとなく断れないし手が自然に出ていた。
「・・・・・つめたい」
自分の手とは比べものにならない。とてもつめたくて気持ちいい。なんか生き返る気がしてくる。あ〜でも向こうはなんて思っているかな?こんな汗でじっとりしている手なのに。そのことは特に気にしていないみたい。触れた手には微かに夏の音が聞こえたような気がした。
私達はしばらく言葉なく来た時と同じように波打ち際を歩く。足に当たる波の欠片が気持ちいい。おかげでさっきまでは聞こえなかった日常の音も聞こえてくる。なんだか夢から醒めたような気分だ。
「あのさ、私、これからかき氷食べる予定なんだけど・・・」
「あなたが教えてくれるならどこにでも行くわ」
「ああ、うん。でも・・ホントにいいの?付き合わせて」
「いいよ」
彼女の笑顔には何の屈託もない。それは夏の日差しの様に真っ直ぐに映った。
「じゃあ決まり。空いているといいな」
店は開店したばっかりだけど既に何人か並んでいた。これは少し待つことになるか。そう覚悟していたのに私達は運良くギリ座れそうな気する。まあ、その時はその時。そのまま順番が来るまでしばし並んで待つとしましょう。私はこういうときは状況を静観することに決めている。気持ちばかり早したって変わることはない。
ん?なんだろう・・やけに見られているような視線を感じる。私はその視線を辿ってみると、やっぱりね。だと思ったよ。みんな私みたいなカッコしているのか、水着がほとんどなのに、真っ白なワンピースなんて。明らかにここでは場違いのような。でも彼女はそんなこと全然気にしていないみたい。それにこんなに暑いのに彼女の表情は涼しげで見ているだけでこっちもなんだか暑さが癒されるような気がする。
「ねえ、暑くないの?」
好奇心からつい聞いてしまった。
「暑いのきらい?」
「別に好きとかきらいとかじゃなくて、でも寒いよりは暑い方が好きかな」
ニッコリと笑う。太陽のような眩しい笑顔で
「よかった。きらいって言われたらどうしようかと思った」
「・・・なんで?言わないよ」
「だって暑さは私の一部だから。これが普通なの」
えっと、まあその感じだと暑くはないということでいいのかな?
会話が一旦終わると同時に席に案内された。テラス席で大きなクヌギの木がいい感じに影を落としていて、さらに海からの緩い風が吹いてくる。かき氷を食べる条件としてはなかなかだ。
「ん〜木陰が気持ちいいね」
「そうね」
テーブルを挟んで向かい合わせに座って、お互い帽子を取ると隣りの椅子に置いた。額の汗に風が当たるとますますこの場所の恩恵を受けているような気がしてくる。
「かき氷はまだかしら」
彼女の髪が風に揺れるとそこには太陽の匂いがする。
「まだ注文してないよ。はいこれメニュー」
「あなたは見ないの?」
「もうなに食べるか決めてあるんだ」
「それって・・・この中のどれ?」
両手に持ってメニューを開く。
「もしかしてかき氷って初めてとか?」
外人さんならありえるかも。でも日本語上手いからきっと日本育ちってことなのかな?だったらかき氷くらいあるか・・・でもかき氷って英語でなんて言うのだろう?
「初めてよ」
「そうなんだ。えっと、その中から食べたいの選んで」
今度はメニューをお互い見れるように置く。彼女は珍しそうにじっと見て
「この中から選べばいいのね。ちなみにあなたは何にするの?」
「私はマンゴー、ってこれね」
写真に指を置いて答える。
「ふ〜ん。美味しそう。私も同じがいい」
彼女はそう言って決めてしまう。って、ちょっと待って。ホントに?もうちょっと吟味した方がいいのでは?
私はどちらかというと複数で来た場合はみんな違うシロップを頼んでそれをシェアしていろいろな味を楽しみたい派なのだ。もちろんどうしてもっていうなら一緒でも構わないけど、できればここは違うのをぜひとも選んでもらいたい。初めてと言うならなおのこと。かき氷の楽しみ方、教えてあげたくなる。
「マンゴーなら私の半分食べてもいいから、だから・・その・・別のにしない。こういう時っていろんな味があった方が楽しいと私は思うんだけど。あ、でもこれは私のわがまま・・っていうか。どうしてもマンゴーがいいなら私が変えるから。それでどう・・かな?」
私の提案に少し考えるような仕草をしてメニューに視線を落とす。
「ならあたなは他には何がいいと思う?」
メニューを見ながら聞いてくる。今度は私が彼女のこと見つめる。形の良い小さな頭。そこから柔らわかで少しウェーブのかかった金色の髪がキラキラと光っていておまけに甘い匂いもする。昔、どこかで見たアンティークドールを思い出した。つい触りたくなってしまうがここはグッと堪えて
「ええと、そうね、ここのはどれも美味しいよ。私ならメロンかな。これももの凄く美味しいよ。甘くてジューシーで」
写真を見てから私のことを見る。その瞳は私の心でも覗いているように見える。
「分かった。ならメロンにする。私のも半分あげる。これでいい?」
「いいとか、えっと、なんかごめんね。無理矢理付き合わせたみたいで」
そのことには首を振って答える。
「これも夏を楽しむということなら楽しみましょう」
ニッコリと笑う。それはまさに夏そのものの笑顔みたいに眩しく見えた。
読んでいただきありがとうございます。
文字数、長いかな、短いかな、そんなことばかり気にしてる今日この頃です。
火曜日と金曜日をアップ日にしています。
そんなのんびりな私ですが次もよろしくお願いします。かーかきんきん。




