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夏は好き?

 朝になる。目を覚まして時間を見る。

 そして今が夏休みの中にあることを確認する。

 そう、確認するまでもなく私は夏休みの真っ只中にいた。

 まだ八月にすらなっていない。

 私は七月の中にいる。

 私にとって七月の夏休みというのはとても貴重な尊い期間のように思える。理由は分からない。でもそんな風に感じるんだ。

 休みは始まったばかりで宿題はやってもやってなくてもまだ何も言われない。これが一番の理由なのかな?なんてね。


 でも八月に入ると急に慌ただしくなる。


 ことあるごとに『宿題終わったの?』とか『早いうちにやっちゃった方がいい』とか。八月の方が確実に長いのに何でそんなに同じことばかり言うのだろう。

 そのことに対しての答えは、きっとそれ以外特に言うことがなくなるからだと分析をしている。家族とはいえ、一週間も家にいたらさすがにこれと言った行事がない限り同じような毎日が暑さという緩慢の中で流れてゆくしかない。

 それだったらこっちだって言いたい。いくらメニューに困ったからと言ってさすがに素麺連続三日はやり過ぎじゃないですかね。成長期なんだからもっとパンチのあるものを食べさせてもらいたいものだ。


 だが、今はまだそんなことはない。今日という日がまだ七月の中であることに感謝する。ずっとこのまま八月になんてならなきゃいいのにね。


「あら?ラジオ体操は?」

 そんなトンチンカンなことを言う母親に

「あのね、そんなの中学に上がったから行ってない。小学生じゃあるまいし行くはずないじゃん。もう去年とは違うの」

「そうだっけ?タナカのお爺ちゃんは毎朝張り切って出掛けてるわよ」

「私とタナカの爺さんを一緒にしないで。それよりお腹減ったんだけど」

「はいはい。今用意する。夏休み始まったばかりだからお母さん頑張っちゃった」

「うわーうれしいな」

 つい平たい感情で答えてしまう。きっとあと一週間経ったら、八月になったら特別な張り切った朝ご飯はなくなって何時のもようにトーストになるのは分かっている。それまでは夏休み的な朝食を楽しもうじゃない。


「お待たせ」

「あ。フレンチトースト」

「そう。昨夜から漬けているからトロトロのフワフワに出来たと思う」

「うわ〜朝から贅沢。それにフルーツもあるし」

 今度はちゃんと素直な感情を込めた声になる。

「昨日マルシェで買って来たの。安いのよね。つい買い過ぎちゃって」

「へ〜、そうなんだ。すっごく美味しそう。いただきます」


 まず最初に切り揃えられているパイナップルを一つ。

「うわ、冷えてて甘い」

「今年はなんだかパイナップルが多いのよねぇ」

「ふ〜ん。じゃあ今度はフレンチトーストを」

 フォークなんて必要ない。スプーンを的確な角度で滑らすと素直に入ってゆく。焼きたての湯気が狼煙のように天井に向かって一直線に伸びてゆく。

「・・ん。お母さん、これすっごく美味しい」

 甘くて柔らかくてフワフワで。フワフワで甘くて。こんなの家で食べれるなんて、う〜ん・なんて・し・あ・わ・せ。


「まだ夏休み始まったばかりだけど、今日は予定あるの?」

 特にない、かな。

「特には。今日は家でのんびりするつもり。暑くなりそうだしね」

「ふ〜ん、そう。ならあとでお使い頼んでもいい?」

 さっき今日はのんびりするって言ったよね。聞こえてなかったのかな?

「用がないなら手伝って」

 絶対分かってて言ってるな。でもまあ、こんな美味しい朝ご飯を用意してくれたことだし、それに暇といえば暇だし。今の私はとても気分が良いんだ。それはまだ始まったばかりの夏休みのせいなのかもしれない。


「・・・いいよ。でもあんま暑い時は止めてよね」

「昼前でいいでしょ。それならまだ」

「まだ?もう暑いのに?」

 窓の外を見る。朝なのに空は雲一つない青色が広がっている。

「じゃあ海に寄ってく」

 急に海が見たくなる。それはきっと空がこれ以上ないってくらいの濃い青い色をしているからに違いない。

 一旦行動が決まるとなんだろう。さらに気分が乗ってくる。いつもは学校でクラスメイトと一緒にいることがほとんどのせいなのかもしれないけど、一人で行動するってことは自分に自由の翼が与えられたような気がするんだ。どこまでも飛んでゆける。羽根と同じくらい心が軽い。


「じゃああとでリスト渡すから。それから海に行くならかき氷でも食べてきたら?お駄賃で出すから」

「え!いいの?じゃあ丘の上の『りんど』にする」

「あんたってあそこのかき氷大好きだよね。じゃあお願いね」

 お母さんはそう言うと食べ終わったお皿を持っていってしまう。


 私は椅子に座ったまま満腹になったお腹をさすりながら大きく伸びをする。あ〜なんだかまた眠くなってきた。この緩みきった感じがなんとも心地良いんだよね。

 

 部屋に戻ってからベッドに横になって目を閉じる。


 あ〜、今、私は完全に解放されている。このまま寝てしまっても私の自由。夏休みの宿題をするのも自由。漫画を読んでもいいし音楽を聞いてもいい。あ〜最高。今だけの特別を思いっきり楽しまなきゃね。



 夏の海には私以外誰もいなかった。


 こんなこと今まで見たことない。


 例え多少天気が悪くてもここの海岸は常に人で賑わっている。なんだか夏なのに冬の海に放り出されたみたい。けれどそんな気がしただけで夏であることには変わりない。じっとりと湿った南風、雲は水平線からキノコが生えているみたいにたくさんあって、どこまでも濃い青色が上下に広がった世界。


 私はたった一人で砂浜に立っている。大きな麦わら帽子に真っ白でゆったりとしたワンピース、こんなの持ってたかな?それに服に合わせての真っ白なサンダル。手には何も持っていない。財布もスマホもハンカチすら持っていなかった。


 しばらく歩く。確かにここは知っている場所。海の家だってある。けれど周りは雨戸で封鎖されていて人の気配はない。道にも車も走っていなければ人の姿だって見えない。それにあんなにうるさいはずの蝉の声はどこにも存在していない。聞こえる音といえば波の音だけだ。


 焼けた砂は熱くて、それを和らげるために波打ち際を歩く。海水はとても心地良くてそのまま目の前に見える灯台を目指した。特にこれといった理由はない。けれどそこまで行けば誰かがいるような気がしたんだ。それは太陽の強烈な光が見せた幻だったかもしれない。でも他に誰もいないなら行ってもいいような気がした。


「こんにちは」


 やっぱり。見間違いじゃなかった。今私の目の前にいるのは同い年くらいの女の子。とてもよく似た服装をしている。違いといえば彼女の帽子は真っ白な帽子だということ。私が来ることが分かっていたかのように話しかけてきた。だから私も同じように挨拶をした。


「こんなところに人が来るなんてめずらしいわ」


 笑っている口元だけが見える。帽子のせいでそこまでしか見えない。


「私もこんなに人がいない海を見たの初めて」

「だからめずらしいのよ」


 今度は帽子を上げて顔全体が見えた。

 大きな青い色した瞳にドキッとした。こんな子ウチの学校にいたっけ?


「ねえ、夏は好き?」


 さらに帽子を取ると今まで帽子に隠れていた髪がイッキに重力に従う。キレイな金色。もしかして外人さん?でも日本語上手いよね。


「ねえ、夏は好き?」

 同じことをもう一回質問してくる。私も礼儀として同じように帽子を取って

「ええ。大好き。特に七月の夏は大好き」

 私は正直に言った。彼女は不思議そうな視線をする。波が揺れたように見える。透き通った青い色は海の色なの?それとも空の色なの?


「夏が好きなのに、なんで七月限定なの?」

 今度は一歩近づいて興味津々の眼差しで聞いてくる。

「八月だって夏なのに?その違いはどこにあるのかしら?」

「えっと・・・もちろん八月だって好きだよ。嫌いなんて言ってない。けど私的にはなんだか七月ってちょっと違うの。言葉では言い難いけど、ずっとそんな風に思っていた。だからすごく個人的なことなの」

「もっと教えて欲しいな」

 なんでそんなことに興味を持つんだろう?そんなの個人の勝手だし、そんなことわざわざ説明するなんてかえって難しい。


「えっといろいろ。一言では難しい。あなただって、みたところ私と同じ中学生よね。だったらなんとなくそんな気がしない?」

 彼女は首を振って

「私はあなたの言う中学生じゃない」

「なら高校生?まさか小学生なんてことないよね」

 それにも首を横に振る。

「あなたは何か勘違いしている」

「・・・・勘違い?」

「そう。私は私。それ以外何者でもない」

 彼女は再び帽子を被る。今度は髪を纏めることなくそのまま。けど私の目にはどこをどう見ても異国の可愛いお嬢さんにしか見えない。そっか、外国だからきっと言い方が違うんだ。えっと、なんだっけ?何て言うんだっけ?あ〜こんな時だよね、ちゃんと勉強していれば良かったって思う時って。なら今度はこっちが聞いても

「じゃああなたは何なの?学校は・・・スクールは何になるの?」

 ちょっとだけ笑ったように見える。


「もしかして私のこと知りたいの?」

 そう言うと今度はちゃんと笑顔になる。私の言ったことを気に入ったみたいに。

「なら、今度はちゃんと待ってる。またね」

「待ってる?」


 身体が急に運ばれてゆくような感じがする。あの可愛い笑顔はドンドン小さく、遠くなってゆく。


 ゴン!!!!


「・・・・・い、いったぁ」

 ベッドから落ちた。どうやら夢を見ていたらしい。時間にして大体三十分ってとこか。お腹一杯で本当に本能の赴くままうたた寝をしていたらしい。

「・・・・・・リアルな夢・・・だった・・」

 今でもはっきりとあの笑顔を思い出すことができる。手を伸ばせばキレイな髪にだって触れるような気がする。あれって一体誰だったのだろう?知り合いを思い出しても思い当たらなかった。けど不思議な気持ちがする。

 なんで私はもう一度会いたいなんて思っているのだろう。気が付くと自分が思っている以上に心臓が激しく脈打っていた。


読んでくださりありがとうございます。

元々の1話が長くて区切り区切りでアップしています。

読み難くならないよう気をつけていますが、長いとそれなりに読み難い要素もあることが分かりました。

もっと読みやすくしていこうとおもいますので、この先もよろしくお願いします。

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