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サヨナラをもう一度〜夏のフェアリーの物語〜  作者: マナマナ


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歯ぎしりでは変わらない世界

 無我夢中で走った。少年は思う。どうしてもっと速く走ることが出来ないのだろうと。

 懸命に動かしている足は同じ場所を足踏みしているみたいに感じて仕方なかった。


 やっとアリア家に着いたのはいいけれど自分の頭が混乱しているからどうしても上手く状況を話すことができない。急を要することなのに順序も違う。

 家の人、外国人の男の人。多分アリアのお父さんなのか、は急いで少年を連れて車でアリアの元に向かった。車が出る時大きな声で家の中の誰かに話していた。外国語だったから少年には何のことか全然理解出来なかった。


 アリアは同じ場所で小さく踞っていた。あんなにキレイだった金色の髪は砂で汚れていて服には血の痕がたくさんあった。

 少年が到着すると同時くらいにすぐに救急車とパトカーがやって来た。

 少年の傷も酷かったけれどアリアの方が優先された。当たり前だ。一刻を争うんだ。

 救急車のドアが閉められる時大きな声で謝りたかった。けれど大きく息を吸った瞬間咳き込んでしまった。


 夜。

 少年は親と学校の先生と一緒に病院を出た。致命的になるようなことはなかったがなかなかの怪我だということが治療してもらって分かった。骨は大丈夫だったがとにかく擦り傷と切り傷で下くちびるは四針も縫った。

 その病院にはアリアの姿はなかった。もっと大きな病院に搬送されたと先生から聞かされた。

 怪我の具合を聞きたかったが生憎その情報を先生は持っていなかった。だから彼は家路の間ずっと星に向かって彼女が無事であることだけをひたすら願うことしかできない。神様が本当にいるならこの願いは自分の何か引き換えられるのもがあれば全部差し出してもいいとすら思っていた。


「・・・神様なんていない」


 田中のじいさんは目を閉じてその頃の気持ちを苦く思い出しているみたいだった。その想いは私にも流れ込んでくる。

 いつしか蝉の声は止んでいた。急に静かになると時が止まってしまった世界の中に放り込まれてしまったみたいだ。

 でもそれは違っていて蝉の代わりみたいに空には真っ黒な雲が私達に迫ってきている。

 風の向きが変わる。空気の匂いが変わる。ついには彼の心の叫びのような稲妻が地上に落ちた。

 あまりにも大きな音だった。地面から振動が伝わる。

 でも私は驚かない。今は口惜しい気持ちと悲しい気持ちが混濁していて、瞼の奥にはラピスの姿や夏のフェアリーの姿が交互に現れては消えていった。田中のじいさんも音に驚く様子はない。ただ今を静かに受け入れるようにじっと座っている。


「アリアの両目はその日から光を失ったんだ」


 聞きたくない真実というのはお腹の中に無理矢理何かを詰め込まれたような気分がするのだろう。思わずポケットの中に入れてあるお守りに手を伸ばしていた。

 じゃあこれは一体なんなの。夏のフェアリーが残していったもの。これにはどんな意味があるのだろう。

 

 やがて大粒の雨が降り始める。全ての音を消すための雨。閉めた窓ガラスには焼夷弾のような雨が容赦なく打ちつけている。私達は何となくその光景を見ていた。雨はカーテンみたいに視界すら遮る。一寸先だってロクに見ることができないくらいに。


 次の日は日曜日だったから学校は休みのはずだった。

 けれど学校は今回の事態を重く見て全校集会をすることにした。校庭で生徒は起こったことを大筋で聞かされる。アリアのことを話した途端泣き出す女の子も何人かいた。

 それより気になったのは先生達に混ざって警察官の姿があることだ。いつでも飛び出せるように腰の警棒には手が掛けられている。妙な緊張感が全校生徒に伝わっていた。


 全校集会が終わると少年は先生の元に行った。傷は癒えていないけど歩けるだけマシだった。自分の傷なんてアリアに比べたらなんてことはない。そう思うことで前に進むことができる。それにどうしても知らないとならないことがあった。


「先生は教えてくれなかった。ワシは街中の病院を廻った。けれど見つけることはできなかった。アリアはもうどこかに行ってしまっていた」

 雨はまだ降っている。このまま世界を水で溺れさせるみたいに。

「そして月曜日。学校に行くと妙に人数が少なかった。どういうことかすぐに分かった。あの時いた生徒みんながいなくなっていた。日曜日にみんないろいろな施設に入れられた。警察はそのためにいた」


 教室の中はなんとも言い難い雰囲気に包まれていた。男子生徒は半分くらいになっていたせいか、みんな暗い顔で俯いていた。

 いつもの動物園みたいにうるさかったのが嘘みたいだ。むしろ蝉の声の方がうるさいくらいだ。少年は当然のようにアリアの席を見る。当たり前だが姿はない。いや、どこにもない。彼女は彼の知らない場所に行ってしまった。きっともう帰ってくることはないだろう。


 やがて始業時間になる。授業はとても静かに進んでゆく。

 みんな集中しているわけじゃない。むしろ集中できない。どこに自分の意識を置いたらいいのか分からないのだ。

 お弁当の時だってそうだ。誰も満足に食べることができない。この日の残飯の量はきっと罪深かったに違いない。少年だって半分だけ食べてあとは諦めた。


 ほとんど誰も言葉を交わすことなく一日が終わった。みんな足早に家路に着く。今はとにかくこの教室に居心地の良さを感じていない。一秒でも早く帰りたかった。

 少年はそんなクラスメイトの姿をなんとなく見送っている。そして誰もいなくなった教室。彼はアリアの机に向かった。

 机を目の前にした途端に少年は言葉を殺して泣いた。いろいろな感情が絡み合った涙が頬を伝う。あの日のアリアの姿が目に焼き付いて離れない。誰もあんなこと望んでいない。俺のせいだ。そんな風にも思っていた。


「田中」

 声を掛けられて振り向くと担任の先生が立っていた。

「話がある」


 夕暮れに染まる教室に先生と向き合って座る。少年の座った席はアリアの席だ。


「・・・・・・このクラスも急に生徒が減ってしまったな」

「・・・俺はアリアに何もしてあげられなかった」

 先生は少年の言葉に対して『違うな』と言った。でも少年はそんな言葉を受け入れられなかった。今は慰めも励ましも自分には必要ない。今必要としているのはアリアのことだけだ。


「・・・先生はホントは知っているんじゃないか?」

「・・・まあ、担任だからな」

「なら教えて欲しい。アリアは今どこに?」

 先生はちょっと考えてから

「田中には話しておいた方がいいな」

 先生はやっと本当のことを話してくれた。

 アリアは県で一番大きな病院にいること。目以外は怪我がないこと。そして学校は転校すること。


「あと、俺もこの学校からいなくなる」

「え?なんで?」

「大人にはいろいろあるんだ。一言でいえば責任だな。俺は君達のことを守れなかった。だからもっと田舎の分校に転任することになった。このことはまだ誰にも言っていないから誰にも言うなよ」

 それを聞いて少年は激しく歯ぎしりをした。そしていろいろ意見した。けれどそれは無駄に終わった。

 少年の歯ぎしりでは世界は何も変わらない。口惜しい。そう素直に言うと

「そう言うのは『(ゴマメ)の歯軋り』って言うんだ。俺だって同じ思いだ。でももしかしたらお前達が大人になる頃にはもっとたくさんの人が意見のできる世の中になっているかもしれないな。そのためにも頑張って生きろ、田中」

「先生。俺、迷惑かもしれないけどアリアに会いに行きたい。明日学校休む」

 そのことに対し先生は何も言わなかった。少年はお辞儀をして教室を後にした。

昨日は成人式。自分の過去を懐かしく思い出しています。

読んでいただきありがとうございます。

今の世界。皆さまはどのように見ていますか?

見えるのは希望ですか?カオスですか?

いつの時代だって激流が突然起こるといろいろなモノを失ってしまいます。

大事なもの。失くしてはならないもの。価値観はそれぞれあります。

時として残酷な現実だって受け入れることになるのかもしれないですね。

それでも私は希望という光を未来に見出したい。

明るく希望溢れる世界を新成人の人達には創ってもらいたいです。

長くなりましたが次回も元気にお会いしましょう。

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