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サヨナラをもう一度〜夏のフェアリーの物語〜  作者: マナマナ


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25/36

眼差しは砂に・・・

 風は冷凍庫を開けたみたいな冷気をまとっていた。

「な、なに?急に?さむ・・・急ごう、すず・・・」

「待って葵さん!誰かいる」

 私達の目の前には薄らと人影のようなものが光と共に揺らいでいるように見える。光の粒子は少しずつ集まって輪郭がぼんやりと浮き上がってくる。

「あ・・・あれって」

 私は同意を求めるために葵さんの顔を見る。けれど

「え?・・・・・・あの・・・見えないですか?」

 私の差す指の方向を見てから

「あそこだけ光が強いね。天井にも穴が開いているのかもしれない」

 葵さんは天井に何かを探すように視線を動かしている。光が強い・・・そういう視点で見ても私にはそんな風には見えない。

 輪郭はさらにはっきりとしてゆく。なんで?なんで葵さんには見えないの?

 

 やがて差し出される手が私のことを求めるような気がして

「・・・もしかして・・・あなたは」

「こんなところまで来るなんて」

 声が聞こえる。それは私の知っている声だ。

 あなたはいきなり私の前に現れる。あなたが何者か知っているからむしろホッとしている。けどそれは私にしか見えないし聞こえない。

「ねえ、鈴音・・・誰と話しているの?」

「葵さん、私の目の前にはいるの」

「・・・誰が?」

「・・・・・・夏のフェアリー」

 葵さんは半信半疑な顔で私と同じ方向を見るけれど

「ごめん。私にはやっぱり光しかみえないみたい。・・・・・・ねえ、信じていい?」

「はい・・・信じて下さい、っていうか信じて欲しい。やっぱりいるんです」

 葵さんは何かを察したのか『わかった』と一言だけ言って一人歩き出す。私は黙って見ているしかできないし多分そうすることが正解なような気がする。葵さんは階段を降りる手前で振り返って

「私は邪魔みたいだから外で待ってるよ」

 そして階段を降りて行ってしまった。葵さんが外に出たことがなんとなく分かると足音の代わりにこれまでにないくらいの静寂が私の周囲を包み込む。同時に光はイッキに収束してはっきりと姿に変わってゆく。


「邪魔者は消えたみたいね」

「・・・・・・・・・邪魔・・・もの?」

「ええ。私はあなたにだけ会いたいの。知っていると思うけどあなた以外の人には私のことは絶対見ることができない。そういう風に決まっているのよ」

 目の前にはラピスと同じ姿をしている夏のフェアリーが立っている。どこかいたずらっぽい笑顔をしていつもの真っ白なワンピースには変わりないけど、一つだけ違っているのは帽子を被っていないことだ。手にも持っていない。金色の髪には細かな光の粒子が舞っていて余計に金色を際立たせている。それでも私は間違うことはないことだけは自分でもはっきりと分かる。

「ねえ、ラピスはどこ?」

「知らない」

「なら質問を変える。あなたは誰?」

「知っていることには答えない」

 彼女は一歩、また一歩、近づいてくる。彼女が何を求めているか私には分かる。吸い込まれるように私は彼女のくちびるを見る。彼女の青い瞳は停まることなく近づいてくる。

「あなたの目・・・真っ黒で深い闇のよう」

 その言葉で私は葵さんの話を思い出す。決定的な違いとして急に頭の中ではじける。

 彼女の瞳の色に私と同じ黒色を重ねてみる。

 ただ少しだけ髪の色と肌の色が違っただけで苛められていた彼女のことを夏のフェアリーを通すと姿が見えてくる。不思議だけど想像した姿はピッタリと型にはまったように私に見せた。

「・・・あ・・・・そ・・ん・な」

 フェアリーは顔を押さえるとどこかで亀裂が入る時のような鋭くて嫌な音がした。ずっと顔を手で隠して立ちすくんでいる彼女に

「・・・ど、どうした・・の」

「なんで?なんで・・・・・・・・・・・・私・・私は・・」

 音はまだしている。何かが砕ける音はどんどん細かくなっていく。


 やがて訪れる静寂


 私と彼女の心臓の音しか聞こえない。

 彼女の手の隙間から砂のような細かい何かが落ち始める。サラサラと床を打つ音。黙ったままのフェアリーの肩に手を掛けようと伸ばすと

「触らないで!あなたは私に何を求めているの?」

 その言葉が合図だったかのようにフェアリーの姿はまた光の中に消えようと揺らいでいる。

「・・・・夏が・・・・終わる」

 微かな声で言ってから私のことを見る。

 フェアリーの瞳がある場所には真っ黒な空洞が広がっている。一瞬言葉を失う。真っ暗な深淵。どんな光も吸い込んでしまいそうな深い闇。決して見間違いじゃない。彼女の瞳は砂となって落ちてしまった。

 私は言葉を失ったまま腰が抜けてその場に座り込んでしまった。


「・・・な、なに・・今の・・・」

 夏のフェアリーの姿は完全に消えてしまった。彼女のいた場所には小さな砂の山が二つ残されていた。

 手を伸ばせば届く。怖いけど確かめないと。私はそっと指先に触れてみる。

 その瞬間

 目の前には海が見えた。空が見えた。それは毎日見ている夏の風景だ。

 それなのになんでこんなに悲しい気持ちになるの?夏に悲しい気持ちは似合わない。なのにここには悲しみが詰まっている。それは深くて深くてどうやったらこんな悲しみが心を支配することができるのだろうか。

「・・・・・そんなこと・・あるなんて」

 悲しみの向こう側に少しだけ何かが見えたような気がした。けれど今の私にはまだ何も見えない。私の瞳にはなにも映らない。いつしか視界は滲んでいる。彼女の残していった悲しみはとても私には受け止められそうにない。溢れる感情は涙という形に変わっていた。


 どれくらい座っていたのかな。1時間かもしれないし5分かもしれない。

 彼女の感情が私の体を通り抜けていくと少しずつだけど体温を感じるようになる。私は手の甲で涙を拭うと思いきって残された砂を手にした。それはどこにでもある海岸の砂と変わらない。

 私は立ち上がって葵さんの元に向かう。帰る前にもう一度だけドアをノックする。けれど何も返ってはこない。なんでだろう。

 言葉に出来ない想いを抱えたまま階段を降りた。

 玄関を通り抜けると太陽の光が私のことを迎えてくれる。身体は熱を求めているのにまだ届かない。それでも走って車のところまで行った。

「すみません・・・待たせました」

 葵さんはシートに座ってスマホをいじっていた。私の声が聞こえると画面から目を離して

「終わったの?」

「・・・それも分かりません。でも」

 私は手の中にある砂を見せてから、それまでのことを簡単に話した。

 葵さんは車の中をゴゾゴゾと物色してコンソールボックスから

「これでいっか」

 渡してくれたのは

「お守り?」

「中はカラだから気にしなくていい」

 受け取ってその中に砂を入れてからポケットにしまうと少しだけ落ち着いたような気がした。

「まあ、いろいろあった。それとお腹空かない?」

 葵さんは現実の笑顔をしてくれる。今はその笑顔が私を現実に繋ぎ止めてくれる。

「ええ・・そうですね・・・あまり食欲はないけど」


 車は静かにその場所を後にする。どこかで大きな鳥が羽ばたいて飛んでいくのが見えた。振り向いてもう一度だけ洋館を見る。けれど今は私にもただの廃墟にしか見えなかった。


「一回東京に戻ろうと思う」

 葵さんは前を向いたまま唐突に言う。

「ここじゃ調べられないから。それに私も信じてる、夏のフェアリーはきっといる」

 ギアを入れて車を発進させる。タイヤは枝とか葉っぱを踏んでパリパリと音を立ててやがてアスファルトに出る。けれど葵さんはスピードは出さずにゆっくりと坂道を下ってゆく。

 正直いろいろあり過ぎる。今年の夏は特に。ラピスと出会った時からのことを思い出しながらシートに体を預けて考える。

 夏のフェアリーのことはまだよく分からない。ラピスのことだって何一つ分かっていない。私の知っていることなんて何一つない。でも知ってどうする?

 フェアリーは言った『夏が終わる』と。それってどういうこと?ラピスの言葉を鵜呑みにしているわけじゃない。ただそんなこともあるかもなんて思っていたことはあるけどそんなことあるはずない。

 時が経てば夏は終わって秋になる。それはどうやっても変わらない現実なのに、なのに私はどうして信じていたのだろう。

 やがて車は海岸線に出る。相変わらず青い空に海が広がっている。カレンダーを見ても私はまだ特別な夏の中にいるんだろうな。そして思う。まだ、もう少しこの夏は続く。と。

今年の集大成。大団円。大晦日は明日です。

読んでいただきありがとうございます。

今年はなんだかバタバタしていたなぁ・・・

でも過ぎてみればあっという間だった。

きっと楽しい一年だったんだろうな。

2026年も笑顔でお会いできることを楽しみにしています。

来年もよろしくお願いします。

良いお年を!

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