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サヨナラをもう一度〜夏のフェアリーの物語〜  作者: マナマナ


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22/36

少年だった頃

 爆撃機は空からその影を地上に落とすことはもうなかった。

 夜中にサイレンが鳴ることもなくなった。毎日が少しずつ平穏を取り戻していった。


 時は流れて


 町は発展をして食べ物に困ることもなくなった。少しずつだが人々の暮らし向きは良くなっていっている。ただそれでもまだまだこの国は貧しさから逃れるには頑張らないとならない。

 そんな中でも子供達は元気に学校に行けるようになっていた。


「おい、田中。傷はもう平気か?」

「先生・・・まあ、こんなの大したことない。それよりこれで分かっただろ」

「ああ。関わった者にはちゃんと反省文を書かせてちゃんと謝罪するように言ってある」

 流血事件に関わっていた男子生徒達は全部で十人もいた。

 全員、廊下に立たされて端から順番に先生からビンタを喰らい、その日一日は放課後になるまで両手に水の入ったバケツに持って廊下に立たされた。


「今日も休んでいる。俺、様子を見に行こうと思うんだけど、先生、家教えてよ」

 先生は机の上の本棚から一冊の紐で留めてあるファイルを出して

「ちょっと遠いぞ」

「構いません」


 田中少年は先生が書いてくれた地図を頼りに海沿いの道を歩いていた。

 日差しはすっかり夏になっている。風も波も夏の到来を告げていた。そんな中を歩いていると彼の断りなしに汗は容赦なく噴き出してくる。頬を伝う度に手で拭った。

 やがて砂浜が姿を隠して代わりにゴツゴツとした岩場が連なってくる。こうなるともう道に戻るしかない。舗装もされていないから時折すれ違うトラックが豪快に砂埃を舞い上がらせて少年に襲いかかった。汗のせいで砂が顔に貼り付く。それでも前に進むしかない。

 少年が唯一持っている運動靴は既に真っ黒になっていた。いよいよ頭に巻いてある包帯も鬱陶しくなってきた。傷はとっくに塞がっている。だからもう血が出ることはないだろう。

 少しでも暑さを和らげるために包帯を外した瞬間。

 海から一陣の強い風が彼に体当たりする。その衝撃で包帯は手をすり抜けて、天空に登ってゆく龍のように真っ直ぐ青い空を飛んでいった。

 なんとなく見ていると包帯はやがて重力に引き寄せられて地上に方向を変えた。その先に


「・・・え?」


 彼の目には金色の髪を風に泳がせているアリアの姿があった。真っ白なワンピースがどこか現実離れをしていて一瞬まぼろしのような気がして手で目を擦る。

 確かに彼女はそこに立っていて海をじっと見ている。田中少年のことは全然気が付いていない。

 少年は一瞬躊躇したが持ち前のポジティブさを持って大きな声で彼女のことを呼んでみた。彼の声は無事届いたみたいだ。こっちを振り向いたことで分かる。自然と身体が走り出していた。


「・・・はぁ、はぁ、はぁ・・よ、よう」

 近くまでゆくと彼女は少し困惑したような表情で少年のことを迎えた。


「・・・元気か?」

「・・・・・・・・」

「三日も学校休んでいたから会いに来たんだ」

 彼女は少年の言葉を聞いて少しだけ緊張が解れたようで

「・・・怪我・・・ごめんね」

「なんで謝るんだよ。こんなの平気だ」

「・・・でも、私のせいだから・・・私を庇って・・・」

 彼女はそう言って包帯の下に貼ってあるガーゼを優しく人差し指で触ると

「くぅ・・・」

「・・・ご、ごめん」

 やっとアリアは少しだけ笑顔になる。その顔を見て少年も安堵して同じように笑った。

「あのね、この上に私の家があるの。もしよかったら怪我のところ手当てしてあげる」

 彼女の優しい表情が少年がまだ知らない小さな感情の扉をノックする。胸の中を何か熱いモノが駆け巡るような気分がしてくる。少年は黙って頷くしかなかった。


 山の道は木陰が多くて涼しかった。先を歩く彼女の後を遅れないように歩く。見た目より体が丈夫みたいで少年にはいささか早いペースだった。途中クマザサに足を取られてよろめいた。彼女は当然のように手を差し伸べてくれる。反射的に掴んだその手は小さくて柔らかくてそれに少しだけ冷たかった。少年の心はさらに熱くなる。

「大丈夫?」

「・・・う・・うん」

 結局そのまま家に着くまで少年と少女は無言のままずっと手を繋いでいた。


 アリアの家は少年の想像を遥かに凌駕していた。とても大きくて立派だった。

 こんな家は少年の町にはどこにも存在していない。周りに他の家はなかったけど、太陽の光はこれ以上いらないくらい降り注いでいた。庭にはたくさんの花が育てられていた。少年が分かったのは向日葵くらいだ。それに大きな白い犬が二頭いてアリアの姿を見ると大きな声で吠えて尻尾を振って近づいて来た。少年には初めて見る種類だったし正直ちょっと怖かった。

「こっち」

 アリアは手を引いて家の中に案内した。玄関も引き戸なんかじゃない。それに中だって。少年はずっと圧倒されたままでいた。

 エントランスにはソファーが置いてあり少女は少年を座らせると

「ちょっと待ってて。ママ!」

 ママ?

 自分の母親のことをそう呼ぶことはないと思っていた。けど実際聞いてみると、とても母親の柄じゃないと実感する。ここは何もかも違う。けどそれは少年が知らなかっただけで少女にとってはごく当たり前の日常だった。


 一旦奥に入ってから戻ってきたその手には薬箱がある。それに手拭いも。

 アリアがゆっくりとガーゼを剥がす間、田中少年は痛いけど声に出すのは我慢した。これは男の意地みたいなものだ。

「やっぱり、ちょっと血が出てる」

 濡れた手拭いで傷口の周りの汚れを拭く。冷たくて気持ち良かった。

 それから薬箱から消毒するためのヨードチンキを出して傷口に当てた瞬間、無意識に声が出てしまった。

 少年はこの不意打ちに顔を赤らめる。それは自分自身の我慢の無さを嘆いたものなのか、柔らかな少女の指先がくすぐったいからか分からない。でもこうして触れられていると不思議に思う。

 なんでみんなは彼女のことを苛めるのだろう。どこにでもいる優しい女の子なのに。


「はい、おしまい」

「・・あ・・ありがとう・・」

 手当された場所を触ってみる。そこにはまだ少女の体温が残っている気がした。

「奥で一緒にお茶でもどう?」

 あらためて少女のことを見る。真っ白なワンピーズなんてクラスの女子は誰も着たことないだろう。それに比べたら自分の今の格好は汚れていてなんとなく気まずい気がした。

「あ、でも、俺、汚いから」

「そんなことないと思うけど」

「・・・俺は、君が元気な姿が見れただけでよかった。あのさ、学校来いよ。それにもう君を苛めることしないように先生にも言った。だから・・・」

 学校という言葉にアリアの顔にちょっとだけ影を落とす。けど少しだけ笑顔を取り戻すと

「あの、ありがとう。あのね、田中君」

 田中君。そんな風に名前を呼ばれたのは初めてだった。なんだかつむじの辺りがむず痒い。

「な、なに?」

「私、田中君に感謝しているの。あの時くれたおにぎり美味しかった」

「それさ、あの後聞いたんだ。君のお弁当は笹井が食べて弁当箱は捨てたって。今度先生と親を連れて謝りに来るって言ってた」

「そっか。私・・・なんでかな、見た目ってそんなに重要なのかな。私にだって日本人の血が流れているのに」

「君は悪くないよ。全然悪くない。悪いのは君にしていることを悪いと思っていない連中だ。それに戦争だ。あんなことがあったから、外国人と殺し合いをして、その傷を忘れない人達が、君のことを何も知らない人達が悪く言うせいだ。こんな馬鹿げたこと早く終わらせたいのに、俺一人だと君を守れないのが口惜しいんだ」

 アリアはそっと手を出して

「ううん。田中君は私のことちゃんと守ってくれたよ」

「いいや、守れてない。君が学校に来ないのがその証拠だ」

 少年は差し出された手を受け取ることを躊躇う。俺が余計なことしたせいで君への風当たりが強くなったのは確かだからだ。

「でも守ってくれた」

 アリアは同じことをもう一度言う。その言葉に少年は少し救われたような気分がする。

「これからもこういうことがなくなるまで俺は君を守る。だから学校に来いよ。少しだけどみんなの意識だって変わったと思うんだ」

 そしてやっと手を取る。さらにアリアはその手の上にもう片方の手を重ねて

「・・・ごめんね。私、ちゃんと私のこと話した方がいいんだよね、きっと」

 その問いかけのような言葉に少年はじっと顔を見るとそこには苦悩も怒りもない中性的な微笑みがあった。一体君は何を言いたいのだろう・・・俺には分からない。


「あのね。さっきからずっと気になっているんだけど」

「?」

「私は田中君のことちゃんと名前で呼んでいるのに、なんで私のことは『君』なんて言うの?」

「え!そ、そっか。じゃあ・・・水無月さんでいい?」

 アリアの本名はミドルネームがあってそこは水無月というお母さんの姓が当てられていた。その下はまた横文字でファミリーネームがある。正直彼には言い難かった。けどアリアは納得していないみたいで顔を横に振る。

「ちゃんと名前で呼んで欲しい」

 その言葉に少年は顔が赤くなる。クラスの女子を名前で呼んだことなんて今まで一度もなかった。だから免疫がない。

「・・え・・と・・・その」

 顔はさらに赤くなる。じっと見つめられている視線が痛い。

「・・・ア・・・アリア」

 少年の声は小さくてとても言葉としての機能が果たされていない。それでもアリアにはちゃんと届いていた。それは笑顔を見れば分かる。もうずっと心臓はドキドキと音を立てている。今にも口から飛び出すんじゃないか、と思うほどだ。


「うん。なあに?」

「だ!あ、えっと・・・」

 少年は体勢を立て直すために大きく深呼吸して

「だ、だから、学校。みんな待ってる」

 初めて真っ直ぐ少女の顔を見た。瞳の色は少年と同じで黒かった。

 俺達と同じだ。俺達と何も変わらない同じ人間だ。

 そんなことを思う。瞳に映った自分の顔を見る。

 どこまでも深く真っ黒なのにそこにはどこか柔らかな色が浮かんでいるように見える。

「私、まだ言っていないことあるの」


子供の頃。8月15日。お昼になるとサイレンが町中に響いていました。

読んでいただきありがとうございます。

いつになったら戦争のない世界になるのでしょう。

みんな望んでいることなのに、どこかで望んでいない・・・だから

これ以上は言葉になりません。

楽しいことばかりに目を向けていると反動で暗い面がいっきに露呈します。

年末です。澄んだ青い空を見ると私はなにをしているのだろうと思います。

ちと暗くなってしまいましたが、次回もよろしくお願いします。

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