赤い星
ラピスの姿はいつの間にかなくて、ふと我に返ると
「・・・あれ?葵・・・さん?・・・あの・・・」
「起きた?」
私は葵さんの車の助手席に座っていた。
なんで?
今が夢なの?現実なの?・・・私はどっちならいいの?・・・
でもこれは現実の世界だろう。特にこれといった理由はないけどなんとなく分かる。シートに伝わるエンジンの振動は現実でしか体験していないから。なら気持ちを切り替えてちゃんと現実を見ないといけないよね・・・ラピスはなんで何も言わずに消えたの?
「・・・私・・・なんでここに?」
「覚えてないよね」
「はい・・・・・・たぶん」
葵さんはスピードを緩めるとゆっくりと停まって
「鈴音、あんた図書館で倒れていたんだよ」
え?まさか・・・
「まさか。私は・・・私は・・・」
よく分からなくなってくる。
混乱したい頭を理性でなんとか押しとどめている。ちょっとでも気を抜いたら私はその狭間で自分を見失ってしまうかもしれない。
だから混乱が来る前に考えるんだ。今が現実なのか、夢なのか?だとしたら私はどっちなら嬉しい?
空を見ると真っ赤に染まっている。完全に夕方に世界は変わってしまった。
夕陽と反対側の空には大きな月が顔を出している。まんまるな月・・・それも夕陽に当たって真っ赤に染まっていた。
私はまだちゃんとした答えを出せていない。奥歯を食いしばって一生懸命落ち着こうと身体中に力を入れて深く深く深呼吸してなんとか自分を現実に留めようとした。
「少し話そうか」
葵さんが停めた場所はあのケーキ屋さんの駐車場だった。
お母さんに葵さんと一緒だということを電話で伝えた。
「あの、大丈夫です。OKです」
「よし。じゃあ今日もケーキを食べよう」
「で、でも・・・」
たしか財布の中にはケーキを買うほどのお金は入っていない・・・お小遣い日は明日。
「あ、なに気にしてんのよ。もちろん奢るから」
「そんな・・・この間だってごちそうになったんです」
「だったら今日はどら焼きのお返し、ってことならいいでしょ」
「でもあれは日頃のお礼だって、お母さんが」
「こら。中学生なんだから年上には素直に従いなさい。そのつもりがないならこんな場所まで来ないよ」
葵さんは、ニシシ、と笑う。ちょっとだけタナカのじいさんに似ている気がする。やはり血縁というのは思わぬ所でその片鱗を見せるものなんだ。タナカのじいさんと違うのはちゃんと歯があることだし、可愛らしさも追加されている。
「ちょっと。こんな場所って酷くない?せっかくここまで迎えに来たのに」
「お、ミヤ、よく着いたの分かったな」
「そりゃあんなうるさいエンジン音させてたら分かるわよ」
ミヤさんはホッペを膨らませながら言う。エプロンや帽子を脱いでいるってことはお店終わったのかな?
「まあまあ落ち着け。確かにこんな場所ではあるが、この場所なんだよ。私が今年一番来たかった場所は。ミヤが店をオープンさせてなかったら、ホントは今年は東京にいるつもりだったんだ。ここはミヤにとっても私にとっても大事な場所なんだ」
葵さんはミヤさんの頭をナデナデする。
「・・・もう・・・分かったわよ」
ミヤさんは葵さんの手をのけて
「よかった・・・意識があって」
私のことを覗き込むように見て安心した笑顔をする。ほんの少しだけ背が小さいだけなのになんてこの人は可愛らしいのだろう。年上なのにそう感じさせないって言ったら失礼かもしれないからそのことは私の胸の中に留めておこう。
「あ、あの、こんばんは。多分なんですけど図書館で気を失ってみたいなんです。でも私、全然分からなくて。すみません、なんかご迷惑おかけしたみたいです」
「そんなことないよ。それより本当に病院とかじゃなくてよかったの?」
「もしここまで来ても意識が戻らなかったらそうするつもりだった」
いつの間にか葵さんは私の隣りにいて頭を撫でてくれる。なんでだろう・・・安心する。
「ま、外傷はないし、気を失っているというよりは眠っているっていった方が近かったからそこまで緊急性のあるものじゃないなって素人判断をした」
「まあ、たしかに大事がなかったからいいけど。でもホントなら病院に行くのがいいと思うけどな」
「だから言っただろ。ここに来るまでにって」
「とにかく・・・ここじゃなんだからお店に行きましょう。準備は出来ているから」
お店に通じる階段を降りてゆく。見上げると空はもう完全に星達の支配下にある。ここは町から離れているせいもあって暗い空間に散りばめた光の粒のように見える。
きっと銀河鉄道の車窓からはもっともっとたくさんの星がもっともっと近くに感じることができるはずだ。でも私にはどれがどの星なのか見当もつかない。
「鈴音、もしかして星とか好きなの?」
葵さんの顔が目の前にある。
「そうですね・・・多分好きです。でも見ているだけ。星座とか全然分かりませんけど」
「そっか。私も詳しくはないけど少しなら知っている。この季節で分かりやすいのは」
星空を見て指で追ってゆく。
「あ、あった、あれ分かる?」
その指の先を視線で辿ってみる。けど私には星が映るだけ。
「一際目立つ赤い星分かる?」
集中して指し示された方角の星達の群を見つめる。そこには葵さんの言う通りたくさんの青白い光の中にたった一つ、大きくて目立つ赤い光を放つ星があった。
「あれは蠍座の星の一つ。アンタレス。位置的には心臓辺りの蠍座の主星」
葵さんは指で星座の全体を描く。確かに蠍のような形だし心臓って言われると納得できる。
「あれが・・・さそりのしんぞう・・・真っ赤で脈を打っているみたいに見えます。これなら私でもすぐに見つけることができます。他の星座はどれですか?」
「はは、ごめん、私もこれしか知らないんだ」
「あれがデネブ、ベガ、アルタイル。夏の大三角形」
ミヤさんが空に絵を描くように指を動かす。それも知ってる。銀河鉄道は夏に走っている特別な列車なのかもしれない。
「なに、ミヤもこういうの好きなの?」
「星を見るのは好きよ。特にここはよく見えるから」
「乙女だね。かわいい、かわいい」
葵さんは再びミヤさんの頭を撫でる。
「あのねぇ、子供扱いしているけど、同い年ってこと分かっているよね」
「もちろん分かっててやってる。さ、そろそろ行こうか、星好きの君達」
店内に入るとテラスにテーブルがセットされていて、すでに人数分のカップとお皿が並べられていた。
ドアノブには『CLOSE』の札が下がっている。
「あの、もしかしてお店ってもう終わっているんですか?」
「そう。ホントはもうちょっとやっているんだけど、もうお客さん来ないでしょ。だから早じまいしたの」
「あの、なんかすみません」
「別に鈴音ちゃんが謝ることじゃないわ。残りモノになっちゃったけどケーキ食べてくれると嬉しいな」
「そんな・・・残りモノなんてこと全然ないです。みんなあの星達のように輝いています」
ミヤさんはありがとうと言って私のことを抱きしめてくれた。身長は私よりほんのちょっとだけ小さいだけで体はちゃんと私より大人だ。特に胸の辺りなんかは完全に負けている。
さっき言ったことは本当だ。どのケーキも本当に美味しそうだし、一つ一つが本当に星のように見えた。
三人でテーブルを囲む。とりあえずホットのダージリンを無言で一口。温かい紅茶が喉を過ぎてゆくとやっと自分がこの地に立っていることを実感できる。
風の匂いも遠くから微かに響く波の音も私自身を含めた世界で存在しているみたいだ。ホッとする。
私は大きなお皿に盛られた六種類ほどのケーキ達の中からブルーベリーを使ったものを選ぶ。パイ生地のように薄くてたくさんの層で構成されていて真ん中にはブルーベリーを使ったムースが挟み込んである。さらにムースの上下にはアクセントとしてカスタードが敷いてある。これを上から下まで一気にフォーク入れて一口で食べる。
「・・・う!!」
「どうしたの?」
「・・・唸るくらい・・・美味しいです。私、ベリー系が好きだからこのケーキは一口で虜になりました。今度絶対友達と買いにきます」
「そんなに感動してくれるなんて、ほんと嬉しいな」
私とミヤさんは向かい合ってニッコリと笑う。
「さて」
このやり取りを見ていた葵さんがカップを置くと
「そろそろ本題に入ろうか」
私達の不思議な時間の不思議な密会が今始まろうとしている。
そんなことを思う余裕も出てきた。現実なんだ・・・私の心は空の星のように光っていた。
12月12日。漢字の日(他にもある)だそうです。
読んでいただきありがとうございます。
語呂合わせみたいな日ですが人ってこうやっていろいろなものに
意味を持たせて日々楽しんでいるんだって思います。
そう言えばおせちだって語呂合わせ的な意味合い多いですね(ホントは縁起もの)。
その前にクリスマス。私は武道館。楽しみです。
それでは次回もよろしくお願いします。




