くちびるの感触
「やっぱりここのかき氷は最高!」
「三十分も並んだんだから当然だよね。はぁ〜軽い脱水症状に熱中症一歩手前」
「でも倒れてない」
「そうなんだよね。もしかして私って自分が思っている以上に頑丈に出来ているのかな」
「そうだよ」
「って、あんたも同じこと言えるんですけど」
私達は顔を合わせてクスクス笑う。
夏真っ盛り。
蝉の声はそんな夏に反旗を翻している革命軍みたいに太陽に向かって一斉に音を出している。これだって立派な夏の風物詩。真っ青な空はきっと今だけの特権。それにホイップしたての真っ白な雲。太陽の光以外は空からは何も降ってこない。そんな中で食べるかき氷はこの世の楽園の果実みたいに私を魅了する。
「一口、もらうね」
「じゃあ私も」
「夏と言ったらマンゴー、だよね」
「確かにね。やっぱ夏と言ったらメロンでしょ」
「う〜ん、こっちもいいなぁ」
暫しお互いそれぞれの味の海の中を楽しむ。
天然の氷で自家製のシロップ。最低でも一週間に一回はかき氷を食べないと私の夏は味気のないものになってしまう。今はそれくらい依存しているわけだが、目の前にいる彼女に関しては一人でも来店するくらいの筋金入り。
「ねえ、もしかして昨日も?」
「そうだよ、羨ましいでしょ。ま、たまたま通ったら空いてたから」
「家が近いといいよね」
彼女はふふんと笑って返す。
「この後ってどうする?」
私はスプーンを咥えたままちょっと考える。
考えるまでもなくこの後の予定は白紙だ。何も考えていない。これだと蝉の方がやることがたくさんあるみたい。彼らは夏の始まりに目覚めて、夏の終わりに消えてゆく。
でも私は違う。今はただこの季節を通過しているだけにすぎない。来年になればまた同じ場所にいるだろう。
「特に考えてないし予定はない。ついでに今年も彼氏はいない」
お互い温かいお茶を一口飲んでから残りのかき氷を食べる。
「だったら海行かない?」
「ま、お決まりのコースだね。いいよ。でもさ、私達くらいじゃないかな。海辺で水着着ていないのって」
「私はすぐ着替えられるよ」
「知ってる。私も持ってくるくらいしてもいいかも」
「いつもそう言ってるけどさ、今まで一回も持ってきたことないよね」
「別に泳げないわけじゃないよ」
「ホントに?そうだ、私の水着でよかったら貸すよ」
ありがたい提案だけど
「ごめん、なんか人のってちょっと着づらいかな」
「でもさ私一人で海に入っても面白くない。じゃあさ、今度。次は絶対水着持ってきて」
「まあ、憶えてたら」
「ん〜怪しい。やっぱり泳げないんじゃないの?」
「得意ではない」
そう。得意じゃないだけ。海に入るのは別に構わない。けど特に入りたいとも思わない。
「分かった。無理は言わないけど。その気になったら持ってきて」
わかった、とだけ言って海のある方向を見る。相変わらずたくさんの人が見える。
「水着はあまり期待して欲しくないけど、浴衣なら着てもいい」
「それって今度の花火大会のこと?」
頷いて答える。
ここの花火大会には毎年驚かされる。演出が凝っていて、最後は必ずびっくりするくらいの大きな花火で夜空の星すら凌駕してしまうほどなのだ。それにその後にも楽しみが待っている。
この日だけは絶対に晴れて欲しい。雨なんてこの世界が終わる時にでも降ればいい。その願いはいつも聞き届けられる。だから今年もきっと大丈夫。
「食べ終わった」
「私も。じゃあ長居は無用ってことで行こっか」
夏の浜辺は毎年毎日賑わっている。たくさんの人、それにたくさんの色とりどりのパラソルが花のように咲き乱れている。
さらに人々の日焼けした肌は解放と自由の象徴みたいで世界をより眩しく輝かせているように感じるのはきっと気のせいではないはずだ。
そんな中、服を着て歩いていると目の前の自由という波の中とはほど遠い存在のように思えるし、実際私達、特に私に向けられる視線は奇異な存在のように映っているに違いない。
でもそんなことはどうでもいい。
ここが解放と自由の世界ならこれもまた一つの自由。私にとっての自由。私だって夏という自由を楽しんでいるにすぎないんだ。
「あっつ〜い!って、毎回飽きずに言ってるけど、これって何の解決にもならないよね」
「そうだね。でもさ、言わないといられない」
「そうそう」
「朝のおはようのように」
「夜のおやすみのように」
顔を合わせてまた笑う。
いつもの様に波打ち際を歩いていると穏やかな波が時折思い出したように強く打ち寄せる。それは自分が生きていることの確認なのか、それとも誇張なのか。そんな時だけ海水は私の足元を濡らす。
冷たくて気持ちいい・・・
これくらいは何でもない。そう、なんでもないの。だからもっと足を攻めてもらっても結構よ。すると波はまた元の穏やかで緩慢な時間軸の中に戻ってゆく。私の濡れた足はあっと言う間に乾いて後には砂が残って、すぐにそれすら乾いてパラパラになって私の足から離れてゆく。そんなことを何回か繰り返した後
「着いたね」
「とりあえず」
防波堤の突端に着いた。
大きな灯台があって人の姿はほとんどない。たまにいるとしても釣りをしている人くらい。それも午後にはほとんどその姿を見かけることはない。
今の私達は喧噪の世界を抜け出た二人だけの世界の中にいる。ここにはもう人々の声は聞こえない。聞こえるのはコンクリートのテトラポットに打ちつける波の音だけ。そんな音に耳を澄ます。
「誰もいないね」
「そうだね」
「じゃあ・・・・・・・」
誰も見ていないこの剥き出しに照らされている場所で私達は静かに目を閉じる。潮騒が周りを囲んでゆく。
(・・・・・ん)
(・・・ん・・・・ん)
柔らかい。どんなに完熟した果物だってこんなに柔らかくはない。柔らかくて美味しい。その感触をお互い楽しんでいる。
それから離れて同時に目を開ける。再び見る世界は全てが新しく映るのは、一種の魔法みたいな効果のせいなのかな。
「・・舌・・入れようとしたでしょ」
「だって美味しいんだもん」
「・・・それに今日のはいつもより長かった」
「だから美味しいんだもん」
「でもさ・・・・・・うん・・・よかった。私も美味しかった」
「そうだね」
同時に頬が赤くなる。じっと見ているとまたその感触に触れたくなる。けど今はまだその時じゃない。
「帰る?」
「うん」
「もっとしてもいいんだよ」
「言ったよね、一日・・・一回だけ」
「二回でもいい」
それには答えない。ただ笑って返す。このルールを破らない限り私はこの世界に居続けることができる。二度と終わらない夏休み。終わらせたくない夏。
いつの間にか手を取られている。ほんのり温かくて柔らかい。
「繋ぐのはいいでしょ」
「もちろん」
再び解放と自由の世界に入ってゆく。けど海にはやっぱり入りたくない。ううん、入れない。まだこの夏を続けるために。
「ねえ、また明日会える?」
「もちろん。だって望んでいるんでしょ」
「そっちこそ・・・うん。望んでる」
お互い手を振ってそれぞれ違う方向に歩き出す。少しだけ傾いた太陽が私の影を少しだけ長くする。けどそれはほとんどわからない程の変化でしかなかった。
読んでいただきありがとうございます。
まだいろいろ慣れていないので失敗することがあるかもですが
たくさんアップしていくので最後までよろしくお願いします。




