お邪魔します
私達は並んで歩いている。その間は特に会話らしい会話はなかった。
いろいろ聞いたところでそれはラピスの家に行けば分かることだしね。
ラピスの家が昨日の場所からさらに奥にあるかもと思って今日はビーサンではなくスニーカーを履いている。これならちょっとやそっとの距離なら問題なく歩くことが出来る。
一緒に歩いているけどリードしているのはラピスだ。私は導かれるように歩いた。
「今日はいつもと違うね」
「そう?まあ、靴は昨日と違うかな」
「こうして誰かの家に迎えに行くなんて初めてのこと」
「なんか友達って感じがするよね」
「・・・友達?私と鈴音は友達なの?」
「違うの?」
「どうかな。でもそれが適切なことなら友達でもいいよ」
二人の間で初めて出た言葉だ。なんだか急にラピスとの距離が縮まったような気もする。
「また昨日と同じところに行く。その靴で正解だね」
「これならたくさん歩ける。どこまでもラピスのこと・・・」
その先の言葉は面と向かって言うには恥ずかしい。急に顔が赤くなった。熱い。
「顔、赤いよ」
指摘されると余計に意識してしまう。
昨日はラピスのこと見失った。けどこの靴なら見失うことはしない。二度と見失いたくない。
「私の家はさらに上に行ったところなの。だからいつもと同じだったら大変だったかもね」
やっぱり。そうだと思ってた。ここより先に人が住んでいる家があるなんて方が驚きだ。こう言ったら悪いと思うけど絶対不便だと思う。
でも毎日会うラピスはそんなこと微塵も感じていないように見える。見た目より体力があるのかな?
私達は再び昨日と同じ場所に立っている。それは私が寄りたいと言ったからだ。
ラピスは『いいよ』だけ言った。
私達は昨日と同じように並んでそこから見える町や海を眺めた。見える風景は昨日と同じみたいに見えるけど、きっとそう見えるだけ、そう思って見ると雲の形も違っているように映る。
『昨日とは違う』という意識で見ていた。そう強く意識してないと時間に感覚が狂ってしまいそうな感じがするからだ。
「気に入った?」
「うん。この場所って特別な感じがするね」
「それは鈴音が私と出会ったからかも」
ラピスの言葉の意味を探ろうとラピスの顔を見た。目の前にあるのはいつもの笑顔で私には何も読み取ることなんてできなかった。
「・・・そうなのかな?・・・もしラピスに出会わなかったら夏はどうなっていたのかな?」
「出会ってなければ・・・夏は一日一日違う朝がやって来て、鈴音の好きな七月の夏は予定通り終わって、普通の八月の夏がやって来るだけ」
「七月の夏が終わって・・・・八月の夏」
「そう」
ラピスは歩き出す。私はもう後ろから彼女のことを抱くことはしない。だって分かるから。
私も同じように隣りに行き、それから足元の石を今度は二人で撫でてみる。
やっぱり昨日と同じようにほんのり温かい。その温もりは太陽に照らされたせいじゃない。内側から感じる。体温に似た温かさみたいに感じる。
「鈴音も感じるよね」
「そうだね。もう行こっか」
私達はその場所を後にしてさらに奥の方に歩いてゆく。深く足を踏み入れるほどに木々が濃くて、音はどこまでも吸い取られてしまう。こんな場所が同じ町にあるなんて初めて知った。
一旦上り坂の頂上を過ぎてから少し下ったところに突如洋館が姿を現した。
古くて大きいのが遠目で見ても分かる。それから近づいて分かったのは人の気配がしない。音はどこまでも静かで色はどこまでも深い。
「さあ、着いた。頑張ったね」
ラピスは笑顔で言ったけど私には人が暮らしているようには見えない。でもそのことを直接言うことなんて失礼なことかも・・・次の言葉にはほんのちょっと本心が込められていた。
「・・・ほ、ほんとに・・ここなの?」
私の言葉は風の中に吸い込まれてしまったのか、どこにも痕跡は残っていなかった。
「行きましょう。お茶の用意はしてあるのよ」
ラピスに私の言葉は届いていないのか普通に私を案内する。
大きな両開きの玄関は外国のお話に出てくる扉を連想させる。とても重そうな音を立てながら開けると中には電気ではなくて蝋燭があちこちで小さな炎を揺らせていた。それらが作る影は今まで見たどんな影よりも濃くて深くて重い。お昼を過ぎたばかりのはずなのに、ここには昼とも夕方とも言い難い時間があった。
「さ、こっちよ」
「・・・お、おじゃま・・します」
土足のまま中に入ると外とは比べものにならないくらい涼しかった。特にエアコンが入っているとかじゃないのに建物全体が冷やされているみたいに感じる。
目の前は広々としたエントランスになっていて、その先に両側に伸びる階段になっていてその上のバルコニーには建物の大きさを象徴するようにたくさんのドアがあった。これだけの部屋があるのにラピス以外誰の気配もない。まさかね、もしかして、本当に?
「あのさ、他に人はいないの?」
不安に負けてついこんなことを聞いてしまった。けれどもその質問はどこか間違っているとでもいうような笑顔でラピスは答える。
「私だけ」
そうなんだって答えてみたけど・・・そんな気もするけど、でも本当はみんな出掛けているんだよね。私は自分自身に心の中で言ってみる。けれどそれは根拠のない空想みたいに何の確信もなかった。
「私の部屋は階段を上がって左の突き当たり。先に行ってて。ドアが半分開いているからすぐ分かるわ。お茶を持っていくから」
ラピスはそのまま奥に入ってゆく。その先には台所があるんだろうな。
残された私は言われた通り階段を登る。
とても古くて床には真っ赤な絨毯が敷かれているけれど木の擦れる音が聞こえる。掃除はされているみたいで手摺には埃一つなかった。むしろよく磨かれている。手を乗せるとそれだけで重厚さが伝わってきた。
階段を一段ずつ上がってゆく度に不安は増してゆく。ギシギシと建物全体がきしんでいるみたいな音が身体に響いてくる。本当にこのまま進んで大丈夫なのだろうか。
でも
この先にはラピスの部屋がある。ラピスのことを知ることができる。
きっとさっきのは冗談に決まっている。一人で、なんて私には無理だもの。
彼女のことを知りたいと思ったのは本当のこと。
信じよう・・・その気持ちだけで私は足を進めていた。
寒波のせいで朝起きるのが辛い。
読んでいただきありがとうございます。
けれど私は夏よりも冬の方が好きなのです。
なのに夏を舞台にしている矛盾。
ホントは夏も好きなのかな?
そんなことを時々思いながら書いています。そんな私の物語です。
次回も良かったら立ち寄ってくださいませ。
よろしくお願いします。




