この場所から見える町
横道は平坦で今までの苦労が報われるくらい歩くのが楽になる。
もう大丈夫だと言ってもラピスはその手を離すことはなかった。
やがて突き当たりと言うべき場所に出る。
そこは丸く整地されていて目の前には町が一望出来て、さらにその先には海が見える。音がないとても静かなところ。周囲は雑草が生い茂っているのに真ん中には芝生になっていた。
「素敵な場所でしょ」
「・・・うん」
この景色は苦労の代償のような場所。頑張って初めて見れる景色なのかも。思いっきり深呼吸をするといつもとは違う澄んだ空気が肺一杯に流れ込んできた。
「私にも一口ちょうだい」
無意識に水を口にしていた。温くなっていたけど喉を潤すには充分だった。そのままラピスに渡すと当たり前のように一口飲む。喉を通るときのコクンって音が聞こえた。
「美味しい。冷えてないけど水はこの方が美味しい気がする」
「そう・・かな・・ううん、そうだね。私ももう一口」
水を飲んでからサンドイッチのことも思い出す。
「一緒に食べようか」
「私も?」
ミックスサンドを出してラピスに食べたいのを選ばせる。全部で三種類ある中で彼女が選んだのはハムとチーズだった。
「ありがとう。一緒っていいよね」
サンドウィッチを食べるラピスの横顔をチラっと見る。会話がないことが苦痛なわけじゃないけど静かな場所で静かに二人でいることが本当なのか分からなくなる。本当はまぼろしで実は私一人しかいないんじゃないかって、そんな不安さえ感じてしまうからだ。けれどラピスは私の視線にはちゃんと無言だけど笑顔で返してくれる。どうして彼女の笑顔は私のことを安心させてくれるの?心が嬉しくなってしまうの?
ホント、目を閉じた瞬間にいなくなってしまうかもしれないのに。それでも今はこうしているのが幸せだと感じてしまう。
食べ終わった後はしばらく二人でそこから見える風景を静かに眺めていた。
ここは不思議な場所だ。心が穏やかになって夏という季節がもの凄く身近に感じるようになる。隣りにいるラピスを見ると彼女も同じように私のことを見ていた。
「素敵でしょ」
最初に口にした言葉でラピスはもう一度同じことを言う。
言葉って不思議だな・・・現実に自分が存在していることを肯定してくれているように感じる。
「うん。ねえラピス。答えられるなら答えてよ。ここってあなたの家とかあるの?」
それには笑って言葉にはしてくれない。その代わりもっと先の方まで歩いて行って、もうそれ以上行けない所まで行くと座り込むんで私に振り向いて自分の隣りに手を置いて私のことを誘う。
「こっち」
言われるまま隣りに腰を降ろす。
「見て」
ラピスの右手はその場所に刺さっているようにある、先端が丸い円柱のような形の石を撫でている。言われなければ気が付かないような石だった。周りは雑草に覆われていて見えないのに、そこからはもっと町や海が近くに見えた。
「これは?」
「さあ、何かな」
いたずらっぽくクスクスと笑っている。その笑顔だって私の心を躍らせるには十分過ぎるほどだ。
「私にもよく分からないの。けどね、こうやって触っているとなんだかとっても落ち着くの」
ザラザラしている石の表面を大事なモノを扱うかのように優しく撫でている。
「鈴音も触ってみる?」
私は触ってみる。見た目通りザラザラとした感触。確かにラピスの言う通り撫でているとだんだん不思議な気分になってくる。その気持ちが伝わったのか。満足した笑顔があった。
「夏って不思議。私は私のことが不思議」
その言葉の意味は私には分からない。だから頷くだけにした。
「まだまだ夏は続く。けれど鈴音の言うように今、この瞬間の夏はまぼろしみたいな特別って気がする。一週間くらいしかない奇蹟のような夏。この時じゃなかったら私も鈴音も出会うことはなかった」
ラピスはゆっくり立ち上がる。あと一歩踏み出せばそこからはもう地面はない。
「あ、あぶないよ」
笑ってさらに半歩だけ前に出る。私は思わず立ち上がるとラピスの肩を抱いた。
「だから・・・落ちちゃうって」
ラピスは何も言わずに私の方に振り返って
「そういえばまだだったね」
何のことかすぐに分かったが言葉に出す前に私のくちびるは再び禁断の果実の味に溺れていた。
・・・これも夏が創り出すまぼろしなのだろうか・・・・・・
それでもいい。私はそこにある甘い味を受け入れていた。誰もいないことが拍車をかける。
初めて私達はお互いのことをしっかりと抱きしめた。
なんて細くて柔らかいのだろう。このまま力を加えたら手から消えてしまうような感じがした。けれどそんなことはない。ラピスだって私のことしっかりと受け止めている。
「こんなに甘いの初めて」
ラピスは力を緩めて少しだけ離れる。
「・・・私も」
何言ってんだろ。でも気持ちには正直になりたい。だから思ったままの言葉が出てくる。
「これでまた同じ明日が来る。まぼろしはずっとまぼろしのまま消えない」
「それってホントに?」
「だって鈴音は望んでいる。私にはそれができる」
本気で・・・言っているのかな?
でも・・・ふと頭に蘇る。もし、あの夢が夢じゃないとしたら?それはきっとホントのことになる。
そんな風に思うのもラピスの『まぼろし』という言葉のせいなのかもしれない。
もっと知らないとならないような気がする。まぼろしならそれでもいい。それよりも今はもっと現実の彼女の知りたい。だから思いきって
「今度、ラピスの家に遊びに行きたいな・・・駄目・・・かな?」
多分いろいろな言葉で誤魔化される。そう思っていたのに
「いいよ」
ラピスの言葉が嘘じゃないことは笑顔で分かる。でももっと確かめたい。
「ほ、ほんとに?」
「うん。私だって鈴音の家に行った。そして一緒に考えよう」
「銀河鉄道の夜」
「うん。だから今日はここで別れましょ。また明日。一人で帰れる?」
「それは大丈夫・・・・・・」
言い終わる前に海から突然強い風が吹く。
私は帽子を飛ばされないように両手で押さえる。その時一瞬だけ目を閉じた。
次に目を開けた時ラピスの姿はもうなかった。驚くこともなかったしそれが当たり前のように感じる。
その方がいろいろとツジツマが合うと思うんだ。
足の痛みはもうなくなっていた。
私はたった一人でもう一度だけここからの景色を見てから足元にある石を撫でてみた。
・・・温かい
なんとなくだけど今の私の心と同じみたい。
なんでかな、どうしてかな、私は目の前で起こることに対して全てを受け入れられる。当たり前のように。
そして確信する。やっぱり明日も同じ明日が来る。終わらない夏の日がやって来る。
・・・・・・私が望んだこと・・・だって。
でも・・・もしかしたら私を通して夏のフェアリーの願いなのかもしれない。まぼろしはいつか解ける。いつか。
解けたら・・・どんな世界が目の前に広がっている?
その世界は私が望んでいる世界なの?・・・
また風が吹く。さっきとは違う優しい海風だ。今頃になって蝉の声が遠くから聞こえる。
いつもの現実の世界なんだ。
私はもう一度ここからの風景を見渡してから暮らしのある町に戻っていった。
11月も終わりになります。
読んでいただきありがとうございます。
最近やっとマフラーを出しました。体調には気をつけております。
自慢じゃないのですが私は一度もインフルエンザにかかったことがありません。
いや自慢ですね、完全に。
これからも元気にアップして年の瀬を迎えようと思っております。
次回も立ち寄っていただけたら幸いです。
よろしくお願いします。




