ケーキで幸せ
車は海岸線を直走る。緩いカーブが続く。ずっと一本道だったけど初めに出てきた横道をなんの躊躇もなく曲がる。
葵さんはずっと楽しそうにギアのアップダウンを繰り返している。特に大きくギアをチェンジする時がお気に入りらしい。曲がってすぐにアクセルをフカしてイッキに加速する。
「こんな運転東京じゃ無理だからね」
私はその度に両足に力を入れないといけないんだけど。筋肉痛になりそう。だけど気持ちは楽しい。
曲がった先の道は少しだけ登りになっていた。やがて辿り着いた場所は小高くて拓けていた。海が少しだけ大きくなったような気がする。こんな場所来たの初めて。
その場所にある駐車場に停車させて私達は車から降りた。
「ここからは歩きだよ」
指を差す方向を見ると登って来た方と反対側に下に降りてゆく階段があって、その先に建物が一つだけあった。どうやらそこが目的の場所らしい。ここは私の家からも市街地からもかなり離れているから車じゃないと来れない所だよね。
手作り感満載の階段を降りてゆく。近づくにつれていい匂いが鼻をくすぐる。ケーキを焼いている甘い匂いがこの辺りの空を被っているみたい。
「こんなところにお店があるなんて初めて知りました」
「隠れ家みたいでいいでしょ。友達のお店なんだ」
「へ〜、そうなんですか」
「街にある『まるまる屋』って知ってる?」
「もちろん知ってます。ウチはケーキ買う時はいつもそこで買うから」
「お、常連さん」
「あ、いえ、そこまでではないかと・・・(苦笑)」
「で、そこの娘が私と高校一緒だったんだ。私は大学に、彼女はパティシエにそれぞれの道に進んだんだ。それで専門学校卒業して、すぐに自分でお店持ちたいって。けどさ、パティシエっていってもなったばかりだからね。で、こんな離れた場所にお店出すことになった。大人の都合ってヤツだけどね」
店の目の前まで来ると匂いは一層濃厚になる。こぢんまりとしていて屋根は赤い瓦だし壁は真っ白。それに平屋なのに屋根には明かり取りのための飾り窓がある。
「あ、猫だ」
窓から真っ黒な猫が私達のことを見下ろしていた。なんだか見張り台に立っている傭兵みたい。ここが自分の持ち場だと主張しているみたいでかわいい。
「さ、入りましょう」
ドアを開けると心地良いカウベルの音が響く。すると奥から小柄な女性が現れて
「いらっしゃい・・・あ、葵?」
「よ。久し振り」
「え〜ホント久し振り。何時帰ってきたの?」
「今朝だよ。で、先に店の場所見てから図書館にいた」
「へ〜そうなんだ。よくこの場所分かったね」
「おじいから聞いた。だってほら、あんたのおとうと飲み友達だからね」
とても明るい無邪気な笑顔をしている。髪は帽子ですっぽりと隠れているから分からないけど肌も白くて、私と同じ中学生って言っても通用しそう。
「ちょっとこっち来て」
葵さんに言われてカウンターから出てくると
「ほら並んで」
私と並ぶ。えっと、正直私の方がちょっとだけ大きいみたい。
「そう言えば鈴音は中学生だっけ?」
頷いて答える。
「ミヤの負け」
「どうせ小さいですよ。ってそれも久し振りだね」
二人は顔を合わせて笑っている。
そんな景色を見ていると急にラピスのことを思い出す。今頃何しているかな?本は読み終わったのかな?それと・・・明日になれば会えるのかな?
・・・夏が終わっても彼女と一緒にいることができるのかな?
「あ、ごめん。ほったらかしてた。さ、好きなの頼んで。ここはミヤのおごりだから」
「ちょっと。勝手に決めないでくれる。そんなことしたら明日にでもこの店は潰れちゃう」
「そんなことないよ。ほらこれ」
葵さんはカバンから封筒を出してミヤさんに渡した。
「開店祝い。遅くなったけどちゃんと自分の手で渡したかったから。これでいいでしょ」
「あ、ありがとう・・・・なんか気を使わせちゃったかな」
「いいのよ。これくらい当然。それよりケーキ、ケーキ」
私達はショーケースに並んだケーキ達を見る。大体15種類くらい並んでいて、どれも小振りでかわいい。なんとなくだけど作り手の人柄がそのまま商品に現れているみたい。
「じゃあ、私はレアチーズと・・・このオランジュリー。鈴音は?決まった?」
「えっと・・・じゃあ」
私はメロンのショートケーキとプリンを選ぶ。ホントはどれも美味しそう。ラピスにも見せてあげたいな。
正面の入口とは別のもう一つある扉をくぐるとテラスがあって、テーブル二台と椅子4脚のこぢんまりとしたイートインスペースになっていた。
見渡すと海と山がちょうど半分ずつ見える。そこに吹く風には海の匂いと山の匂いが混ざっている。澄んでいて気持ちが落ち着く。
「飲み物のメニューはテーブルの上に置いてあるから」
席に着くと早速メニューを開く。私はアールグレイをアイスで、葵さんはホットコーヒーをオーダーする。葵さんは大きく背伸びをして大きく深呼吸した。それを見て私も真似た。
「気持ちいいね」
「はい」
「落ち着いたところで早速話そうか」
私は姿勢を正す。
「私が今研究しているケルトって・・・・」
葵さんは大体の大筋を話してくれた。
この人達は歴史上一番最初に青銅器ではなく鉄器でモノを作ったこと。ローマ十字軍がヨーロッパの進攻を始める前までヨーロッパの各地でかなりの勢力を誇っていたこと。そして一番気になったのは文字を持っていなかったということ。
「文字ってどの文明も持っていたと思っていました」
「だから彼らの歴史は他とちょっと違っているの。吟遊詩人と呼ばれる人達が様々なことを物語として保管して継承していった。そして彼らは各地域に行っては受け継がれた物語を語っていった。だからいろいろな場所で彼らの物語りを耳や目にすることがある。有名なのが『アーサー王と十二人の円卓の騎士』だろうね。知ってる?」
「アーサー王って聞いたことあります。読んだことないから詳しくはないですけど」
「ね。そうやって名前だけでも知っているってことは当時はかなりの吟遊詩人がいたってこと。それとケルトの神様っていろんなモノに宿っていた。これって私達にも通じてるって思うの。日本もかつては八百万の神と言って同じようにいろんなモノに神様が宿っていた。悪いことしたら『お天道様が見てる』なんて聞いたことあるでしょ」
その先を話そうとしたところでケーキとお茶が運ばれてくる。
「なになに?楽しそうに話しているけど。そう言えば彼女はイトコとか?初めて見るけど」
「図書館友達。さっきなったばかり」
葵さんは私のことをそんな感じで紹介した。ホントのことなので私も頷いて同意した。
「鈴音さん、でいい?葵の言ったことホントなの?」
「はい。友達かって言われるとまだよく分からないですけど、図書館で知り合ったのは本当です」
ミヤさんは笑って『そうなんだ』って言って、私達の目の前に商品を置いてゆく。今は風が落ち着いているからコーヒーの湯気が真っ直ぐ上に立ち昇るのが見える。それにお皿に盛られたケーキ達。
「うわ〜・・・すごいキレイ・・美味しそう」
つい素直に言葉になって出る。早速フォークを持って一口。
先ずはショートケーキ。スポンジは柔らかくてほのかに甘い。クリームは全然しつこくないし程よい甘さが全体に調和している。上に乗っている細かく切り揃えられているメロンはジュレでコーティングしてあるし、メロン自体は何も加工をしていないから果物本来の味がする。甘くてジューシー。
正直私の中では『まるまる屋』をかなり越えている。
アールグレイで口の中をリセットして、フォークからスプーンに持ち替えてプリンを一口。
なめらか系ではなくて固めに仕上げられている。食感がしっかりとしていてガツンと甘い。けれど口当たりはとても柔らかくて食べているのが楽しい。下に敷いてあるカラメルと一緒に食べるとちょっとだけ苦みが加わって新しい美味しさが広がる。
「みんな美味しい。多分今まで食べた中で一番美味しい」
正直過ぎる感想にミヤさんはニッコリと笑って
「ありがとう。嬉しい言葉だよ、鈴音ちゃん」
今度は葵さんの反応を見て感想を聞く。
「うん、東京でもこの味なら結構上位ランクに入るね。特にこのオランジュリーは気に入った」
「葵にそう言ってもらえて嬉しいな。でもさ、まだまだいろいろ勉強中だよ」
照れくさそうに笑うミヤさん。葵さんと同い年とは思えないほどあどけなくてかわいい。そんなことを思っているとカウベルの音がする。
「あ、お客さん。じゃあ二人共ゆっくりしていってね」
ミヤさんはお店の中に戻って行った。私達はお互いのを一口ずつ交換して味を楽しんだ。
レアチーズの上部は青い色のゼリーで覆われいてその中には銀箔が浮いている。星空みたいキラキラしてキレイ。味も期待通り、いや、それ以上に美味しい。
葵さんが褒めていたオランジュリーも一口。これはオレンジがメインになっているケーキだ。オレンジ風味のムースの下にはココア仕立ての土台が敷いてあってリキュールが強めのため、ちょっとだけ大人びた味がする。美味しいのはもちろん私も好きになった。ミヤさんのケーキは都会的でおしゃれな感じだし、なんだか私自身も洗練されてゆく気分がする。
このケーキはラピスにも食べてもらいたい。食べながらたくさんいろんなこと、この夏のことを話すんだ。ケーキは私をどこまでも楽しい気持ちにさせてくれた。
読んでいただきありがとうございます。
季節は冬になりつつあるので冬のフェアリーの話も考えてしまいます。
でもここは夏。しっかり最後まで仕上げていこうと思います。
さあ、ポッキーでも食べてはりきって続き、続き。
次もよろしくお願いします。




