98 赤い髪
二学期が始まった。
私、アヤナ、エリザベート、マルゴット、レベッカは特級クラスで同じ。
イーラは実践系のテストの成績が良くないために上級クラス。
正直、ホッとした。
「二人でゆっくり食べることができるわね」
ランチタイムは私とアヤナだけになった。
男子たちはアルード様から食堂で一緒に食べるよう言われたらしい。
「ルクレシアが浮遊魔法を使えてよかったわ。ベンチ取りに負けないし」
ベンチを確保するには浮遊魔法や移動魔法を使える者が圧倒的に有利。
移動魔法は相変わらず発動できていないけれど、浮遊魔法はかなり慣れてきた。
「移動魔法も頑張って。アルード様が教えてくれるわ」
毎週木曜日、私は王宮に行ってアルード様から移動魔法を習うことになった。
「移動魔法を覚えたい気持ちだけはすごくあるのよ。だけど、気持ちだけではね」
「わかるわ。私だって浮遊魔法や移動魔法を使えたらって思うけれど、普通に無理ね」
アヤナはゲーム設定を重視している。
これからは光魔法だけを徹底的に学んでいく決心をしたとのこと。
「私は状態異常を治す魔法を練習するわ! アルード様に負けないようにね!」
プールで魔物に襲われた時、私は毒の効果で麻痺の症状になってしまった。
アヤナは解毒ならできるけれど、麻痺については治せない。
湖からかけつけたアルード様が処置するのを見てホッとしたけれど、自分が治せないことが悔しくてたまらなかったらしい。
「三年生になるまでに習得するわ!」
「頑張って。ランチを食べることにもね。余ってしまうわ」
今日も男子の誰かが一緒に食べると思っていたので、サンドイッチが多めにある。
「無理よ。全部は食べきれないわ」
「もったいないわ」
「公爵令嬢でしょう? ケチ臭いわよ?」
「関係ないわ。食べ物を大切にすることは身分に関係なく大事だと思うわ」
「本当にいい子ちゃんよね。私と逆の立場だったらぴったりだったのに」
私とアヤナは頑張って食べたけれど、お腹がいっぱいになってしまった。
サンドイッチもデザートも残っている。
「料理長ががっかりするかも」
「まだ言っているの?」
私は周囲を見回した。
誰かサンドイッチかデザートを引き取ってくれそうな人はいないかと思いながら。
「……あそこにいる人に声をかけてくるわ」
私は席を立つと、芝生に寝転がっている男子生徒のところへ行った。
顔のところに開いた本を乗せているので、誰なのかはわからない。
他には荷物らしきものが何もないので、ランチがまだだと思った。
「寝ているところを悪いのだけど、サンドイッチとデザートを食べない? たくさん持ってきたので余ってしまったの。食べてくれると嬉しいのだけど」
男子生徒は反応なし。
「寝ているのかしら?」
少し待ってみようと思い、私は芝生の上に座った。
暇なので、男子生徒を観察してみることにする。
髪は赤。
「赤い髪……どこかで見たような?」
「いらない」
男子生徒が突然答えた。
「コランダム公爵令嬢と親しくすると、良くも悪くも影響が出る。話しかけないでほしい」
えー!
わからないでもないけれど、ムカッとしてしまった私は顔を隠す本に手を伸ばした。
でも、男子生徒はすぐに自分の手で本を抑えた。
「まぶしい。余計なことはするな」
「顔を隠すなんて卑怯だわ!」
「そもそも顔を隠している奴に近づくな。公爵令嬢だろう? 不用心だぞ」
正しいだけに悔しさ倍増。
「制服を着ているから生徒よ! 不審者ではないわ!」
「その油断が命取りになるかもしれない。コランダム公爵令嬢をよく思わない者は大勢いる」
「そうなの?」
大勢という言葉に私は驚いた。
「私、そんなに嫌われているの?」
「当たり前だ。社交界での評判が悪いのを知っているだろう?」
社交界はお母様の管轄。私は知らない。
でも、そうなると、
「貴方は貴族ね?」
男子生徒は答えない。
「本で顔を隠しても無駄よ! 赤い髪だもの。調べればすぐにわかるわ!」
「調べるな」
「絶対に調べるわ!」
私はそう言うとバスケットを持ってアヤナのところへ向かった。
「いらないって?」
「そうよ!」
「めちゃくちゃ怒っているじゃない。なんか言われたの?」
私は男性生徒との会話を教えた。
「あー、理解できるわ。最初の頃の私と同じだから」
アヤナは男子生徒の味方らしい。
「仕方がないわね」
アヤナはバスケットを持つと、男子生徒のところへ行った。
そして、バスケットを置いて戻って来る。
「食べるって?」
「食べるかどうかは向こう次第」
「そうだけど、バスケットはどうするの?」
「あのままよ。置いていくわ」
「なんですって!」
私は驚いた。
「あれはコランダム公爵家の特注バスケットなのよ?」
「あとで特級クラスに持って来るよう言ったわ。持ってこなかったら堂々と文句を言っていいから。ランチをあげるって言ったのに、断るどころかバスケットも返さないなんて紳士ではないでしょう?」
「そうね」
「バスケットを返しに来た時にわかるわよ。顔も誰なのかもね」
アヤナは私よりもずっと頭がいいと思った。
そして、全ての授業が終わった。
赤い髪の男子生徒は来ない。
「バスケットは置き去りになっているのかしら?」
「さあね。落とし物として届けられているかもしれないし」
一応、私とアヤナは確認することにした。
すると、バスケットは芝生の上に置きっぱなしだった。
「置き去りだわ!」
「そうみたいね」
バスケットの中身を確認する。
サンドイッチもデザートもなかった。
あの男子生徒が食べてくれたのか、ここにあったせいで別の誰かが食べたのかはわからない。
「とりあえず、バスケットを回収できて良かったわ」
「食べ物も粗末にならなくて良かったじゃないの」
「そうだけど」
でも、あまり嬉しくない。
そう思ってバスケットを持ち上げた時だった。
魔法の気配がした。
「えっ!」
「ちょっと!」
アヤナはすぐに私とアヤナを守る結界を発動。
それよりも早くバスケットの下にあった魔法陣が赤く光っていた。
「魔法?」
「爆弾?」
それは怖い!
と思ったら、空中に小さな花火が上がった。
「……なんとなくだけど、これはお礼のつもり?」
「なんとなくだけど、そんな気がするわね」
アヤナはしゃがむと魔法陣があった場所に手を振れた。
「何もないわ。どうして花火を打ち上げる魔法陣を維持できたのかがわからないわ」
「そうね?」
「属性授業の時にアルード様に聞いてみるわ」
アヤナらしい解決方法だと思った。




