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もう恋なんてしない!と思った私は悪役令嬢  作者: 美雪
第三章

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91 風を感じて



 特訓二日目。


 私の足は筋肉痛。


 今日もマラソンだったらどうしようかと思っていたところ、別メニューだとわかった。


「乗馬をする。速く走れるイメージを強化するためだ」


 アルード様と一緒に馬に乗り、早駆けすることで風を感じるようにとのことだった。


「浮遊魔法で先に乗れ」


 こういう時にも浮遊魔法は便利!


 私はふわっと浮いて馬に乗った。


 その後ろにアルード様が普通の方法で乗った。


「足で馬の胴体をはさめ」


 女性が足を開くのははしたないけれど、乗馬で馬を走らせるためなら仕方がない。安全第一。


「鞍に手すりがあるだろう? ここにしっかりとつかまれ。速度が出ている時は体勢を低くしろ。馬と一体になるような感覚になると怖くない」


 かなりのスピードを出しそうな予感。


「行くぞ」


 アルード様は馬を走らせた。


 でも、思ったよりも速くない。


 ヴァン様やアレクサンダー様に移動魔法をかけられ、信じられない速度で移動した時と比べれば楽勝だった。


「そろそろ速度を上げる」


 アルード様は片手を私の腰に手を回した。


 怖くなったり落ちたりしないための配慮だとわかっているけれど、それ以上になんだか恥ずかしい。


「もっとだ」


 ドキッとしてしまう私は、アルード様を変な意味で意識してしまっている。


 だって、男性とこんな風に密着する状態なんてない。


 ……飛行訓練の時はあったかも?


 ヴァン様が怖くないように抱きしめてくれた。


高くて怖くて緊張してドキドキしたけれど、アルード様に対して感じるのとは違う気がする。


「前に倒れるようにして姿勢を低く保て」


 強い風が吹きつけて来る。


 それだけ速度が出ている証拠で、周囲の景色も見る間もないというように過ぎていく。


「馬でもいい。風でもいい。自分で走るよりもずっと速いことを感じろ」


 わかります……でも!


 私のドキドキは増すばかり。


 でも、怖いからではない。


 馬に乗っているからでもなければ、風が強いからでもない。


 アルード様と二人でいるから……待って! これは特訓よ!


 私は自分自身にそう言い聞かせようとするけれど、それもなんだかおかしい。


 そして、唐突になぜこうなったのかを思いついた。


 この体がルクレシアのものだから過剰にドキドキするのよ! 


 アルード様が好きだったルクレシア。


 その気持ちがこの体に宿っている。


 王宮の大噴水を見て足がすくんでしまったように、この体は過去を覚えている。


 ルクレシアがアルード様を見てドキドキしたり、嬉しかったり、幸せな気分を感じたことをこの体はわかっていて、アルード様とこうしているせいで反応するのだと思った。


「ルクレシア、大丈夫か?」


 アルード様がずっと黙ったままの私を心配して声をかけてくれた。


「大丈夫です」


 謎は解けた。ちゃんと。


「速さを感じられます。きっと時間もこのようにどんどん過ぎ去ってしまうのですね」

「そうだな。きっとこれ以上に速い」


 私が想像したのは遠い過去。


 子どもの頃のルクレシアがアルード様を見てドキドキした場面。


 純粋な気持ちでルクレシアは素敵な王子様に恋をした。


 でも、私はもう……。


 純粋な気持ちを失ってしまった。大人になった。現実も知った。失恋もした。


 だから、夢を見られない。


 いつか素敵な王子様――アルード様と結婚すると信じていたルクレシアと同じようになれない自分を感じた。


 私のドキドキは収まっていく。


 それは夢から覚めて現実に戻るのと似ている気がした。


「無理をしなくていい。速度を落とす」


 だんだんと速度が落ちていくほど、風の力も馬の力も弱くなっていく。


 安心するべきなのに、なぜか残念な気持ちのほうが強かった。


「このような乗馬はなかなかない」

「そうですね」


 途中から浮遊していた。


 地上では速度を上げてひたすら早駆けをすることができるような場所がない。


 でも、空であればできる。


 障害物は何もない。


 ただ自由にどこまでも走りたいだけ走ることができる。


 馬次第だけど。


「この馬は優秀ですね。浮遊状態でも走れるなんて」

「慣れている。訓練しているからな」

「そうですか」

「ルクレシア、聞いてほしい」


 アルード様の声は静かだった。


「私たちには身分があるからこその責務がある」


 強い力は正しいことと弱き者を守るためにある。


 自分のことだけでなく周囲の人々、より広く大きな営みの中にいる人々のことを考える。


 領主であれば領民の生活が法において正しく、平穏で、豊かになるよう導かなくてはならない。


 王族であればディアマス王国のこと、国民のことを考えなくてはいけない。


「家の事情、家族の事情、周囲の事情も考えなくてはいけない。そのせいで重い何かに縛り付けられていると感じることもあるだろう。だが、私たちはいつでもその重い何かを軽くすることができる。どうやって軽くするかは人によって違う。逃げるという方法もあるが、魔法で軽くすることも可能だ。魔法に夢中だろう?」

「そうですね」

「もっと夢中になっていい。ルクレシアが幸せになるために魔法を学べ。私はそのことがわかっているからこそ、手助けをしている。婚約者候補でなくなったことで手に入れた自由を楽しんでいい」


 優しくて暖かい言葉だと私は感じた。


「頑張ります。頑張れそうだと思いました。アルード様のおかげです」

「ルクレシアは私の推しだからな。ぜひとも頑張ってほしい。私が支える」


 心強い。


 アルード様が私を推してくれることが。


 婚約者候補だった時よりも、アルード様との距離が近づいたような気がした。


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