09 分厚い資料
屋敷に戻った私は金庫から分厚い資料の束を取り出した。
それはアルード様の婚約者候補についての調書。
魔法学院に入ったことでアルード様の婚約者の座を巡る争いが激化するのは必至。
他の候補者の資料をしっかりと読み、学院内での対策に役立てるよう両親に厳命された。
私は魔法学院に通っている婚約者候補の分と考えていたけれど、そうではない候補者も含めた過去の資料がもれなくセットで届けられた。
まだ全部は読めていない。
でも、これを読むことで過去のことがわかるというのはある。
父親と母親で持っている資料の違いもわかった。
父親のほうは政治的な関係、貴族同士の関係、領地の関係を重視した視点。
母親のほうは貴族同士の関係、社交界における関係、女性だけの社交界における関係を重視した視点になっている。
貴族同士の関係という面においてはかぶっているけれど、父親は社交界を重視してはいない。
それは評判や噂といった不安定な要素については排除一択。
血縁関係、派閥関係、領地の位置や経済的な協力関係といった堅固な絆や利害関係のようなものを重視していることがわかる。
一方、母親のほうは社交界を重視している。男性と女性で共通の社交界と、女性だけの社交界で分けているという部分からも、こだわりを感じる。
「お父様は私を王子妃にすることで政治や派閥での力をより強めたい。お母様は社交界での立場や影響力をより強めたいということかしらね」
強めたいという部分は同じでも、どこでいう部分に違いがある。
父親が喜びそうな話題と母親が喜びそうな話題を考えるのに役立ちそうだと思った。
「アルード様の婚約者候補って意外と多いのね」
数人程度だと思っていたけれど、資料によると二十五人もいる。
これはアルード様と釣り合う年齢の幅を考えているからであって、年上も年下も含まれているからこその人数でもある。
でも、この世界はゲームと同じ。
魔法学院に通っている同年齢の女性が有力な候補のはず。
「それにしても……ちゃっかりといるわね」
アヤナ・スピネールの調書もあった。
でも、王家が婚約者候補として認めているのは有力貴族の令嬢だけ。
それ以外の候補については、両親が独自に調べた結果による予想候補だった。
「魔法や属性が重要だというのはわかるのよね」
アヤナが選ばれているのは、幼少より光魔法を使えるからだった。
ディアマス王国はかつて光の国とも言われ、光魔法の使い手が多くいた。
最も優秀だった光の魔導士が建国の祖であり初代国王。
王家は優秀な光魔法の使い手を代々輩出してきた。
現国王も光の魔法使いだけど、光の魔導士ではない。
王国最強だった光の魔導士の子孫が王位を世襲しているだけで、代々の国王の全員が王国最強の光の魔導士ということではないし、王国最強の光の魔導士が王位につけるということでもない。
亡くなられた前王妃の息子である王太子も光魔法を使えるけれど、やはり魔法使いのレベル。
成長するとともに光よりも水、現在は風魔法と得意な属性が変化しているらしい。
でも、アルード様はずっと光魔法が得意。
魔法学院を卒業すれば正式な光の魔法使いになれるし、より高度な光魔法を使いこなせるようになれば、光の魔導士になれる。
だからこそ、第二王子であっても非常にもてはやされていて、アルード様が王太子になるべきという意見もあるし、アルード様に子どもを多く作ってもらい、優秀な光魔法の使い手を増やそうという意見もあるらしい。
そう言った視点で考えると、アルード様の相手にふさわしいのは光魔法の使い手。
アヤナは同年齢かつ魔法学院に特待生として入学できるほどの実力を持つ光魔法の使い手であるため、密かに婚約者候補の一人に挙げられているというのも納得。
「エリザベートは雷が得意なのね」
資料のおかげで知ることができた。
ハウゼン侯爵家はとても古い家柄で、元々は伯爵位だったけれど、功績を上げたことにより侯爵家に格上げされた。
ハウゼン侯爵家は王太子派なので、最初は王太子の婚約者候補の一人だった。
でも、王太子は成長すると水魔法が得意になった。
そうなると、反属性である雷魔法の使い手との縁組はよくない。
両親の得意な魔法が反属性だった場合、その子どもは親の魔力特性を受け継ぎにくく、中途半端な能力になりやすい。
最悪の場合、魔力がない子どもが生まれてしまうこともあるという。
そのため、反属性の魔法使い同士を政略結婚でくっつけることはありえない。
優秀な魔法使いを輩出したい王家や貴族にとっては禁忌の組み合わせ。
それでエリザベートは第二王子の婚約者候補に変更されたらしい。
「それからマルゴット・ブランジュ」
ブランジュ伯爵の孫。
父親は当主の跡継ぎが名乗る子爵なので、ブランジュ子爵令嬢を名乗っている。
「レベッカも予想候補なのね」
アクアーリ伯爵の孫。
父親は当主の跡継ぎが名乗る子爵なので、アクアーリ子爵令嬢を名乗っている。
クラスメイトで、私のグループに入っている。
私を入れると、有力な婚約者候補が五人いるということになる。
「グループを作っているのは三人」
私、エリザベート、マルゴット。
食堂の席取りをグループでするため、他のグループがどのぐらいあるのかについてはなんとなくわかっている。
私のグループは身分に関係なく友人を作るという宣言が効いたのか、貴族も平民もいるので人数が多い。
エリザベートのグループは上級貴族がメインで、その縁戚や知り合いなどの下級貴族がちらほら。身分主義者なので、平民はグループに入れないと決めている。
マルゴットは自分と数人だけが上級貴族で、一番多いのは下級貴族。
平民も入れているけれど、縁戚や特別なつながりのある知り合いのみで多くはない。
私のように魔法学院で出会っただけの平民は対象外だと聞いた気がする。
「最低限、特級のクラスメイトという立場だけは守らないと……」
圧の強い両親が何をするかわからないので怖い。
「婚約者候補だと必然的に他の婚約者候補とぶつかることもあるわけで……」
魔法学院での生活自体は楽しい。
でも、アルード様の婚約者候補という立場で見ると、楽観できる状況ではない。
最近何かとちょっかいを出してくるエリザベートのせいで、嫌な予感しかしなかった。
「レベッカが友人として同じグループにいるのは心強いし、アヤナとも一応は協力しあえることになっているし……気になるのはマルゴットね」
マルゴットは上級クラスにいるため、基本的に会わない。
エリザベートは親しくしている友人やグループの人が上級クラスにいるため、休み時間に会いに行く。マルゴットと遭遇していそうだった。
「エリザベートとマルゴットの関係はどんな感じなのかしら?」
私とエリザベートの関係はとても悪い。
でも、エリザベートがマルゴットとも同じように仲が悪いとは限らない。
「全然気にしていなかったけれど……調べないとね」
あくまでも両親が調書として用意したのは基本的な情報や過去の情報。
魔法学院に入学する時点でわかるような情報はあるけれど、通学するようになってからの情報がほとんどない。
それは私が自分で調べるしかないということを示していた。