83 空席交代
ランチタイム。
私とアヤナは双子と一緒にランチを食べていた。
常にイアンかレアンがベンチを確保しに行ってくれるし、アヤナと話す時間は屋敷でいくらでも作れるので、魔法学院内で二人だけで過ごす意味はあまりない。
婚約者候補でなくなったことを心配している人、様子を見ている人が大勢いるので、悪い噂をばらまかれないための予防策として他の人とも交流しておくほうがいいと思っていた。
ところが。
「今日はアルード様と一緒に食べるわ、誘われているのよ」
突然、アヤナが言い出した。
「えっ! どうして言ってくれなかったの?」
「言い出しにくくて。でも、双子と一緒なら一人にならないから安心だわ」
「でも、今日は」
「いいの! だってそれはルクレシアの手柄だもの。きっとイアン様もレアン様も喜ぶわ」
「だけど」
「私はアルード様の婚約者候補よ? 誘いを断れるわけにはいかないの。それに私を邪魔だって思っている人だっているはず。アルード様と結婚しないなら自分とって思っている男子がいることに気づくチャンスかも?」
それってまさか……。
「イアン様、ルクレシアのことは任せるのでよろしく!」
アヤナは食堂の方へ行ってしまった。
「じゃあ、行こう。任されたからね。バッチリエスコートするよ!」
私はため息をついたあと、イアンと一緒にベンチを確保しているレアンのところへ向かった。
「はい、どうぞ」
サンドイッチを交換するのが習慣になっていた。
でも、双子のサンドイッチはいつも同じ。
コランダム公爵家のサンドイッチが日替わりで野菜も肉も取れるので、自分たちのサンドイッチはデザート替わりだと思っていた。
チョコレートサンドは美味しい。でも、さすがに毎日というのはどうかと思い、私は別のチョコレートサンドを考えた。
「これはチョコレートクランチのサンド」
イアンはナッツ入りのチョコレートが好きなので、ピーナッツバターを使っていた。
でも、私はピーナッツとコーンフレークを砕いたものも合わせ、クランチチョコレートの味と触感を出すことにした。
「それからチョコクリームサンド」
レアンはチョコレートが好き。混ざり物があるのは好まない。
でも、ミルクチョコレートは大丈夫。
なので、生クリームとチョコレートを合わせたチョコクリームであれば平気ではないかと思った。
「試食してくれる?」
「食べたい!」
「僕も!」
二人は真っ先に私が持って来た新しいチョコレート系サンドイッチにかぶりついた。
「美味しい!」
「美味しいね!」
二人の目がキラキラと子どものように輝いていた。
「僕たちのために新しいチョコレートのサンドイッチを考えてくれるなんて!」
「僕たちの好みをちゃんとわかってくれている。ルクレシアは本当に優しいね!」
「毎日同じサンドイッチなのはちょっとって思っただけよ。でも、これを作るのは簡単だわ。料理長にも説明しやすいから、これにしてって言いやすいでしょう?」
「そうだね。ピーナッツとコーンフレークだし」
「生クリームに合わせるだけだしね」
二人は早速帰ったら料理長に話すと言った。
「でも、チョコレートだけではダメよ。栄養が偏るわ。こっちも食べてね」
野菜と魚が挟まったサンドイッチを取り出した。
「今日は魚なのか」
「魚はちょっと……」
「頑張って! ちゃんと食べたらチョコレートプリンをあげるわ」
「チョコレートプリンだって?」
「食べたい!」
双子はやや苦手な魚のサンドイッチに挑戦。
淡白な白身に濃厚なソースがついていたこと、骨をしっかりと全部取って食べやすくしたこともあり、これなら食べることができると言ってくれた。
そして、全部食べたのでチョコレートプリンを食べる権利も取得。
「美味しい!」
「最高のプリンだよ!」
幸せそうな二人の顔を見て、私も幸せな気分になった。
翌日のランチタイム。
アヤナはまたしてもアルード様と一緒で、その空席をカーライト様が埋めた。
風属性の授業で双子と話をしていて、自分も一緒に食べようと思ったらしい。
「カーライト様のお弁当が気になります」
「特別なものはない。普通のものだ」
見るからにボリュームたっぷりのステーキサンドイッチだった。
「ぜひ、食べてみてほしい。ルクレシアのために小さいサイズを用意した」
「ありがとうございます」
サンドイッチの交換会が行われた。
「美味しいです」
「分厚いのに柔らかい!」
「良質なものを食べているよね!」
カートライト様は代々風属性の騎士の家系。
そのため、魔法だけでなく剣などの武器の使い方も習う。
大柄の体格や筋肉を維持するため、食事についても気を遣っているとのこと。
「実はルクレシアに頼みがある」
「なんでしょうか?」
「以前、勉強会の時に食べたケーキが忘れられない。風のように軽やかなケーキだ」
「シフォンケーキですね」
「似たものを作らせたが、全然違う。双子に聞いたところ、好みのサンドイッチやデザートを用意してくれると聞いた。あのシフォンケーキを持ってきてくれないだろうか?」
ランチに参加したのはシフォンケーキを食べたいからであることがわかった。
「わかりました。パティシエに聞いてみます」
「ぜひ頼む!」
明日のランチもカートライト様が一緒することが決まった。
今日はカーライト様がベンチを確保しに行った。
アヤナはいるけれど、イアンもレアンもいない。
空席を埋めたのはベルサス様だった。
「双子はアルード様と一緒です。ずっとルクレシアたちと食べているので招集されました。代わりに私がここに来ました」
なるほど。
「お腹が空いたわ! 早く食べましょうよ」
全員でサンドイッチを交換した。
私はカートライト様のリクエストのシフォンケーキをデザートとして持って来た。
「どうぞ」
「ルクレシアに感謝する!」
カートライト様はあっという間に食べてしまった。
「全然足りない……」
「そう思ってレシピを持ってきました。焼き加減が難しいのですが、成功すれば同じものが作れると思います」
「いいのか? パティシエが嫌がったはずだ」
「シフォンケーキ作ったのはパティシエですが、レシピを教えたのは私なのです」
彼に尽くすため、お弁当やお菓子作りに励んでいた。
そのことがこんな形で役立つとは思ってもみなかった。
「カーライト様は魔法や剣術の練習をするのでお腹が空くはず。シフォンケーキを食べて頑張ってください」
「わかった」
カートライト様は私から受け取ったレシピを大事そうに見つめた。
「シフォンケーキを家族や友人知人にもふるまいたい。問題ないだろうか?」
「大丈夫ですよ。レシピを公開してくださっても構いません。みんなで美味しいお菓子を食べればいいだけですから」
「寛大ねえ」
「ルクレシア、話があるのですが、聞いてくれませんか?」
「どのようなお話でしょうか?」
「私には妹がいるのですが、生まれた瞬間から病気です。魔力放出症なのです」
私がかかったのと同じ病気だった。
「赤子や幼子は魔力量が多くありません。魔力がなくなるほど体力もなくなります。魔力放出症になってしまうと、ただ寝ているだけであっても過労状態や衰弱状態になってしまい、死んでしまうことが多くあります」
なんとかビビが生き延びてくれるように手を尽くしてきた。
しかし、未だに完治はしていない。
一日中ベッドで過ごすビビは、もう病気が治らないと諦めてしまっている。
でも、この病気は魔力が成長するとともに自然に治癒する可能性がある。
私は短期間で治癒した話をすると、ビビは、私に会ってみたいと思うようになったらしい。
「ビビに会ってくれませんか? 魔力放出症は不治の病ではありません。自然に治癒する可能性があることを話してほしいのです」
家族はずっとビビが自然治癒する可能性を信じ、ビビにもそう話していた。
でも、ビビはだんだんとその話を疑うようになり、もう治らないことを家族が隠していると思うようになってしまった。
白魔導士や魔法医の言葉も信じない。延命するための口合わせだと思っているらしい。
「私も両親も嘘はついていません。ルクレシアから話をして、希望を持つように言ってくれませんか?」
「わかりました! お見舞いに行きます!」
週末にジーヴル公爵邸へ行くことになった。




