82 悪役令嬢失格
レベッカが新しいグループを作った時、私のグループを乗っ取ったという噂が流れてしまった。
だけど、エリザベートやマルゴットが自分のグループの人に誤解であることを話した。
レベッカも、私が婚約者候補でなくなったことに対する悪影響から守るため、元グループメンバーを自分のグループに入れたと説明した。
私も自分からレベッカに頼んだことを説明したので、乗っ取りではないということを理解してくれる人が増え、状況が落ち着いた。
「レベッカは大躍進ね」
屋敷に帰って来た私とアヤナは二人でお茶の時間を一緒するのが恒例になっていた。
「まあ、レベッカの人柄というよりは、婚約者候補になったのが大きいけれど」
誤解が解けたこともあり、レベッカの評判と人気は高まる一方だった。
「レベッカは頑張っているわ。応援してあげないと」
私がそう言った途端、アヤナは眉を上げた。
「ちょっと待って。それはまずいわよ?」
「どうして?」
「ルクレシアが応援するのは妹の私。妹のライバルを応援してどうするのよ!」
都合のいい時だけ妹を主張するアヤナ。
「アヤナはアルード様を狙わないって言ったでしょう? 別の推しがいるのよね?」
「そうだけど、ちょっと検討中」
「もしかして、アルード様を狙うの?」
「そうじゃないけれど、婚約者候補になったからには無礼にならないようにしないと。コランダム公爵家に迷惑がかかってしまうわ」
「ああ……そうね」
「私がアルード様を狙っていないことは魔法学院中で知られているわ。全然身分が違うし、私自身否定してきたから。なのに、婚約者候補になるなんて!」
これまでのアヤナの言動から、スピネール男爵家がアヤナを婚約者候補にしようと画策したわけではないことも、王家が独断で追加の婚約者候補を決めたことも知られていた。
「ありがた迷惑よ。だけど、常識的には大幸運、光栄だって言っておかないとね。でないと王家に無礼だって攻撃されて、社会的に抹殺されてしまうわ!」
それはわかる。私も同じように悩んでいた。
「でも、いいこともあるわ。私のことを悪く言っていた人たちの言動が変わったことね。コランダム公爵家が後見人になったから、ゆくゆくは公爵令嬢、王子妃って思っている人もいるはず。なんてったって私は同世代で最も優秀な光属性の使い手よ。これほど王子妃にふさわしい女性はいないわ!」
「そうね」
「だから、しばらくはこの流れに乗ろうと思うのよ。なんとなくだけど、ようやく主人公になってきた感じがするのよね」
アヤナには推しがいるので、最も正当な攻略対象者だと言われているアルード様のルートを選ばないことにした。
孤独になることで心配した攻略対象者の男子が話しかけてくれるはずだったけれど、ゲームのようにうまく進行しなかった。
一方、悪役令嬢のルクレシアは子どもの頃からアルード様が好きだと公言していて、ライバルの主人公をいじめるはずだった。
でも、アヤナはアルード様を狙っていない。ルクレシアの中身も私になっているので、アルード様を狙っていない。
ライバルとして対立するどころか、転生者同士で情報を提供し合ったり相談し合ったりする仲の良い関係になってしまっている。
そこでゲーム通りに進むための補正として、ルクレシアが一時的に主人公の立ち位置になった。
主人公もその友人として同じようにイベントなどに参加。
大まかにみれば、ゲーム通りの進行になっている。
そして、途中でルクレシアが病気になることで婚約者候補から脱落。
代わりに新しい婚約者候補として主人公が選ばれる。
これで主人公がアルード様ルートを選んだかのような状況になり、二年生は同じ光属性の授業でより仲良くなるためのイベントが発生していく。
「これが私の見解よ」
「まるでアヤナとアルード様をなんとかくっつけようとしているみたいね?」
「突然、王家の独断で婚約者候補になるなんておかしいわ。それこそゲームシステムによる強制的なシナリオ修正みたいじゃない?」
そうかもしれないという気がしてきた。
「でも、アルード様と関わることで推しと関われるようになるかもしれないわ」
「そうなの?」
「まだまだわからないけれど、推しのルートになれるよう頑張るわ!」
「頑張って! 応援するわ!」
「ルクレシアもね。恋でも魔法でもいいのよ。自分の人生を楽しまないと損よ!」
「そうね」
「ああ、そうだわ。弟の情報、聞いておいたわよ」
「さすがアヤナだわ!」
ルクレシアはすでに事情を知っているはずなので、私から両親や使用人に弟のことを聞くことができないでいた。
でも、アヤナは違う。
コランダム公爵家に住むことになったので、どうして弟がいないのかを使用人に聞き、両親にも挨拶しなくていいのか聞いたらしい。
「領地にいるらしいわ」
ルクレシアの弟――ルーシェは生まれつき尋常ではない魔力の持ち主。
そのせいで魔力のコントロールが難しく、ちょっとした感情に魔力が結びついて暴発してしまう。
魔法事故を防ぐため、魔力を自分でコントロールできるようになるまでは領地から出さないことになった。
現在は領地にある学校に通い、講師から魔力制御や魔法について学んでいるということが説明された。
「将来的には魔法学院には入れたいから、それまでに魔力制御を徹底的に教え込むって」
「それで王都の屋敷に住んでいないのね」
「コランダム公爵は領地に行った時に会っているみたい。でも、ルクレシアは学校があるし、婚約者候補として王家に呼び出されるかもしれないから、王都にいないとダメなの。だから、公爵夫人は必ず王都にいるようにしていたみたいよ」
「お父様が時々領地に行くのは知っているわ。私やお母様が一緒に行かないのは、学校があることや婚約者候補として呼び出される可能性を考えてのことだったのね」
家族の事情がわかったことで、私は少しほっとした。
「でも、私は婚約者候補ではなくなったわ。領地へ行って弟に会えるかも?」
どんな弟なのか気になる。
会って見たかった。
「ルクレシアはそうかもね。でも、公爵夫人は無理だわ」
「どうして?」
「私が婚約者候補だからに決まっているわ! 王家に呼び出されるかもしれないでしょう?」
忘れていた。アヤナのために両親のどちらかが王都にいなければならない。
お母様が担当しているのは、支度とか作法とか女性でないと対応しにくいことがあるからだと思った。
「弟に会える機会があったら、情報をしっかり収集するのよ?」
「そうね。アヤナも一緒に行けるようなら弟と仲良くしてね?」
「それはどんな人物かによるわ。ルクレシアの弟はゲームに出て来ないから、全然知らないのよね」
「でも、魔法学院に入学する年齢になれば王都に来るわよね」
「魔力制御ができるようになっていればそうね」
「弟に会えるのが楽しみだわ! これまで会えなかった分、たくさん優しくしてあげないとね!」
アヤナはじーっと私を見つめた。
「どうしたの?」
「ルクレシアは優しいわ。中身がね。悪役令嬢失格だわ」
「そのほうが嬉しいわ。婚約者候補ではなくなったし、悪役令嬢を務める必要はないはずよ」
「そうね。主人公の取り巻きその一かもね」
その二がいるのだろうかという疑問については、あえて聞かなかった。




