08 魔法の授業
日々が過ぎていく。
魔法学院での生活にも慣れ、勉強も順調、友人もたくさんでき、学生らしい時間が過ごせている。
ルクレシアとして過ごす学生生活は新しい。
何よりも魔法を使うことができ、便利でより強力な魔法を使うための勉強ができることに喜びを感じていた。
「さすがですね。優秀です」
魔法の授業では褒められてばかり。
私がルクレシアになることで魔法がうまくできなかったらどうしようと心配していたけれど、その必要はなかった。
なんとなくできてしまう。普通に。簡単に。失敗しない。
才能があると言えばそれまでだけど、悪役令嬢の能力はすごいと聞いていただけに、魔法についてはルクレシアに転生して良かったと心底思っている。
「できない者はできるよう励むように。では、訓練時間を設けます」
「ルクレシア様、少し教えていただいても?」
「どんなことかしら?」
「発動しません。どうすれば発動するのか教えていただけないでしょうか?」
「とりあえず、見ているからやってみてくれる?」
「はい」
呪文を唱えるけれど、魔法は発動しなかった。
「才能がないのでしょうか?」
魔法学院に入学できた以上、才能はある。
でも、どの程度の才能があるのかはわからない。
徐々に高度な魔法を習っていく過程で、習得できるかどうかの個人差は必ず出てくる。
「魔力が問題ね」
「魔力が少ないということでしょうか?」
「そうではなくて、魔力と呪文が結びついていないのよ。ただ言葉を発するだけで魔力が勝手に反応してくれると思う?」
「違うのですか?」
違う。
少なくとも私はそう思っている。
「魔法を使うには意図的に魔法を使うということが重要なのよ。魔法と魔力はセットなの。これはわかるかしら?」
「わかります。魔法を使うには魔力が必要だということですよね?」
「そうよ。だけど、それだけではダメなの。魔法と魔力を結び付け、なおかつ魔法を発動させるものが必要なのよ。それが呪文というわけ」
例えるならば、魔法は機械。魔力は燃料。呪文は起動装置。
機械だけあっても、燃料がなければ機械は動かない。
燃料があっても、機械に送ることができなければ、やはり機械は動かない。
機械と燃料を結びつけるもの――起動装置が必要になる。
「貴方が口にしているのは呪文ではなくてただの言葉。だから、発動しない」
「でも……教えられた通りに唱えています」
「魔法の発動をイメージしている?」
「……しています」
していない。あるいは不十分。間違っている。
「先生や私が手本を見せたでしょう? あれは魔法が発動するのを見せることで、魔法が発動するイメージを浮かべやすくするためにしているの。それをしっかりと見ていたのであれば、イメージはつかめるはず。それと同じことを自分でするために呪文を唱えるだけ。わかるかしら?」
「なんとなく」
「よく見ていなさい。魔法が発動する瞬間を」
私は魔法を発動させた。
「見たわね?」
「見ました」
「時間をあげるから、頭の中で魔法が発動する瞬間を思い浮かべてみなさい。今見たばかりだから、できるはずよ」
「はい」
生徒は目を閉じた。
「思い浮かべることができた?」
「できました」
「では、目を開けて。もう一度同じことを思い浮かべるの」
生徒は目を開ける。
集中していることがわかる表情になった。
「魔法が発動する瞬間を思い浮かべながら、呪文を唱えなさい」
生徒が呪文を唱える。
すると、魔法が発動した。
「できました!」
「今教えたこと、イメージ、感覚を忘れないように」
「はい! ありがとうございます!」
教室に驚きが広がり、同じように目をつぶる者が続出した。
そして。
「できた!」
「できました!」
「ルクレシア様のおかげです!」
私が教えた方法を取ることによって成功者が一気に増えた。
「さすがルクレシア様。魔法も教えるのも上手です」
そう言って笑みを浮かべたのはアヤナ。
「私は先生の教えてくれた通りにしただけよ。先生が教えてくれなければ、私も成功できていたかどうかわからないわ」
「先生に教えられなくても成功しそうですけれど」
「魔法は奥深いのよ。私に才能があるとしても、いずれつまずく時がくるわ。できるかぎりつまずかないように、先生の教えを見逃さないようにしないとね」
「そうですね」
「アヤナはできたの?」
「できました。ご心配なく」
「特級でも意外と失敗者が多いのね。これから先どうなるのか」
「特級クラスとはいっても、入学試験の総合成績による評価。魔法の成績だけ見ると、特級ではない者もいるので」
なるほど。
「ルクレシア様は間違いなく特級です。魔法でも」
「アヤナもそうではなくて?」
「実践はあまり自信がありません。知識で補っています」
「そうなのね」
アヤナはいつも本を読んでいる。
カバーがついているために何の本なのかはわからないけれど、魔法関連の本なのかもしれない。
「アヤナはよく本を読んでいるわね。魔法関連の本なの?」
「そうです」
「貸してあげましょうか?」
私は思い切って提案した。
「貧乏でしょう? 家に魔法関連の本が多くあるとは思えないわ」
アヤナのリクエスト――ルクレシア・コランダムらしくするというのに応え、悪役令嬢らしくふるまってみた。
アヤナは嫌そうな表情を見せる。
「ありがとうございます。でも、お気持ちだけで。図書室で借りていますので大丈夫です」
「そう」
「ですが、どうしても借りられなさそうな本がある場合は、もしかしたらご相談するかもしれません。よろしいでしょうか?」
応じてくれた!
「構わないわ。魔法学院を無事卒業するためには手段を選ばないほうがいいわよ。選べるような立場ではないでしょう?」
「おっしゃる通りです」
うまくいったわ!
魔法関連の本を理由にして、私とアヤナが会ったり話したりする時間が作れると思った。
「さすがルクレシア、優しいのねえ」
割り込むように言ったのはエリザベート。
「無事卒業できるといいわね、スピネール男爵令嬢?」
学校内では貴族としての呼称を使わなくてもいいことになっている。
それなのにあえて男爵令嬢と呼ぶのは、侯爵令嬢である自分より下であることを強調するため。
つまりは嫌味。
「そうですね」
アヤナは平然としていた。
嫌みは効果なし。
「ルクレシアもね」
「私もですって?」
私は瞬時に眉を上げた。
「私が卒業できないとでもいうの?」
「あくまでも可能性の話よ。絶対とは言えないでしょう?」
「絶対に卒業するに決まっているわ!」
そして、正式な魔法使いとしての資格を取る。
ゆくゆくは魔導士になるつもりでもいた。
「自信があるのね。でも、特級クラスであり続けることができるかしら?」
エリザベートは挑発的な笑みを浮かべた。
「どれほど魔法が得意でも、クラス分けは総合成績。他の教科も得意でないとね?」
「エリザベートこそ、特級クラスであり続けることができるのかしら? お手並み拝見ね」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ!」
悪役令嬢らしさを全開にして、私はエリザベートと睨み合う。
敵対する相手は主人公のアヤナ・スピネールではなく、エリザベート・ハウゼン。
アルード様の婚約者候補同士だけに、争うのはおかしくない。
「訓練時間はここまでにします。発動できなかった者は発動できるよう練習をしておくように」
冷静な先生の声がして、授業が終わった。
エリザベートは取り巻きたちを連れて教室を出ていく。
「負けないでくださいね?」
珍しくアヤナから応援の言葉がかけられた。
「負けるわけがないわ!」
気合をいれまくる私に、友人たちが駆け寄ってくる。
「ルクレシア様が勝つに決まっています!」
「そうですわ!」
「応援しています!」
「私も!」
教室に残った生徒から応援の言葉をかけられて嬉しくなる。
だけど、応援してくれるのは女性の生徒ばかり。男性の生徒は何も言わない。
私はアルード様のほうに視線を向けた。
アルード様は私が見ているのに気付いたけれど、にこりともしない。
冷静な表情まま。
「移動する」
ベルサス様やカーライト様たちと共に教室を出て行った。
それに男子生徒が続く。
静観でしょうね……。
婚約者候補たちの争いに口を出すことはない。
なぜなら、アルード様は中立。
それは結局のところ、婚約者候補の中にアルード様の心を動かす者がいないということを示している気がした。