76 祝宴
夜は狩猟の成果を祝う宴会が開かれた。
森を焼いたことで魔物や通常動物を移動させ、奥地に狩猟場を作り出した。
おかげで昨日や一昨日とはうってかわって魔物や通常動物と遭遇する状況になり、狩猟の参加者は大成果を上げたという。
男子たちも王太子殿下に与えられたノルマを達成したため、全員が満面の笑顔を浮かべていた。
アルード様は特別に設けられた王族席で王太子殿下の隣に座り、話し相手を務めていた。
「大賑わいって感じね」
大広間には騎士や魔導士もいて、祝宴に参加していた。
「お酒が入っているから?」
「狩猟は大成功! 喜ぶに決まっているわ!」
「そうよ! 王太子殿下のためにも全力でお祝いしないと!」
「静かな宴会では盛り上がりません。それでは王太子殿下が楽しめません」
王太子殿下に楽しい時間を過ごしてもらうために、参加している騎士や魔導士が全力で盛り上げているとわかった。
「でも、王太子殿下は機嫌が悪そうよね」
アヤナの言う通り。
王太子殿下はつまらなさそうな表情を浮かべており、アルード様が話しかけているのは機嫌を直してほしいと思っているからのように見えた。
「黙って!」
「静かに!」
「不敬になってしまいます!」
エリザベート、マルゴット、レベッカがアヤナを睨んだ。
「なんでそんなに睨むのよ? 事実を言っただけでしょう?」
「それよりも見て! ごちそうだわ!」
中央にある飲食物コーナーにはベッドサイズのテーブルや大皿があり、山盛りの肉が載っていた。
まるで肉のオブジェといっても過言ではないような状態で、それを騎士や魔導士たちが遠慮なく取っていく。
私は見ただけでお腹がいっぱいな気分だった。
「狩猟に肉はつきものよね」
「木の実もあります」
別の場所に大皿の上に築かれた木の実のタワーもあった。
「食べたことがあるわ。とても美味しいわよ!」
「軽くあぶって食べるのよね」
「あぶると言えば」
学祭であぶり焼きの担当をした私に視線が集まった。
「どのくらいあぶればいいかわからないわ」
「軽くあぶればいいのよ。食べるのは内側の部分だから」
「外側の皮は食べないから、焦げても平気よ」
「持って来るにしても、浮遊魔法が使えないと無理です」
食事は全て大皿に山盛りで、浮遊魔法を使って上から取っていくスタイル。
騎士も魔導士も浮遊魔法を使ったり、浮いている人が下にいる人に渡したりしていた。
「この中で浮遊魔法を使えると言えば」
またしても私に視線が集まった。
「取って来るわ。五個でいいの?」
「失敗しないならね」
「失敗してもいいように少し多く持ってきたら?」
「わかったわ」
私は席を離れると、木の実のタワーに向かった。
「ルクレシアもいるの?」
レアンが木の実のタワーのところで浮遊していて、下にいる人に投げていた。
「皆で食べてみようって。これってあぶるのでしょう? どのくらい?」
「火を使える人に聞くといいかも」
「わかったわ」
私は木の実を六個取ると、木の実をあぶっている騎士のところへ向かった。
「すみません」
「あぶってほしいのか?」
私は自分でやってみたかった。
「私も火魔法を使えます。どの程度あぶるのか教えてほしくて」
「魔力で物を持ち上げることができるか? 浮遊魔法でもいい」
「どちらもできます」
「それなら簡単だ。軽くあぶる程度でいい」
私が持っていた木の実がふらふらと騎士のところへ飛んでいった。
「よく見ておけ」
空中に火があらわれる。
木の実が近づき、ゆらゆらとあぶられる。周りが少し焦げた。
「この程度だな」
「ありがとうございました」
「持って行け」
あぶられた木の実が私の方へ飛んでくる。
「ありがとうございます」
受け取ろうと手を伸ばした瞬間、木の実はさっと遠ざかった。
「あっ」
私も騎士も木の実の行方を追う。
なんと、王族席のところで浮いていた。
「あれは献上品になったようだ」
「そのようです」
王太子殿下が手をさっと振ると、木の実は近くにいる魔導士のところへ飛んでいった。
いらないみたい?
私は席に戻り、早速自分で木の実をあぶった。
「こんな感じかしら?」
見た目は良い感じにできた。
「誰から毒見する?」
アヤナの毒舌はすでに全開。
「焼けていないとお腹を壊してしまうわ」
「中をみないとね」
「もう少し焦げていても平気では?」
焼いてほしいと言っていた割に、誰もすぐに受け取ろうとしない。
「私が食べるからいいわ!」
そう言い終わらないうちに木の実は飛んでいってしまった。
「あっ!」
またしても王族席のところに浮いていた。
誰かが私の木の実を奪って王族への献上品にしているみたいだった。
木の実はアルード様のところへゆっくりと向かった。
「アルード様のものになったみたい」
「大丈夫?」
「ちゃんと焼いた?」
「生焼けだったらまずいわね」
「アルード様が持っていったのでしょうか?」
アルード様は王太子殿下と話していて、木の実を食べようとはしない。
でも、突然、木の実が真っ二つになった。
それをアルード様と王太子殿下で一つずつ手に取り、話している。
「調べられているわ」
「安全かどうか?」
「焼けてなかったら安全じゃないわね」
「お腹を壊してしまいます」
「しっかり焼いたつもりよ。大丈夫だと思うけれど」
私は次の木の実をあぶり出した。
すると、木の実を持った魔導士がやって来た。
「四つあぶれ。焦げても外側は気にするな。しっかりと中が温まるように焼け。練習だ」
声から言ってアレクサンダー様だった。
「わかりました」
木の実の焦げよりも中のほうに熱が伝わるように気をつけてあぶった。
「一つ目です」
すぐにアレクサンダー様は受け取ったけれど、手では持たない。空中に浮かせている。
「あぶりたての木の実は熱い。お前はローブの効果を発動させていないはずだ。手で持つとやけどをするだろう。必ず浮遊状態で受け取れ。それができない者は皿にもらえ。手で持ってもいい温度に調整するほど、ルクレシアはこのようなことに慣れていない」
アレクサンダー様が来た理由がわかった。
木の実をあぶってほしかったわけではない。
私がうまくあぶれるようにするためと、やけどをしないように説明するためだった。
もしかすると、さっきも私が熱い木の実を素手で受け取ろうとしたので、やけどをすると思った人が木の実を飛ばしたのかもしれない。
「ありがとうございます。気をつけます」
やがて、アレクサンダー様は行ってしまった。
四つの木の実を浮かせたまま移動できるなんて、さすがというしかない。
「あの魔導士ってエリ」
「ストップ!」
アヤナの言葉をさえぎるようにエリザベートが叫んだ。
「魔導士の素性について話してはいけないのよ!」
「顔を隠している意味がなくなってしまうわ!」
「公の場では絶対にダメです!」
マルゴットもレベッカもダメ出しした。
「そうなのね。知らなかったわ」
「アヤナは王宮の魔導士のことなんか知らないでしょうね。でも、常識よ!」
「そうよ!」
「忘れないように。処罰されてしまいます」
「処罰されるの?」
アヤナは驚いた。
「そうよ。だって、違うと言うのは簡単だけど証明できないでしょう? 顔を隠しているわけだし、フードを取ることもできないわ」
「誤解を招く要因になってしまうわ」
「失敗を誰かになすりつけることにも使えます。ですので、素性を口にしていけません」
結構厳しいルールがあるようだった。
「じゃあ、もし誰かに教えてしまったらどうなの?」
「勝手な予想というだけね」
「公の場で発言しなければいいの。こっそり自宅で家族と話すことはできるわ」
「魔導士の素性がわかっても、名前を呼んではいけません。魔導士様と呼びます」
えっ? そうなの?
私は驚いた。
「でも、魔導士が指定した名前ならいいってこともあるわよ」
マルゴットが言った、
「それは本名じゃないから」
エリザベートが付け足した。
「魔導士として使っている名前の一つなのよ。それなら誰なのかわからないでしょう?」
「名前の一つって……たくさん名前を持っているの?」
「仕事に合わせて使っている名前が違うって聞いたわ」
「結構自由らしいわよ」
「好みの名前でいいと聞いたことがあります」
話が盛り上がる中、私は全員分の木の実をあぶった。
「できたわよ」
アレクサンダー様の言う通り、お皿に載せた。
「冷めた?」
「持っても大丈夫?」
「カトラリーを使うか、ローブの効果を発動させればいいわよ」
「いざという時はアヤナの回復魔法で」
私も自分の分をナイフとフォークで切ってみた。
湯気がでてくる。
内側には白いふわふわとしたものがあり、美味しそうな匂いがした。
「大丈夫そうね!」
「さすがルクレシア!」
「あぶり名人ね」
「安全そうです」
みんなで一緒に木の実のあぶり焼きを食べた。
「美味しいわ!」
初めてあぶった木の実だけど、美味しくできたと思う。
アレクサンダー様に感謝しないと! でも。
私は王族席に目をやった。
最初に焼いた木の実は王族席のほうへ飛んでいき、二つに割れた。
王太子殿下とアルード様で持っていて、ちゃんとは見ていなかったけれど、食べたのかもしれない。
どうかお腹を壊しませんように……。
王族に何かあったら大変なので、私は無事であるよう祈った。




