75 薪作り
今日は狩猟での実践練習をするはずだった。
でも、予定が変わったらしい。
その理由はというと。
「兄上が来た」
王太子殿下が来たと聞いたベルサス様、カーライト様、イアンとレアンは明らかに意気消沈。
エリザベート、マルゴット、レベッカは明らかに喜びでいっぱい。
アヤナは緊張した面持ちだった。
「昨日の狩猟同行は森林地帯の調査も兼ねていた。予想以上に魔物と遭遇しなかった理由として、森林地帯が広がっているからだと判断された」
森林地帯が広がるほど魔物の生息域も行動範囲も増える。
一度森林地帯を焼き、魔物の生息域と行動範囲を狭める。
そして、魔物をできるだけ多く狩るという作戦になったことが説明された。
「魔導士たちが魔物を森林地帯から出さないように準備をしている」
森林地帯の外郭にある木を伐採することでバリケードのようなものを作っているらしい。
もちろん、それを越えることができる魔物もいる。
だけど、森林の外にどうしても行きたいと考えなければ、魔物がバリケードを突破することはない。
森林地帯に引き返す。それを狩るということだった。
「男子は予定通り狩猟に参加して実践練習をする。成果を出すよう兄上から言われた」
「やはり……」
「そうだと思った……」
「王太子殿下は厳しいから……」
「ノルマが気になるよね……」
男子たちが意気消沈していたのは、王太子殿下に狩猟の成果を上げるよう言われるのがわかっていたからだった。
「女子は昨日の同行で攻撃魔法の練習が足りないと判断された。城に残って魔法の練習をしろ」
狩猟に行かなくていいのね!
ホッとした私と違い、四人の女子は明らかに意気消沈だった。
「王太子殿下と狩猟に行けると思ったのに!」
エリザベートは不機嫌全開だった。
私たちがいるのは外。
古城の近くにある木々は全て伐採されており、横倒しになっていた。
これは昨日の森林火災による被害が古城に及ばないようにするためであり、逃げた魔物や通常動物が古城の方に来ないようにするための簡易バリケートでもある。
「しかも、薪作りだなんて!」
女子に対する課題は倒れている木に魔法を使い、薪にする課題を出された。
風魔法が使えれば、風魔法で木を適当なサイズに切断できる。
でも、ここにいる五人の中に風魔法を得意とする者は一人もいなかった。
「エリザベートの母親は風の系譜でしょう? 使えないの?」
「風魔法は使えるわ。でも、こんな大きな木を切るなんて無理よ!」
風魔法の基本は風を起こして操ること。
それを活用して何かを切断することはできるけれど、必要な部分だけを綺麗に切るのは難易度が高いとのこと。
「ルクレシアはできるの?」
「まだよ。風を起こして操るほうの練習が先でしょう? 浮遊魔法ばかり練習していたし、病気にもなってしまったあとは練習もほとんどしていないの」
「どうやって木を薪にするの?」
全員が考え込む。
「斧の代わりになるものを作ればいいのでは?」
レベッカは氷で斧を作った。
「でも、持ったら冷たそう」
「溶けない?」
「斧に見えるけれど、本当に斧みたいに使えるの?」
「試します」
レベッカは斧を持ち上げようとするが、重くて持ち上がらない。
「重すぎました……」
氷の斧の形をしただけのオブジェだった。
「小さくしなさいよ」
「そうよ」
今度は小型の斧を作り、木のところへ行く。
片手で持てる重さだけど、力を入れるために両手で持って振り上げる。
「やります!」
レベッカが斧を木にたたきつけた。
バリンッ!
氷の斧が砕けた。
木はほぼ変化なし。ちょっと傷ついただけだった。
「やっぱり大きいのでないとダメでしょうか?」
「そもそも切れ味がないわよね?」
「氷の塊をぶつけただけよね」
「鋭利に作るなんて考えたこともありません。でも、それが勉強になるということかもしれませんね」
レベッカは本物そっくりの斧を氷で作ってみることにした。
「土で作れないかしら?」
マルゴットは土魔法が得意。なので、氷の代わりに土を使うことを思いついた。
「土?」
「鈍器にしかならないわよ」
「土魔法は硬化の性質があるわ。昔の人は木の棒に石をつけて斧にしていたのよ!」
石斧ですね。
「石の部分は土でもいいでしょう?」
「石は石よね?」
「土属性の物質といいたいの?」
「金属系よね?」
「土を石のように固くするのよ! とにかく、私は土魔法でなんとかしてみるわ!」
マルゴットは土魔法を駆使して、石斧のようなものを制作することにした。
「アヤナはどうするの?」
主人公かつゲームの知識がある。もしかして何か知っているかもしれないと私は思った。
「魔法の練習をするわ」
アヤナは手を上げた。
「私は女子総合順位の一位よ! 五位のルクレシアに負けるわけにはいかないわ!」
アヤナの手に集まるのは光。
気合を入れて光魔法で攻撃するようだった。
「貫け!」
細長い槍のような光が飛んでいく。
木に当たった。
攻撃魔法は当たると消えてしまうけれど、槍がささったような跡が残った。
「何度も同じ場所に当てれば、いつかは向こうに突き抜けるはず。いつかは半分にできるかもしれないわ」
「貫通させるわけね! それなら私にもできそうだわ!」
エリザベートは雷魔法で同じようにすることにした。
「貫け!」
「貫け!」
光魔法と雷魔法が木に向かって放たれる。
残ったのは私一人。
「攻撃なら火魔法でできるけれど、燃えたら薪にできないし……」
火属性は使い勝手が悪い。他の属性よりも活用しにくい。
私は頭を抱えるしかなかった。
魔導士が来た。
「集まれ! 課題はできたか?」
もちろん、できていない。全員が。
声からいってアレクサンダー様だった。
口調がイラついているように感じるのは普段から怖いせいなのか、それとも狩猟担当ではなく女子のほうを見に行く担当になったせいなのかはわからない。
「どんな方法を考えた? 説明しろ」
レベッカ、マルゴット、アヤナ、エリザベートが自分の考えた方法を説明した。
そして最後に私は風魔法で切れないか試していることを説明した。
「バカか?」
口癖で素性確定。
「課題を一人ずつやる意味があるのか? 全員で協力すれば五種類の方法を考える必要はない。一つでいいはずだ!」
確かにそうですね。
「でも……風魔法を得意にしている人がいません」
エリザベートが言った。
「もっと風魔法を練習しろ! 母親は風の系譜だろう? 魔法学院に入学した以上、甘えは許されない!」
エリザベートは言い返せずにうつむいた。
「だが、魔法で木を攻撃して貫通させるという方法は悪くない。問題はサイズだ」
光魔法や雷魔法は投擲武器で言うなら矢や槍のようなもの。形状が細長い。
「木を一回で貫通する威力も必要だが、幅を太く調整してから放った方がいい。手本を見せる」
アレクサンダー様の手に雷の槍のようなものが現れた。
普通はそれを投げる。
でも、投げない。
どんどん大きくしていく。
びっくりするほど大きなサイズになると、ようやく投げた。
ものすごい速さで雷の槍は木に当たり、突き抜けた。
木と同じような太さの槍だったので、木は二つに切断されたような状態になった。
「こうすればいい。光も同じだ。調整すれば貫通と同時に切断される」
「さすがです!」
エリザベートは感激した表情で拍手をした。
アヤナも幅の調整を忘れていたとつぶやきながら拍手した。
「氷と土は硬化の性質を持つ。授業で習ったはずだろう? 固いものと柔らかいものをぶつけ合った場合、固いものが勝つ。柔らかいものはどうなる?」
「負けます」
「つぶれます」
「砕ける、だ!」
アレクサンダー様は二つに分かれた木の一つを浮遊魔法で持ち上げた。
そして、もう片方に勢いよくぶつける。
轟音が響き渡り、木の幹が砕けてバラバラと破片が落ちた。
「私は木と木をぶつけた。だが、木より固い氷や土をぶつけてもいい。木より固いものであれば、木は砕ける! 薪の材料になる!」
「そうですね!」
「さすがです!」
レベッカとマルゴットが驚きながら、アレクサンダー様を讃えるように拍手する。
私も驚いた。
アレクサンダー様が細かく説明してくれている!
私に教える時もこのようにしてくれたらいいのにと思ってしまった。
「問題はルクレシアだ。火魔法は木を燃やしてしまう。薪を作れない」
その通り。
私の頭では火魔法を使って解決する方法を思いつけなかった。
「一緒に来い」
私はアレクサンダー様と一緒に木の側に来た。
「この木は伐採されたばかりで水分量が多い。魔法の火であれば燃えるが、普通の火では燃えにくいな?」
「そうですね」
「斬ったばかりの木を適度なサイズに切っても、薪として完成されているわけではない。実際はそれを乾燥させてから使う」
「わかります」
「木の水分を奪え。火属性の温度調整の魔法を使えばできる」
私はハッとした。
「具体的に言うと、燃えないように注意しながら魔法で木の温度を上げろ。木の水分が蒸発して乾燥する。極度の乾燥によってひびが入るかもしれない。その状態であれば、他の者が貫通させることも叩き割ることも容易になるだろう。浮遊魔法で木を持ち上げ、地面に叩きつけて砕くのもいい。失敗して燃えてしまった場合、火の温度を下げろ。消火できる。それが無理なら、マルゴットやレベッカに土や氷をかけてもらえ。物理的に消化するということだ。わかったな?」
「わかりました」
感動した。
細かくてわかりやすい説明に。
「ありがとうございます! この課題はまさに魔法練習です。薪を作るという結果を出すことばかりを考えていました。大切なのは自分の得意とする魔法の性質を考えて鍛えることだったのですね!」
「そうだ。だが、ルクレシアは他の方法もないわけではない。それは爆弾系の魔法だ。炸裂の性質を利用する」
「そうですね!」
攻撃魔法を当てて爆発させれば、木の破片が飛び散る。薪のようなものになる。
「水分量が多いからこそ、木は燃えにくい。一部の爆破だけで済むかもしれない。だが、他の方法よりも危険になる」
「そうですね」
「マルゴットもレベッカも自分の魔法を練習したいだろう。地道に乾燥させてみろ」
「わかりました」
「魔法の練習をできる時間を無駄にするな! 結果を出せ!」
アレクサンダー様はそう言って空を飛んでいった。
「やっぱりすごいわ……」
エリザベートは決心したように手を握り締めた。
「もっと大きな雷を作るわ!」
「私の方が大きいサイズよ!」
エリザベートとアヤナは睨み合う。
二人は競い合う相手がいたほうが向上できるタイプだと思うので、丁度いいかもしれない。
レベッカとマルゴットも木よりも固い氷や土を作るという具体的な方法がわかったので、やはりどちらが固いものを作るかで勝負することになった。
「私は地道に乾燥ね……」
みんなとは少し離れた場所にある木で試してみることにした。
燃えないように注意しながら、内部にある水分だけを奪うようにじわじわ温める。
温かくなれば水分が減る。乾燥するということ。
「見て! 乾燥させたわ! これに魔法を当てれば貫通させることも叩き割ることも簡単にできるわよ!」
「見るからに干からびている感じね」
「木のミイラみたい」
「魔物みたいに見えるのは気のせい?」
「水分を奪うなんて……」
私から距離を置く四人。
「どうして逃げるのよ?」
「なんとなく乾燥注意というか」
「ミイラになりたくないし」
「化粧水をたっぷりつけたい気分だわ」
「お水を飲みたくなりました」
警戒されてしまった。
これも私が悪役令嬢のせいなのかと、誰かに聞きたい気分になった。




