71 秘密の話
「魔導士が珍しいチョコレートを手に入れたと言って、プリン味のチョコレートを持って来た。開封済みで包装紙はなかった。だが、私は結界を張るために物体のサイズを瞬時に把握できるよう訓練している。ルクレシアが私に渡そうとした箱のサイズはわかっている。ほぼ同じだ。そして、私の好むプリン味だ。その魔導士はルクレシアに魔法を教えている。私に渡すはずだったチョコレートをあの魔導士に渡したな?」
バレてる! 完全にバレてる!
私は激しく動揺した。
「やはりあの魔導士に最も好意を持っているのだな?」
「誤解です!」
私は叫んだ。
「これには深い深い事情が……」
「すでに結界を張った。誰にも話は聞こえない。深い深い事情を話せ」
「その前にお聞きしたいことがあります。ヴァン様はご存じなのでしょうか? その……私がアルード様に渡そうとしたものをヴァン様に渡したということです」
「魔導士は私と同じ味のチョコレートをもらったのではないかと思い、確認に来た」
ひいいいいーーーーー!!!
「だが、受け取らなかったと答えた。他の者に渡せと言ったことも伝えた」
終わった……完全に終わった……。
私はソファに倒れ込みたくなった。
「使い回しは許せない。だが、王子のために特別なチョコレートを用意したことはわかったと魔導士は言った。そして、それを知ることができた私に恩を着せた」
「申し訳ありません……」
私は正直に全てを話すことにした。
「アルード様にチョコレートを渡せなかったあと、王宮に行ったのです。日頃お世話になっている人にも感謝の気持ちを伝えるためにチョコレートを贈ろうと思って」
「わかっている。魔法を習っている魔導士にも渡そうと思ったわけだな?」
「そうです。忙しいのに魔法を教えてくださるのは本当にありがたいです。チョコレートで感謝を伝えようと思いました。講師の魔導士は二人いるので、二つ用意しました」
「同じものを用意したのか?」
「いいえ。サイズと包装紙は同じですが、中身とリボンを変えました。先に渡した魔導士に、ヴァン様に会えないか、あるいはチョコレートを渡してほしいと頼んだのです」
ヴァン様の性格を考えると、特別なチョコレートを用意したほうがいいに決まっている。
でも、ヴァン様の好みがわからない。変わった味にして気に入らなかったら怒るのは目に見えているので、無難に何も入っていないという意味で普通のチョコレートにした。
そのことを魔導士に話すと、本当に普通のチョコレートでいいのかと聞かれ、迷ってしまった。
魔導士は紙袋にアルード様に渡せなかった箱が残っていることに気づき、本人にどちらがいいか選ばせる方法を提案した。
それなら変わった味のチョコレートが気に入らなくても、普通のチョコレートでも、本人が選んだだけの話。私のせいにはならない。
ありがたい申し出だと思い、二つの箱を魔導士に渡したことを説明した。
「結局、ヴァン様はどちらの箱も自分のものにしたと聞いていました」
一つだけではなく全部というのがいかにも複属性使いのヴァン様らしかった。
「そうか。では、別の魔導士に提案され、渡したのだな?」
「そうです。でも、二つの箱を託すかどうかは私が決めました。なので、魔導士の責任ではありません。提案を名案だと思った私の責任です」
アレクサンダー様に迷惑をかけたくないので、しっかりと自己責任であることは伝えたかった。
「ルクレシアのチョコレートを受け取らず、他の者に渡すよう言ったのは私だ。他の者に渡したことを怒ってはいない」
本当に?
「だが、プリン味という説明をしなかったことについては怒っている。私の気持ちが変わり、チョコレートを受け取ったかもしれない」
やはりプリンの効果は絶大……!
なんとか受け取ってもらうために、プリン味だと猛アピールしなかったことが悔やまれた。
「魔導士がチョコレートを持って来たことで、ルクレシアが私のために特別なチョコレートを用意したことがわかった。直接ではなかったが、ルクレシアの気持ちは受け取る。それを伝えたかった」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
「クラスメイトやグループメンバーにチョコレートを配ったことについても、私は勘違いをしていた。その件については私の落ち度であることを認める」
「といいますと?」
「全員同じ品のように見えたが、実際は中身が違ったようだな?」
「そうです」
見た目は同じ。
だけど、小さなマークをつけておき、中身については種類を分けた。
攻略対象者は病気の時に豪華なお見舞いの花をくれたので、そのお礼として好みに合うチョコレートにした。
それ以外のクラスメイトは四角い形のミルクチョコレートにした。
グループメンバーは全員でまとめて一つのお花を贈ってくれたので、女性が喜ぶようなお花の形をしたミルクチョコレートにした。
見た目から分けることはできるけれど、差をつけているのが明らかになってしまう。
そのせいでいろいろ言われたくないので、見た目はあえて揃えた。
「イアンとレアンのチョコレートが違うとわかった。カーライトやベルサスにも聞くと、やはり違うものだった。花籠の絵のカードに感謝をと書いてあったので、見舞いの花のお礼を込めているということもわかった」
「お見舞いのお花をくれたかどうかで差をつけるのはおかしくないと思ったのですが、学祭では全員でお店を頑張りました。まとまっているクラスの雰囲気を壊したくなくて、見た目だけは公平感を演出するために揃えました」
「細やかな気遣いをしていたというのに、私は見逃していた。それについては訂正する」
「アルード様のおっしゃったことは正しいと思いました。婚約者候補であれば、他の人に遠慮することなく堂々と教室で渡すべきでした。申し訳ありませんでした」
「謝ってほしいわけではない。逆だ。私のほうが謝りたかった。だが、言いにくかった」
「お気になさらないでください。見た目でわからないようにしたのは私ですから」
「ルクレシアは変わった。良い方に変わったと思う者もいるだろう。私も最初はそう思っていた。だが、だんだんと……距離を置くような感じがした」
否定できない。
「光魔法を教えると言ったのに、やはり難しいと言って断った。風魔法や浮遊魔法のためだと言っていたが、雷魔法を必死で練習している」
私は驚いた。
「なぜご存じなのですか?」
「エリザベートが話していた。自分がルクレシアに教えたおかげで、初歩の初歩を脱出して初級の雷を出せたと」
そう言えば、口止めをしていないかもしれない。
「私も極めて簡単な灯りの魔法を教えた。なぜ、雷魔法のように必死に練習しないのかと思った。絵本について話した時も怒っていた。あの絵本は私が光魔法を習得したいと思ったきっかけだった。それを軽視されたようで許せなかった」
あの絵本で最も着目すべきだったのは、アルード様にとって大切な本であること。
アルード様は光魔法に挑戦する私にあの絵本を見せ、自分と同じように光魔法を習得する気になってほしかった。
でも、私はすぐに無理だと諦めてしまった。
あれこれ魔法に手を出して、中途半端にならないためという理由は常識的。
でも、雷魔法に手を出した。
矛盾している。
おかしい、許せないとアルード様が思っても仕方がないと私は思った。
「本当に申し訳ありません。アルード様の慈悲を無下にしてしまいました」
「ルクレシアがどの魔法を練習するかは自分で決めていい。だが、無理をして病気になってほしくない。体調だけは気をつけてほしい。わかってくれるな?」
「はい」
「ルクレシア、私は」
アルード様は言葉を止めた。
何かを言いたいのに、迷っているように見えた。
「……心配でならない。また病気になれば、魔法学院に通えなくなってしまうだろう?」
「そうですね。気をつけます」
「部屋まで送る。移動魔法をかけるため、廊下に出たら抱き上げる」
「抱き上げる? どうしてですか?」
「移動魔法はかけた対象によって効果が違う。誰かに自分だけ魔法をかけられた時と、使い手と一緒に魔法がかかった時では感覚差がある。それを感じてほしい。それも勉強になる」
「わかりました」
廊下に出ると、アルード様は私を抱き上げた。
「首に手を回せ。しっかりと掴まってほしい」
私は言われた通りにした。
そのせいでアルード様の顔がとても近くなり、恥ずかしくなってしまう。
「移動魔法をかける」
次の瞬間、私は自分の全てが新しくなるような感覚に包まれた。
「どうだ? 自分だけでかけられた時とは違うだろう?」
「……軽いです」
「走る」
アルード様が走り出した。
速い!
廊下の景色がどんどん通り過ぎていく。
階段を一気に飛び降りた。
その動きは羽のように軽やか。
着地をしても全く音がしない。
廊下を走る時にも同じ。静かなのにとても速い。
すごい……。
アルード様の移動魔法に圧倒されてしまう。
風のように走るというのはまさにこのことだと思った。
私の部屋の前に着くと、アルード様は私を気遣いながら下に降ろした。
離れた瞬間、魔法を感じなくなる。
夢が終わってしまったかのような感覚がした。
「荷物の移動は明日にしろ」
「わかりました」
アルード様はあっという間に行ってしまった。
「あれがアルード様にかかった場合の移動魔法……」
何度も移動魔法をかけられたことがあるけれど、あんな感じはしなかった。
本当に魔法はすごい。
知れば知るほど、世界が変わってしまう。
私は無限の可能性を感じずにはいられなかった。




