64 噂
学祭が終わった。
私は午前中の肉焼き当番や午後の対人魔法戦の観戦で気を遣ったのもあって疲れてしまった。
アヤナが回復魔法をかけてくれたけれど、精神的な疲労には効かない。大事を取って夕方には帰ることにした。
屋敷に帰ったあとは入浴してすぐに就寝。
翌日には回復していると思ったのに、私は熱を出してしまった。
「大丈夫?」
「まさか熱を出しているなんてね」
学祭の夜の様子を話すため、アヤナとエリザベートがコランダム公爵邸に来てくれた。
「アヤナの回復魔法は効かなかったみたいね?」
「違うわ! 精神的な疲労には効かないだけよ! 肉体的なほうは回復したわ!」
「心配かけてしまったわね。でも、微熱なのよ。白魔導士の診療を受けたら、疲労による発熱ですって。火属性なのに恥ずかしいわ」
「関係ないわ」
「そうね。火属性が熱を出さないなんて聞いたことがないわ」
「ほかの病気ではないと思うけれど、一応は離れておいて」
私は背もたれにする大きな枕によりかかりながらそう言った。
「なんだか、ルクレシアが病気なんて変な感じ」
「アヤナ、回復魔法をかけてあげたら?」
「でも、白魔導士が診察しているわけでしょう? かけたほうがいい?」
「ダメなの。回復魔法を一回かけても治らない場合、薬のように一日につき何回までっていう上限がつくらしいわ。弱っている時に回復魔法をかけすぎると、かえって体に負担がかかって症状が悪化するらしいのよ。今日は薬を飲んで休むようにって」
「学祭の振替休日だし、ゆっくりしなさいよ」
「そうね。ゆっくり休めばすぐに良くなるわよ」
「でも、二人が来てくれるなんて思わなかったわ。アレクサンダー様の配慮が効いたのかしら? 二人が仲良くしているならとても嬉しいわ」
「どうして?」
エリザベートはわからないというような顔をした。
「アヤナを取られて悔しいとかないの?」
「アヤナは私のものではないわ。アヤナ自身のものだし、アヤナが自分でどうしたいかを選ぶだけよ。私もエリザベートも同じ。その結果、仲良くできるなら嬉しいわ。それが友人ってことでしょう?」
「そうね」
「二人で来たのは、ルクレシアが先に帰ってしまったからよ。お見舞いに行くって話したら、エリザベートもコランダム公爵邸を見てみたいって。一人で来ることはできないらしいわ。婚約者候補同士だし、家の事情もあるからって。ハウゼン侯爵家とコランダム公爵家の関係は悪いらしいわね?」
「お父様やお母様はそういったことを話さないの。だから、貴族の関係には詳しくないかも。なんとなくだけど、魔法学院で一緒になるでしょう? そこに家の関係を持ち込むと私が通学しにくくなるって思っているのかもしれないわ」
「あー、そういうのはあるかもね」
「そうなのね。うちは普通に話しているけれど」
エリザベートは平然としていた。
「お父様は軍務大臣だし、お兄様は王宮の魔導士だから、王宮内のことを気にしないわけにはいかないわ」
「ハウゼン侯爵が大臣なんて知らなかったわ」
アヤナと同じ。私も知らなかった。
「これだから貧乏貴族は……まあ、仕方がないわね。縁がないのはわかりきったことだから」
「そうよね!」
アヤナが私を見るけれど、私はしらんぷり。
「ハウゼン伯爵だけど、よく学祭に来たわね?」
「家族で唯一来ることができるからよ。要人は身の安全を確保するため、不特定多数がいるような場所には出かけないようにしているのよ」
「ハウゼン伯爵だって要人じゃないの?」
「魔法に自信があることを示さないとね。王宮の魔導士なのに自分の身を守る自信がないようだって思われたら困るわ!」
「確かにね」
アヤナが頷く。
「まあ、対人魔法戦が終わったら帰ってしまったけれど」
「ルクレシアの代わりに私がアヤナと一緒にいてあげたわ。でないとアヤナが独りぼっちになってしまうでしょう? 私のせいだって言われたくないし」
「エリザベートが離れてくれなくて困ったわ。だから、もうあきらめて一緒に夜のキャンプファイアーまでつきあったのよ。エリザベートのグループメンバーはほぼ上級貴族だし、場違いって感じの視線で見られて大変だったわ」
アヤナはため息をついた。
「婚約者候ならアルード様のところへ行けばいいのにって言ったら、一緒に連行されて……やぶへびだったわ」
「アルード様はマルゴットとレベッカと一緒にいたわ。ムカつくでしょう?」
「全然」
「アヤナじゃなくてルクレシアよ!」
私は困ってしまった。
アルード様とはずっと話していない。
忙しかったのもあるけれど、気まずいのもある。
正直、思い出したくない。愛の話と思っただけで嫌な気分になる。
「クラスメイトと交流するのは普通のことよ。魔法学院に入学したわけだし、少しずつ大人になっていかないと」
「ルクレシアは大人よねえ」
アヤナの言葉には含みがある気がした。
「ルクレシアは魔法に夢中のようね。浮遊魔法、風魔法、雷魔法まで手を出したぐらいだし。だけど、アルード様は王子なのよ? 王子と距離が近いほど何もかも良い方になって、逆に距離ができるほど何もかも悪い方になるわ。気をつけないと、婚約者候補から脱落するわよ?」
「……心配してくれているの? 婚約者候補としてはライバルなのに?」
「確かにライバルよ。だけど、私は元々王太子殿下の婚約者候補の一人だったわ。あとからアルード様の婚約者候補になったわけだし、先に婚約者候補だったルクレシアがよく思わないのは当然だって思っているわ」
なるほど。
「でも、ルクレシアは変わってしまったわ。もしかして、アルード様の婚約者になるのを諦めたの? それで自分を変えようとしているの?」
そう聞かれることもあるだろうとは思っていた。
「まだ結婚できる年齢ではないでしょう? なのに、そのことばかり考えていると疲れてしまうわ。 だから、頭を勉強のほうに使うことにしたの」
「勉強というよりも魔法に、でしょう?」
「そうね。そのほうが楽でしょう? 将来のためにもなるわ」
エリザベートはため息をついた。
「一応聞いておくけれど、王太子妃についてはどうなの?」
「えっ?」
びっくりしてしまい、間抜けな声が出た。
「急に何を言い出すの? ありえないわ!」
「そうよね。ルクレシアはアルード様と結婚したいわよね」
私ではないルクレシア・コランダムはそうだと思う。
「だけど、ルクレシアなら王太子妃になれるかもしれないわ」
「待って!」
エリザベートがなぜそんなことを言うのかわからなかった。
「王太子殿下は水を使うわ。私は火なのよ?」
属性論で否定してみる。
「王太子殿下は風だもの。今はね」
そう言えばそうだった。
「だったら、エリザベートも大丈夫になったってこと?」
「無理よ。一度王太子妃の候補からはずれて第二王子妃の候補になって、また王太子妃の候補に戻るなんてできるわけがないでしょう? 無礼だわ!」
確かに。
「王太子殿下の側にはお兄様がいるわ。私が王太子妃になる必要はないのよ」
アレクサンダー様が王太子殿下の側近になれば、ハウゼン侯爵家は安泰。
「アヤナはどうなの? 王家の方々に見初められたいの?」
「夢のある話ね。だけど、奇跡を信じるだけでは生活できないわ! 貧乏を抜け出すには魔法学院を卒業することが絶対条件、結婚よりも圧倒的に大事だわ!」
「アヤナはとても現実的ね。地に足がついている感じだわ」
「エリザベートはどうなのよ? アルード様でいいわけ? 本当は王太子殿下のほうが良かったんじゃないの?」
「私が何を言っても無駄なのよ。有力貴族だからこそ難しいこともあるの!」
エリザベートはお茶をにごした。
もしかして……。
アルード様よりも兄の友人である王太子殿下と結婚したいのかもしれないという考えが頭に浮かんだ。
「ルクレシア、アヤナ、私のお兄様はどう? いずれハウゼン侯爵家の当主になるわ。つまり、侯爵夫人になれるのよ! 気になるでしょう?」
「全然。怖いから無理」
私が思っていることと全く同じことをアヤナが言った。
「アルード様を狙うよりも可能性があるわよ?」
「全くないわ」
「全くではないわよ。対人魔法戦のチケットを譲ってもらえたでしょう?」
「それはレディーファーストと言いつつ、実際はルクレシアと浮遊席で一緒するためよ。ルクレシアのほうが脈ありじゃない?」
ない。絶対に。
王宮でヴァン様の代わりに魔法を教えてくれている縁があるからだと私は思っている。
「ハウゼン侯爵家は雷の系譜。アレクサンダー様の結婚相手は雷の系譜がいいに決まっているわ。私は火の系譜だから対象外よ」
「でも、アルード様の婚約者に選ばれなかったら、他の相手を考えないといけなくなるわ。だから、エリザベートが気にして私たちに聞いたのよね?」
「まあね。私のお兄様は厳しいけれど、本当はとても優しいからお薦めよ!」
「嘘よ!」
アヤナが叫んだ。
「絶対に否定するわ! どう見たって怖いじゃないの!」
「見る目がないわね! 兄様は凛々しくて責任感があって才能もあって頭も良くてハウゼンが誇る逸材なのよ! 複属性使いなのは知っているでしょう? 誇らしいわ!」
「優秀だってことはわかるのよ。でも、怖い妹だっているのよ? 私に薦めないで! ルクレシアだってそう思っているわ!」
「そうなの?」
「考えたこともなかったわ。アルード様の婚約者候補でなくなったらなんて」
「ルクレシアはそうよね」
エリザベートは納得した。
「でも、それならもっとアルード様の動向に気を付けないと。最近のルクレシアは全然アルード様のことを見ていないわ」
「勉強で忙しいからよ」
「その間にマルゴットやレベッカに取られても知らないわよ?」
「エリザベートだってそうでしょう?」
「そうね。でも、アルード様の婚約者になれなかったら、別の人と結婚するわ。それが私の務め、ハウゼンに生まれた者の宿命よ。王太子殿下の婚約者候補からはずれた以上、アルード様の婚約者候補からはずれたっておかしくないわ」
エリザベートがそんなことを考えているなんて知らなかった。
「上級貴族は大変ね。ようするに、政略結婚でないと両親が許さないってことでしょう?」
「否定はしないわ。だけど、相手次第ね。良縁なら政略結婚でも恋愛結婚でも反対しないと思うわよ」
「選べる側はいいわよね。私にみたいにあまりにも条件が悪いと大変だわ」
「没落貴族はそうね。だけど、光魔法の才能があるでしょう? 選べるほうになれるかもしれないわ」
「早く大人になりたいわ。スピネール男爵が勝手に婚約者を決められたら最悪だし!」
「そうね。アヤナは気をつけないと」
「何かあったら言って。友人として力になるから」
「ルクレシアは優しいわ。エリザベートも同じように言ってくれないの?」
「帰りも馬車に乗っていいわ。スピネール男爵家まで送ってあげる」
「その程度で恩に着せないでよね」
アヤナとエリザベートは帰っていった。
二人が来てくれたのは嬉しい。
だけど、頭が痛い話題もあった。
翌日、熱がより高くなってしまった私は初めて魔法学院を休むことになった。




