06 話し合い(二)
「知らないの?」
「当たり前でしょう? 悪役令嬢としか聞いていないし、わざわざ主人公がいじめられる場面を見せてくるとでも? 普通はお気に入りのキャラの話や自慢をするわ」
「それもそうね」
アヤナはため息をついた。
「じゃあ、私の邪魔をしないように基本中の基本については教えてあげるわ。主人公は私。そして、好みのタイプの男性を攻略するって内容よ」
「さすがにそのぐらいは知っているわ。だから、入学式の時に見かけて、主人公がいるって気づいたのよ」
「あの時ね。本当はアルード王子と出会うイベントだったのに、見事にぶち壊されたと感じたわ」
「そうだったのね。ごめんなさい」
「でも、結局そのシーンを見ていたルクレシアが髪色にケチをつけていじめるって展開だから、同じような感じといえばそうかもね」
「なるほど」
細かくは違う。でも、大まかに見れば同じ。
「貴方に一番必要なのはルクレシア・コランダムの情報かもね」
「ぜひ、教えて!」
私はアヤナに迫った。
「教えてくれたら、アヤナに協力するわ!」
「本当に?」
「ええ。アヤナはこの世界で好みの男性と結ばれて幸せになりたいって思っているのでしょう? 悪役令嬢が味方になれば、主人公としてこれほど都合がいいことはないはずよ!」
「それはわからないわ」
アヤナは私の意見に賛同しなかった。
「かえってシナリオ通りに進まなくなりそうなのよね。すでにシナリオ通りに進んでいないこともあるし」
「そうなのね……でも、それは私のせいではないわ。私をルクレシアに転生させた神様にでも言ってくれない?」
「私も主人公に転生したのは嬉しいのが半分、残念なのが半分ね。どちらかといえば、ルクレシアに転生したかったわ」
「そうなの?」
「当たり前よ! 公爵令嬢で裕福で才能も魔力もあるわ。いいわよね、楽な生活で」
「ちょっと待って。私が転生したのは魔法学院の入学の前よ。混乱していたら入学式。公爵令嬢らしい生活を堪能する暇なんかなかったわ!」
「ということは、最近転生したってこと?」
「そうよ。アヤナは違うの?」
「かなり前からよ。おかげで貧乏暮らしを嫌でも堪能することになったわ。だけど、魔法学院に入学するまでの我慢だって思っていたのよ」
「そうだったのね」
「とにかく、ルクレシア・コランダムは高慢な身分主義者よ。元平民の男爵令嬢のことなんか虫けら同然と思っているし、アルード様を狙っている女性に対しては容赦なく蹴落とそうとする人物だから。貴方もそうしてくれる?」
「嫌よ」
私は即答した。
「私は高慢ではないし、身分主義者でもないわ。アヤナのことを虫けら同然だと思ってなんかいないし、心から友人になりたいって思っているわ。アルード様も素敵な方だけど狙っていないの」
「どうして? 第二王子なのよ? 王子妃になれたら素敵じゃないの?」
「私は失恋したばかりなの! 恋愛系ゲームの世界に転生したからって、早速次の相手を見つけようとは思えないわ。むしろ、魔法に興味津々なの!」
「ああ……魔法が使えるのはいいわよね」
「これまでは魔法を使えたのに、私になった途端魔法ができなくなってしまうのでは困るわ! だから、必死で勉強しているのよ!」
「なるほどね」
「私とアヤナは秘密を分かち合う友人だわ。お互いに助け合いましょうよ。少なくとも、二人共に魔法学院を優秀な成績で無事卒業するために協力し合うのは悪くないと思うの。どう?」
アヤナは考え込んだ。
「……そうね。魔法学院を優秀な成績で無事卒業するのを邪魔されたくはないわ」
「アヤナは自分の好きなキャラを狙えばいいわ。私は全面的に応援するから!」
「嬉しいわ。じゃあ、私を一人にしておいて」
私はアヤナをじっと見つめた。
「でも、今の状況だとアヤナは一人ぼっちでしょう? 友人になりたがる人もいないって聞いたわ。困るわよね?」
「全然。一人で勉強したほうが集中できるし、一人でいないと話しかけられるイベントが起きないのよ」
「そうなのね」
私はようやく納得した。
「主人公が一人の時にイベントが発生するのね?」
「主人公が学院で孤立すると、そのことを気にした攻略相手が話しかけてくれるイベントが発生するの。だから、放置しておいて」
「わかったわ。いつまで放置しておけばいいの?」
「わからないわ。でも、ゲームほどサクサク進むとは思えないわ。一学期は様子見のつもり」
「一学期? 長いわ!」
さすがにそれはないと私は思った。
「公爵令嬢としてチヤホヤされる生活を堪能すればいいでしょう? 勉強したり、アルード様たちと仲良くしたり、やることはいくらでもあるでしょう?」
「でも、アヤナが心配だわ。私にできることがあれば言ってほしいのだけど?」
「ルクレシアと仲良くなる展開なんてないの! 私をいじめるのが嫌であれば放置しておけばいいのよ。勝手にいじめたのと同じような状況になるはずだわ」
「それがわかっていて放置するなんて……できないわ」
「中身は良い人みたいね。だけど、おせっかいは嫌われるのよ?」
「私も不安なことがたくさんあるし、相談したいわ。何かいい方法はない? ゲームのシナリオにあまり影響がないように仲良くする方法とか」
「ないわよ」
「即答しないでよ! 少なくともこうやって話している時点でゲームとは違うでしょう? 補正がかかるとしても、何かしら抜け道のような方法があるはずよ」
「抜け道ねえ」
アヤナは考え込んだ。
「考えとくわ。とりあえず、私のことは放置で」
「わかったわ。だけど、今日は一緒にお昼を食べてくれない? お弁当を持ってきてしまったから」
「一人で食べて」
「そんな!」
「さっき説明したでしょう? 一人でないとイベントが発生しないの! それか悪役令嬢にいじめられているとイベントが発生するのよ。どっちがいい? いじめてくれるの?」
いじめはダメ。できない。
「わかったわ。今日は一人でお弁当を食べるわ。だけど、ちゃんと考えておいてね?」
「わかったわ」
「連絡してよ? クラスメイトだもの。手紙でもなんでもいいの。うまく理由をつければいいでしょう?」
「わかったっていっているでしょう? さっさと向こうに行って! ランチタイムがなくなるわよ?」
「そうね。じゃあ……教室でね」
私は一人で戻ることにした。
懐中時計を取り出してみると、残り時間はそれほど多くない。
ゆっくり教室へ戻れば丁度良さそうでもあった。
「一人でお弁当を食べるにしても、誰かに見られたら何か言われそう……」
イアンがそのことを知れば、なぜアヤナと食べなかったのかと聞かれそう。
一人で食べるように言われたことを話せば、余計にアヤナは悪く思われてしまう。
結局、私はアヤナを孤独に追い詰める悪役令嬢の役回りをしていると思うと胸が痛い。
「とにかく、お弁当は食べたことにして、教室に戻るのが一番かもね」
言い訳をあれこれ考えながら歩くことしばし。
「なんだか疲れたわ……」
急に力が出なくなってしまい、私は通路の途中で座り込んだ。
「アヤナと話し合えたのはよかったけれど、前途多難……」
私は膝を抱えるようにしてうずくまった。
「大丈夫か?」
声をかけられた。
「体調が悪そうだ。保健室に連れて行く」
顔を上げると、カーライト様がいた。