54 光る石
翌日。
私は担任に選択属性を火属性のままにすると伝えた。
休み時間にアヤナにも伝え、アルード様には馬車乗り場へ向かう途中の廊下で話した。
「最善だ」
「私もそう思います」
アルード様と一緒に馬車に乗ろうとすると、
「ルクレシア!」
振り返ると走って来るエリザベートが見えた。
「すぐに教室を出て行ってしまったから……アルード様と一緒なの?」
エリザベートは私とアルード様を交互に見つめた。
「今日は木曜日よ?」
「実験体だ」
アルード様が完璧な言い訳を答えてくれた。
本当は私に光魔法を教えてくれるからだけど、エリザベートに言うと面倒なことになる。
でも、アルード様が光魔法を練習するための実験体ということであれば、私が王宮に行くのはおかしくない。
「そうでしたか。ですが、少しだけルクレシアに聞きたいことがありまして」
「早くしろ」
「浮遊魔法、できたみたいね?」
ぎくりとした。
「誤魔化しても無駄よ! お兄様が教えてくれたわ。王宮で使っているところを見たってね。そのせいで私も早く覚えろって言われてしまったわ!」
兄が妹にはっぱをかけたらしい。
「それで、どの程度なの? やってみせなさい! やらないと、クラスメイトとしては絶交よ!」
そこまで言われたら仕方がない。
私は浮遊魔法の呪文を唱えた。
「この程度です」
練習したけれど、改善できていない。
まだ、ぐらんぐらんの状態だった。
「信じられないわ! こんなに浮いているなんて!」
階段で三段分ぐらいだけど。
「絶対に私も浮遊魔法を習得するわ!」
エリザベートは悔しそうな表情を浮かべながら一礼すると、自分の馬車の方へ走り去った。
「習得したのか」
アルード様はぐらんぐらん揺れる私をじっと見ていた。
「昨日ようやく。でも、揺れが止まらなくて……」
「両手を伸ばせ」
私は横に向けて手を伸ばした。
まるでTみたい。
「方向が違う。私のほうだ。前に向けて伸ばせ」
「すみません」
恥ずかしいと思いながら手を前に伸ばす。
アルード様が私の手を取り、浮遊魔法で同じ高さまで浮き上がった。
「私を見ろ」
アルード様はほぼ静止状態なのに、私だけがぐらんぐらん揺れている。
「もっと強く見ろ。足元は揺らすな」
「そう言われても」
「無礼だぞ!」
ハッとしたその瞬間、私の動きが止まった。
姿勢をピンとしたおかげで重心の位置が変わり、揺れが収まった。
「それでいい。このまま馬車まで行く。私を目安にすればいいだろう。床の上を歩くのと同じ感覚だ。並行で移動しろ」
「はい」
私はアルード様と一緒に迎えの馬車のところまで浮遊した状態で移動した。
「できている。揺れなかった」
「そうですね」
「少しずつ練習しろ。馬車に乗る時は浮遊魔法を使え。階段はないと思えばいい」
それなら通学時に練習できる。
「わかりました」
私とアルード様は一旦下に降りる。
「先に乗る」
アルード様は浮遊魔法ですぐに階段の最上段の位置まで移動し、馬車の中に入った。
私も!
浮遊魔法を唱えて浮き上がる。
でも、高さが足りない。
「調整って……どうするの?」
アルード様を待たせるわけにはいかない。
私は階段を昇って馬車に乗り込み、アルード様にダメ出しされた。
「ここでする」
通されたのは見慣れない部屋だった。
正方形の白い大理石と黒い大理石の床石が交互に配置されている部屋だった。
「これで結界の範囲を覚える」
何もない床にいきなり結界を作れと言われても、どのくらいのサイズにするかがわからない。
ここでは正方形の床石を目安にできるため、サイズを指定して結界を張りやすいようになっている。
「高さの目安もある。本棚の棚板だ。一定の間隔である」
「なるほど」
きっとここはアルード様が魔法の勉強をするために使う部屋なのだろうと思った。
「ルクレシアはどんな光魔法を覚えたい?」
「できれば回復魔法、それから結界です」
「防御魔法は?」
「一番簡単な魔法ですよね?」
「一番簡単なのは周囲を照らす灯りの魔法だ」
そうでした。
「わかります。でも、暗い場所に行かないので……」
「もっと便利な魔法がいいのか?」
「そうです」
「わかる。普通は回復魔法や結界を使えるようになりたいだろう。だが、最初は灯りの魔法がいい。基本中の基本だ」
「わかりました」
「暗くする」
アルード様が手を振ると、すぐにカーテンが動いてしまった。
これは魔力操作の応用でできる。
「部屋が暗くなった。怖くないか?」
夕方だけど、まだ外は明るい。
遮光カーテンであっても、下のほうから外光が入ってくる。
「大丈夫です」
「だが、人間は暗闇を怖がり、明るさを求める。それが本能だ」
空中に丸い灯りがあらわれた。
部屋が暗いせいで、結構明るく感じる。
「これが最も一般的に使用されるものだ。明るいだろう?」
「そうですね」
「この魔法は一部屋分の灯りだ。一人分ならもっと小さな灯りでいい」
アルード様は小さな灯りを出した。
例えるなら、ロウソク程度。
「もっと小さいものもある」
アルード様の手のひらの上にあらわれたのは、小石のような灯りだった。
「子どもの頃にこれを見た時、宝物を見つけたと思った。光る石だ」
「確かにそんな感じですね」
「ルクレシアの手を出せ」
私は手を出した。
「手のひらを上にしろ」
「もしかして」
アルード様の手が私の手に重なった。
それがゆっくりと離れていくと、私の手のひらの上には光る石があった。
「ルクレシアの光る石だ」
「この光は温かい感じがします。アルード様のようです」
「私は国民に安心を与える王族でありたい。ルクレシアも安心していい。私が守る」
それは王族として国民を守るという意味ですよね……?
そう聞きたいけれど、空気の読めないやつと思われたくない。
私は悩んだ。
アルード様が大好きな公爵令嬢らしい反応をしたほうがいいのかどうかを。
「ルクレシアは成長した」
アルード様は静かに言った。
「今必要なのは私の守りではなく、魔法の守りのようだ」
「そうですね! 魔法があれば自分で自分を守れます!」
「絵本を貸す。読んでみろ。そして、光について考えてみるといい」
「わかりました」
アルード様の講義はここまでだった。




