05 話し合い(一)
「アヤナ」
振り向いたアヤナは驚いたあと、すぐに嫌そうな表情を浮かべた。
「どうしてここがわかったの?」
「探し回ったのよ」
私はアヤナの隣に座った。
「今日は久しぶりにお弁当を持って来たの。アヤナがランチタイムを使って友人を作っているかどうかが気になって。でも、一人なのね? いつもは違うの?」
「コランダム公爵令嬢はお優しいのね」
アヤナは挑発的な笑みを浮かべた。
「ご心配なく。私は一人が好きなのよ。興味のないことに無駄な時間を使いたくはないし、グループの付き合いも面倒だし、何よりも派閥争いに巻き込まれたくないわ。傍観者でいたいの」
「派閥争い? そんなものがあるの?」
アヤナは呆れたような表情を浮かべた。
「第二王子の婚約者候補でしょう? まさか、自分が一人勝ちだと思っているの? 他の候補者は眼中にないってこと?」
「ああ、そのことね」
拍子抜けした。
「そのことは気にしていないの。今は勉強が優先よ。成績が悪いとコランダム公爵家の名誉にかかわるわ」
特級クラスになった以上、ルクレシア・コランダムの学力や能力はかなり優秀。
でも、それは中身がルクレシア・コランダムだった頃の話。
今のルクレシア・コランダムの中身は私。
そのせいで成績が一気に下がってしまうこともありえるため、真面目に授業を受けている。
そして、何もかもが初めてである魔法の授業については本気の本気。
余裕気な表情を見せつつも、内心では動揺しまくり、失敗しないよう神様に祈りながらこなしている状態だった。
「確かにね。特級クラスから上級クラスに下がっただけで大変そう。他の婚約者候補がここぞとばかりに攻撃してくるのは明らかだわ」
中間テストと違って期末テストは成績の順位表が掲示されるらしい。
その結果によって二学期のクラスが変わると聞き、かなりのプレッシャーを感じていた。
「もしかして、中間テストの結果が悪かったとか?」
「何点ぐらい取れば特級クラスでいられるのかわからないでしょう?」
「ということは、満点ばかりではなかったようね」
ぎくりとした。
「……人間だもの。些細なミスをしてしまうこともあるわ」
「そうね。些細なミスぐらいは仕方がないわよね」
アヤナはにやりとした。
「アルード様は必ず特級クラスだし、期末テストでは満点を取らないとね? 特級クラスでなくなったら、婚約者候補でいられなくなるかもしれないわ」
「確かに……そうね!」
私は気が付いた。
「それって、上級クラスになれば婚約者候補から外れることができるかもしれないってことよね?」
アヤナは驚いた表情で私を見つめた。
「婚約者候補から外れたいの?」
「アヤナとは親しくなりたいの。だから打ち明けるけれど、プレッシャーがすごいのよ」
両親の期待も周囲の期待もわかる。
でも、自信がない。
そもそも候補者の一人でしかなく、将来がどうなるかはわからない。
「婚約者に選ばれても、何らかの事情で変更になるかわからないでしょう? 王家が結婚に難色を示すような状況になるかもしれないし、アルード様に好きな女性ができたら私は完全な邪魔者でしかないわ。だから、今は優秀な魔法使いになることのほうが大事だと思うの」
アヤナは何も言わない。
私の言動を見極めるように見つめている。
「アルード様は素晴らしい方だわ。だけど、私が婚約者候補なのはコランダム公爵家の長女だからよ。アルード様が私を好きだから婚約者候補にしたわけではないことぐらいわかっているの。だから、アルード様に好きな女性がいるなら婚約者候補を辞退したいわ。アヤナはどうなの? 好きな男性や親しくしたい男性がいるなら応援するわ。教えてくれない?」
「そうやって私のことを探って弱みを握りたいわけね? さすが悪役令嬢だわ」
悪役令嬢?
私はアヤナの言葉を聞いてハッとした。
「アヤナは……転生者ね?」
アヤナの表情が瞬時に消える。
「それなら話し合う余地が大いにあるわ。そう思わない?」
「もしかして、貴方も?」
「ゲームアプリ。この言葉でわかるかしら?」
「なるほどね」
アヤナはにやりとした。
「うすうすそんな気がしていたのよ。私の知っているルクレシアとは違うしね。でも、これでわかったわ。貴方も私と同じ、転生者だってことがね!」
「わかって良かったわ。正直、どうすればいいのかわからなくて困っていたのよ。アヤナはこの世界についてよく知っているの?」
「もちろん、知っているわ」
「そうなのね。それで、誰を攻略したいの?」
「自分の攻略相手とかぶらないか確認したいわけね」
「いないわ」
私は正直に答えた。
「私の知り合いがゲームをしていただけなのよ。詳しいことは全然。だから、誰を狙っているということもないのよ」
「本当に?」
「信じてくれるかどうかはアヤナ次第だけど、本当よ。私は失恋してしまったの。もう恋なんてしないって思ったら転生してしまって……恋愛ゲームの世界に転生するなんて皮肉でしかないわ」
「それにしては、アルード様との関係に気を配っていない?」
「当たり前でしょう? 第二王子なのよ? 両親からもアルード様と親しくなるように言われているし、それなりに立ちまわっておかないと」
「それなりねえ」
「私が悪役令嬢だってことはわかっているのよ。だけど、誰かをいじめたり傷つけるようなことはしたくないわ。悪役令嬢にならないようにするには、主人公と親しくなればいいでしょう?」
「それで私に近づいてきたのね」
「アルード様の命令でしぶしぶ友人になったのはわかっているわ。だけど、転生者同士、仲良くしない? 私はこの世界で普通に生きていければいいのよ」
アヤナはじっと私を見つめた。
「本当に?」
「本当よ! でも、普通に生きていけるかどうかはわからないわ。だって、私はアヤナをいじめたくはないのに、そんな感じの状況になってしまったでしょう? シナリオ通りに進んでしまうのかもしれないわ。変えようとしても補正がかかるというか」
「その可能性はあるわね。ゲームと全く同じとは言えない部分が結構あるのに、大まかにはシナリオ通り進んでいるって感じがするのよね」
「そうなのね? ということは、私は悪役令嬢らしいってこと?」
「私の視点から見るとそうね。友人になるよう強制したり、うまくいかないからってランチタイムを別々にして、私を孤独な状況に追い込んでいるでしょう?」
「私が側にいると、アヤナは自分と同じような身分の友達を作りにくいでしょう? アルード様に指摘されて気づいたの。しばらくは一緒に食堂でランチを取るよう言われたから、そうしてみることにしただけなのよ」
「じゃあ、アルード様の指示に従ったってこと?」
「そうよ。名案だと思ったわ。おかげでたくさんの友人ができたし、アヤナもランチタイムに友人を作って一緒にお弁当を食べていると思っていたの。でも、違うようだとわかって」
「どうして違うようだとわかったの?」
「エリザベート・ハウゼンに聞いたのよ。私が見捨てたせいで、アヤナは一人寂しく貧相な昼食を食べているって言っていたわ。だから、本当なのかどうか確かめようと思ったの」
「エリザベートが」
アヤナが考え込む。
「そうなると……でも、まだ始まったばかりだし……」
「ねえ、私にもシナリオやゲーム設定について教えてくれない? 今更ながら、知り合いに勧められた時にやっておけばよかったと後悔しているのよ」
「知り合いの推しは誰だったの?」
「クルセード・ハイランド」
「ハイランド王国の王子ね」
「留学中なのよね?」
「今はいないわよ」
アヤナが答えた。
「それはもっと先の話だから」
「そうなのね」
「最初は魔法学院に入学してアルード様やその友人たちと仲良くするって感じのシナリオよ。もちろん、その中で推しが見つかればいいし、いなければシナリオが進むと出てくるキャラから好みのタイプを選ぶ感じね」
「なるほどね。それでアヤナは誰がいいの?」
「言っても知らないと思うわ。普通の相手ではないのよ」
「ということは、シナリオ通りにしているだけではダメってこと?」
「そうなのよ。だから、私を一人にしておいてくれない? そして、私に対してはルクレシア・コランダムらしくして」
「ルクレシア・コランダムってどんな女性なの? 悪役令嬢らしいけれど」
アヤナの表情は完全に呆れたものだった。