46 最高の夏休み
夕食のための移動時間になった。
女子も男子もおめかしをして馬車に乗り、別館に向かった。
雄大な自然と湖が見渡せるバルコニーは美しい花々で飾り付けられていた。
「素敵だわ!」
「そうね!」
「前よりも華やかです」
「豪華になった感じ」
席は身分順。
私が水を克服したことを乾杯することになっていたけれど、その点については少しだけ変更になった。
「ルクレシアは水を完全に克服したわけではない」
午前中、本当に大丈夫かどうかを確かめるために湖に行った。
ボートに乗ることができたけれど、突風が吹いたせいで湖に落ちてしまった。
すぐに救助されたが、水中に対する恐怖を思い出してしまったという説明が行われた。
「水遊びをすることはできるが、水上だからだ。水の中でも同じように大丈夫ということではない。水泳は無理だ。もっと水に慣れなければならない」
私が水を克服したということになれば、あっという間に社交界の話題になる。
完全に克服したとは言えないというのに誤解され、そのことがさまざまなことに影響を与えるのもわかりきっている。
私が完全に水への恐怖を克服し、泳げるようになることでそれを証明できるようになるまでは他言無用。
王家に関わることだけに、緘口令にすることが伝えられた。
「夕食の乾杯については変更する。ルクレシアは勇気を出した。そして、困難を乗り越えようと必死に努力した。そのことに乾杯したい」
全員が特別に用意されたジュースの入ったグラスを手に取った。
「乾杯!」
唱和と同時にグラスが掲げられた。
いろいろと思うことはあるけれど、アルード様は午前中に起きたことも含めてうまくまとめたのは確か。
任せておけばいいと思いながらジュースを飲んだ。
繊細さを感じさせる前菜から始まり、自然の恵みが豊かなフルコースに心もお腹も満足した。
空の色が赤く染まり、日没が迫っていた。
「なんてすばらしいのかしら……」
「ロマンティックよね……」
エリザベートとマルゴットはうっとりしていた。
レベッカも無言で見つめていた。
「夕食会の終わりを最高に飾ってくれるわね」
「そうね。アルード様はさすがね」
夕食の時間を早めにしたのは、日没の時間を計算してのこと。
離宮に戻るため、夜遅くまで別館に留まるわけにはいかないことも考慮した。
「前は食事中に日没だったの。そのせいでじっくり見ることができなかったわ。離宮に帰るのも遅くなって、護衛がいるけれど魔物が出たら怖いわねって話していたのよ」
でも、今回は全部改善されていた。
アルード様の優秀さと細やかな配慮がわかる。
空の色が夜の訪れを告げた。
そろそろ帰る時間だろうと思っていると、アルード様が不意に懐中時計を取り出した。
「全員、湖の方を見ろ」
揃うように全員が湖の方を向くと、湖畔に明るい光が見えた。
それは空へと高く昇っていき、輝く花へと変化した。
「花火だわ!」
「素敵!」
「綺麗です!」
「さすが王子! 前回を軽々と超えてきたわ!」
アヤナは感心しながら私のほうに顔を向けた。
「良かったわね。この夕食会はルクレシアのために開かれたのよ」
「アルード様のためでもあるし、ここに集まっている全員のためでもあるわ」
私は次々と夜空を彩る輝きを見つめた。
「夏らしい素敵なイベントね」
「そうね。最高の夏休みだわ」
どうなるかと思ったけれど、離宮に招待されて良かった。
勉強もできたし、魔法も習えたし、クラスメイトたちと一緒に過ごすことができた。
私は花火の光に映し出されたクラスメイトたちを順番に見つめる。
女子はもちろんのこと、カーライト様もイアンもレアンも楽しそう。
普段は冷たく見えるベルサス様まで微笑んでいる。
この場面を写真にすることができればいいのに……。
ふと、アルード様が私を見ていることに気づいた。
その表情はどこかせつなげで、胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。
「ルクレシア、どうしたの?」
「……何でもないわ」
アルード様はすでに顔を花火のほうに向けていた。
「嘘。私の目は誤魔化せないわよ?」
「アルード様と目が合ったような気がしたけれど、違っただけ」
「残念ね?」
にやりとするアヤナ。
「両想いになる日は遠そうだわ」
間違ってはいない。
なぜなら、私はアルード様を攻略する気がないから。
でも、アルード様の心の中にずっとあった重い過去、大噴水で起きた事故については攻略することができたかもしれない。
「気にしないわ。私はルクレシアだもの。あの花火のように美しく咲き誇るわ」
「花火はすぐに消えてしまうのよ。それでもいいの?」
「まだまだこれからよ」
私の人生は新しくなったばかり。花火のように一瞬で消えることはない。
どんなことが起きるかわからないけれど、きっと大丈夫。
そう思えるのは、ルクレシア・コランダムだから。
悪役令嬢も悪くないわね!
花火を見ながらそう思う私だった。
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