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もう恋なんてしない!と思った私は悪役令嬢  作者: 美雪
第一章 

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41 証明したくて



「アルード様!」


 私は湖のほうへ行くと、大声で叫んだ。


「ルクレシア?」

「来たの?」

「大丈夫なの?」

「どうしたのですか?」


 女子たちがすぐに大声で応えてくれた。


 その横を走り抜け、アルード様が来てくれた。


「無理をするな!」

「大丈夫です。今日で水泳の授業は最後なので、様子を見に来ました」

「そうか」

「てっきり泳ぐ練習をしているのだと思いました。でも、船を漕ぐ練習だなんて思いませんでした」

「見ていたのか?」

「そうです。離れたところから魔法で見ていました。アルード様が一着で驚きました」

「誰が一着だと思った?」

「カーライト様です。だって、一番がっしりしています。強そうだと感じました」

「普通はそうだろう」

「本当はこっそり見ているだけのつもりでした。でも、皆があまりにも楽しそうで……私だけ一緒でないのが悔しくて、声をかけることにしました」

「そうか」


 アルード様はゆっくりと頷いた。


「ここは大丈夫だ。岸にいる。水はない」

「私もそう思いました。入浴だってできます。水だってもう平気です」


 間が空いた。


「そうなのか?」

「かなりの年月が経ちました。だから……証明したいのです」


 過去に起きた事故にルクレシアは囚われていた。


 日常的には問題がないけれど、水が怖い。トラウマがあった。


 でも、過去に起きた事故に囚われているのは、アルード様も同じ。


「アルード様はすぐに私のところへ来てくれました。それはあの事故のことをずっと気にしているからです」


 私は水を怖いとは思わない。でも、水が怖いという設定のままでもいい。


 うまく誤魔化すことができればいいだけ。


 でも、アルード様は自分のせいで一人の女性の心に消えない恐怖を植え付けてしまったという重さを感じ続けていくことになる。


 だから、もう大丈夫だとアルード様に伝えたい。


 過去を気にする必要はない。ルクレシアの心にある水への恐怖は消えたのだと教えたかった。


「日常的には問題なく過ごせています。毎日水を飲んでいますし、入浴もしています。溺れないように注意すればいいだけです。だから、注意して進むことにしました。アルード様、私を湖の側まで連れていってくれませんか?」

「大丈夫なのか?」

「あの事故で経験した苦しみをアルード様と一緒に乗り越えたいのです」


 アルード様は私の手を取った。


「わかった。一緒に行こう」


 次の瞬間、私に回復魔法がかかった。


 ほっとするような安心感。


 私の心を支えるための魔法だった。


「ゆっくりでいい。皆がいるだろう? その側に行くだけだ」

「そうですね」


 アルード様が歩き出す。


 私もうまくいくようにと願いながら、一緒に歩き出した。


「かなり回復したみたいね。でも、やせ我慢は禁物よ」

「そうよ。無理はしないで。これは本心から言っているの」


 エリザベートもマルゴットも婚約者候補としてはライバル。


 でも、私の過去、王宮で起きた事故を知っている。


 きっと一人の女性、クラスメイトとして気遣ってくれているのだと思った。


「もしかして、克服したのを見せに来たの?」


 アヤナが尋ねてくれた。


「それなら一緒に水泳の授業を受ければよかったのに」

「違うわ」


 私は答えた。


「今まさに克服中なの。アルード様に勇気をもらってね」


 全員が私とアルード様を順番に見つめた。


「それで手をつないでいるのか」


 イアンが近づいて来た。


「僕からも勇気をあげようか?」

「アルード様でないとダメなの。だって、私はアルード様のところへ行きたかったのに、それができなかった。途中で落ちてしまったでしょう?」


 私の言葉にイアンもそれ以外の人たちも反応した。


「アルード様、一人でボートのところまで行ってくれませんか?」

「私だけで行くのか?」

「そうです。お願いします」


 アルード様は手を離すと、水辺にあるボートのところまで行った。


「ここでいいのか?」

「待っていてくださいね!」


 私はポケットからハンカチを出した。


 それを見た全員がまたしても反応する。


 きっと頭の良い人ばかりだし、私が何をする気かわかっていそう。


 まずは深呼吸。


 これからすることは私のためであり、ルクレシアのためであり、アルード様のためでもある。


 過去を……あの事故を乗り越える時が来たのよ!


 私はアルード様をまっすぐに見つめながら歩き出す。


 ふと足が止まった。


 私はこれでいい。でも、本物のルクレシアは……これでいいの?


 私が水を克服したことがわかれは、アルード様も王家も態度を変えるかもしれない。


 婚約者候補からはずされる可能性もある。


「無理をするな!」


 一番先に声をかけてくれたのはアルード様だった。


「そうだよ! 十分頑張っているよ!」


 イアンが叫んだ。


「もう少しよ!」

「頑張って!」

「いけそうです!」

「勇気がある!」

「前だけを向いて!」

「ゴールは目の前です!」


 応援してくれる声が次々と聞こえた。


 きっと事故が起きた時も、こんな風に声をかけたり応援をしていた。


 私はあの事故が起きた時のことを想像した。


 子どものルクレシアがスカートの端を手で持ち上げ、一生懸命大噴水のヘリを歩いている。


 ――皆が応援してくれる! 頑張らないと! 絶対にアルード様のところへ行くの!

 ――走れ! ルクレシア!

 ――アルード様が私の名前を呼んでくれた!


 ルクレシアの気持ち、溢れるほどの嬉しさを私は感じたような気がした。


 ああ、そうだったのね……。


 ルクレシアは応援してくれる人々の期待に応えたかった。アルード様に名前を呼ばれて嬉しくなった。


 初めて上がった大噴水のヘリを歩く怖さを乗り越え、アルード様に向かって力強く走り出した。


 でも、つまずいた。バランスを崩してしまい、水の中に落ちた。


 ――アルード様……ごめんなさい。


 水と混じっていく涙。押し寄せる苦しさ。


「ルクレシア! もういい!」


 苦しそうなアルード様の声に私はハッとした。


 もうアルード様を苦しめたくない! ルクレシア、そうよね?


 私は決意を示すようにハンカチをギュッと握りしめた。


「大丈夫です!」


 私は走り出す。


 前に向かって。アルード様に向かって。


 あの事故を、つらい過去を置いていくように。


「アルード様! 受け取ってください!」


 手に持ったハンカチを振る。


 そして、到着。


 私の差し出したハンカチをアルード様は受け取ってくれた。


「よくやった。あとは任せろ」


 アルード様はそう言うと、私に回復魔法をかけた。


 そして、すぐに私を抱き上げると、みんながいるところに向かって走り出した。


「戻って来る!」

「走って来るよ!」

「今度はアルードの番か!」

「ゴールはここです!」


 皆が声を張り上げた。


 あっという間にゴール。


 私を慎重に降ろすと、アルード様は息をついた。


「意外と重かった」


 次の瞬間、どっと笑いが起きた。


「最高だわ!」

「本当にね!」

「まあ、そのドレスではね」

「ドレスのせいということで」


 アヤナ、エリザベート、マルゴット、レベッカが笑いながらフォローをしてくれた。


「アルード様、そして皆に心から感謝します。ようやく役目を果たして、ゴールできました。全員で笑い合える思い出もできました。ここに来て良かったです」

「ルクレシアの勇気が証明された」


 アルード様が言った。


「その証拠にこれを与える」


 アルード様が差し出したのは私がさっき渡したハンカチだった。



「私のハンカチですが?」

「だから返す。このまま持っているわけにはいかない。水着にはポケットがない」

「アルード様、また笑ってしまいそうなのですが?」

「アヤナはすでに笑っているよ?」

「全くもって笑っているよね」

「笑顔全開だ」

「抑えることができていません」

「でも、わかるわ!」

「笑ってしまうわよね」

「さすがにポケットがないのでは仕方がありません」

「そうですね。私のドレスにはポケットがあるのでお任せください」


 私はハンカチを受け取るとポケットに突っ込んだ。


「たたまないの?」

「淑女でしょう?」

「たたんでからいれるのが礼儀作法です」


 上級貴族の令嬢らしい。


「握りしめていたからシワシワなのよ。綺麗にたたんでも意味がないって思ったの」

「とにかく、楽しい時間になってよかったわ。ルクレシアが来てくれたおかげね。ありがとう」


 アヤナが取りなすように言ってくれた。


「どういたしまして。では、ごきげんよう」


 私は踵を返した。


「帰るの?」

「一緒にいないの?」

「何かあるの?」

「もういいのですか?」


 女子が尋ねて来た。


「まだまだ勉強があるのよ。だから引き止めないで! 離宮で会いましょう!」


 私は颯爽と歩き出す。


 小道を進んでいくと、ヴァン様が見えた。


「ヴァン様、見ていてくれましたか?」

「見ていました」

「苦手意識と戦いました。そして、勝ちました! 湖まで行けましたから!」


 私はこれでどうだとばかりの勢いで伝えた。


「よくやりました」


 ヴァン様は私の頭に手を置くと、優しく撫でてくれた。


「第二王子も安心するでしょう」

「そう思います」

「でも、いいのですか?」

「というと?」

「あの事故があったからこそ、王家は配慮を見せました。婚約者候補になれたということです。完全に回復したということになれば、配慮がどうなるかわかりません」

「そうですね。でも、私はコランダム公爵家の長女。才能も魔力も豊か。王子妃にふさわしい女性として婚約者候補に選ばれたと思われたいです。魔法学院で学び、優秀な魔法使いになることでそれを証明します!」

「そうですか」


 ヴァン様はゆっくりと頷いた。


「ルクレシアは成長しましたね」

「そうです。でも、もっと成長します。風魔法を教えてください。夕食までまだ時間があります!」

「そうしましょう。ルクレシアのやる気は十分にあるようですから」


 私とヴァン様は勉強の続きをすることにした。


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