38 スパイ
風魔法三昧の授業。
ヴァン様は私の才能に驚いていた。
「もしかすると、さほどすることなく火魔法と同等に風魔法を使いこなせるようになるかもしれません」
「頑張ります! ヴァン様に教えていただけるのは大幸運です。魔法学院に通っているだけでは、自分で風魔法を使うことなんてできなかったと思います」
「ルクレシアとの出会いは運命かもしれません。魔法に夢中だと言ったことが、私の心を動かしたのは事実ですから」
私の風魔法が成功すると、ヴァン様はとても喜んでくれる。
一瞬で周囲の空気が綺麗になったかのようなさわやかで心地の良い空気が満ち溢れ、私の心を嬉しくも穏やかにしてくれる。
ずっと一緒にいて、魔法を習っていたい。
そんな風に思うほど、私はヴァン様と過ごす時間が楽しくて仕方がなかった。
数日後。
夜。アヤナが部屋に来た。
「どう?」
「まあまあね」
アヤナはソファに座り込んだ。
「疲れるわ。水泳なんて……暑いから気持ちいいけれど」
「日中は暑いわよね」
「そっちの授業はどう?」
「順調よ」
「専属についている魔導士とかなり親しくしているみたいね?」
一瞬、間が空いた。
「その情報はどこから?」
「イアン様」
なぜ、イアンなのかがわからない。
「正直に答えて。その魔導士が気に入っているの? 好きになった?」
アヤナらしい確認だと思った。
「先生なのよ? 好きだけど、恋愛系の好きじゃないわ。授業を受けられるのが幸せなの。優秀な魔導士なのよ。だから、私が火魔法に失敗してもすぐにフォローをしてくれるわ。安心できるのもあるわね」
「簡単で楽勝な授業だって言っていたわよね? つまらなくない?」
「とっても楽しいわよ?」
「本当に」
「本当よ」
「それだけ?」
「まあ、そうね」
「嘘つきね」
アヤナは私を睨んだ。
「風魔法を練習しているくせに」
ドキリとした。
「隠しても無駄よ。イアン様に教えてもらったわ」
「どうしてイアンが私のことを知っているの?」
「決まっているわ。アルード様の命令でルクレシアの様子を見に行ったのよ」
なるほど。
「アルード様はルクレシアが一人で授業を受けていることを気にしているの。私たちが仲良くなっているのを知っているから、一人だけ仲間外れになっているってね。それでイアン様にルクレシアの様子を見て来るよう言ったのよ」
「そういうことね」
「イアン様は魔導士とイチャイチャしていることや風魔法を習っていることを知って驚いたわけ。それで私をこっそり呼び出して、何か知っているかって聞かれたわ。でも知らないに決まっているでしょう? 私はずっと別館で水泳なんだから。そしたら、情報提供したから見返りとして探って来るよう言われたのよ。つまり、今の私はイアン様のスパイってわけ」
「正直なスパイね」
私は笑うしかなかった。
「ということで、正直に言いなさい。魔導士のことをどう思っているのかをね!」
すごまれた。
「何度も言うけれど、尊敬している先生よ。でも、恋愛感情はないわ。アヤナが気にするのはわかるのよ。だって、ここは恋愛ゲームの世界と同じだから。でも、私が夢中になっているのは男性じゃなくて魔法ってことは知っているでしょう?」
「そうね」
「本当に夢中なのよ。でも、火魔法については嬉しくない事実を知ってしまったわ」
「何それ?」
「このままいくと、私は火魔法が得意な魔法使いになるわ。そして、目指すとすれば火の魔導士。これはいい?」
「もちろん。普通だし」
「火の魔導士になるには、火魔法を使って魔物をたくさん討伐すればいいみたい。でも、私は魔物と戦いたくないわ」
アヤナは私をじっと見つめた。
「そうなの?」
「アヤナは違うの? 魔物と戦いたいの?」
「どこかで遭遇した時のために対処できるようになりたいわ。それに光魔法は魔物と戦う人をサポートできる。回復魔法で怪我を治したり、結界を張って防御したりね。それで実力を認められて魔導士になれたらって思うわ」
「そうなのね」
「ルクレシアは魔導士になりたいけれど、魔物とは戦いたくない。危険は嫌。そうなると経験を積めない。火の魔導士にはなれない。魔法使い止まりね」
「そういうこと」
「それで得意な魔法を風に変えようと思っているわけ?」
「風魔法は便利でしょう?」
すでに私が風魔法を習っていることは知られている。
アヤナには正直に話そうと思った。
「風の魔法使いや魔導士を目指しているわけではないの。でも、使えたら便利だなってずっと思っていたのよ。それで浮遊魔法の習得を目指してみようかなって」
「浮遊魔法を?」
アヤナは驚いた。
「浮遊魔法があれば、重い荷物を浮かせて運べるわ。階段がなくても二階や三階に行けるし、天井まである本棚の一番上の本だって、はしごを使わずに取れるわ」
「まあね」
「すごく便利じゃない?」
「便利かどうかで言えば便利ね」
「もちろん習得できるかどうかはわからないわ。でも、魔法学院では浮遊魔法を教えてくれない。得意な火魔法を習うよう言われるだけよ。だから、離宮にいる間に浮遊魔法を習うことにしたの」
「なるほどねえ」
アヤナはそう言いつつも、私を探るような視線を向けた。
「その魔導士は風を使えるの?」
「風の魔導士よ。水魔法も使えるわ」
「複属性使いなのね」
「そうなの。王宮には優秀な魔法使いが沢山いるから、複属性の使い手が普通にいるらしいわ」
「そうなのね。でも、どうして火の魔導士じゃないの?」
「理由は簡単よ。私の火魔法を鍛えるためではなく、私の火魔法に対処するためについているの。ようするに消火係ってこと」
「ああ……なるほどね」
アヤナは理解したというように頷いた。
「でも、魔法学院では教えてくれないことを教えてくれるの。そのおかげで火の魔導士になるのは無理そうだってわかったしね」
「能力ではなく心の問題ね。でも、魔物と戦うなんて確かに女性にはきついわ」
「私は公爵令嬢なのよ? 魔物と遭遇したことなんて一度もないわ。どんな魔物がいるのかさえよく知らないのよ? 戦うなんて無理よ」
「魔法生物学で習ったでしょう?」
「教科書の絵と実物は違うわ。実際に見たら怖いに決まっているわ!」
「そうかもね」
「だから、魔導士を目指すって言わないことにしたの。火の魔導士になって魔物と戦うつもりだって思われたくないから。私は火の魔法使いでいいのよ。それ以外にも便利な魔法を覚えたいって感じね」
「現実的ねえ。でも、安全がいいわよね」
「魔法学院ではだんだんと属性に分かれた授業になるらしいわ。火は基本的に攻撃魔法でしょう? だから、より強い火魔法を使えるように練習して、いずれは対人や対魔物の訓練もするって言うのよ。不安だわ」
「火魔法なら仕方がないわよ。他に使いようがないもの」
「ゴミを燃やすのに適している魔法よ」
アヤナが笑った。
「そうね! でも、公爵令嬢がゴミ処理係なんてダメじゃない?」
「名誉が失墜しないようにしないとね」
「そうね。イアン様には、便利な魔法を使いたいけれど魔法学院では教えてくれないから、魔導士から習っているって伝えておくわ」
「習得できないかもしれないから、浮遊魔法を目指していることは言わないで。自分でも相当高い目標だとは思っているのよ」
「そうね。でも、夢はあったほうがいいんじゃない?」
「夢は自由よね」
「イアン様からアルード様に伝わるかも。平気よね?」
「別にいいわ。ちゃんと火魔法の勉強はするわよ。魔法学院でね」
「ルクレシアの才能ならそれで十分よ。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
アヤナが部屋から出て行った。
私はため息をつく。
イアンに見られていたとは思わなかった。
でも、前にもアルード様はイアンにアヤナの様子を調べさせていた。
何かを調べる時には、イアンに頼むのかもしれない。
「イアンには注意しないといけないわね」
明日、ヴァン様に報告しようと思った。




