36 それぞれの授業
翌日。
私の部屋にヴァン様が来た。
「今日は図書室でします」
「はい」
図書室に移動したヴァン様は数冊の本を選んだ。
「これをしっかりと読みなさい。午後から練習です」
渡されたのは風魔法の本だった。
「もしかして、風魔法が使えるように指導してくれるのですか?」
「そうです。王宮の講義では風魔法の有用性について話しましたね?」
日常的に魔法を使うと便利。
でも、どんな魔法でもいいというわけではない。
火魔法は何かを燃やすのに向いている。
ゴミを焼却処分するのに便利。
でも、火が他の場所に燃え移ることで火事になる恐れもあり、他人を傷つける力になりやすいのもある。
そういったことを考えると、日常における火魔法の有用度は低い。
それに比べると、風魔法はとても便利。
浮遊魔法は風魔法の一種。重い物を運ぶ時に浮かせれば重くない。自分を浮遊させれば階段がなくても二階や三階に行くことができる。高い本棚の一番上の本もはしごなしに取ることができるなど、さまざまな場面で有効だと教わった。
「ルクレシアは火魔法が得意なので、反属性である水属性や氷属性は使えないか非常に使いにくいでしょう。そこで複属性の使い手を目指すにあたり、風魔法を薦めます」
「ヴァン様は風が専門です。教わるのに丁度良いですよね」
「その通りです」
ヴァン様がゆっくりと頷いた。
「魔法学院では次第に属性で分かれていくので、ルクレシアは火魔法の授業になっていくでしょう。火魔法ばかりを練習すると、他の魔法を練習することがなくなります。練習しなければうまく使えないのは当然ですし、苦手意識も育ってしまいます。ですので、今のうちに風魔法を使えるように練習しておきます」
「わかりました」
「風の魔導士や魔法使いを目指すようには言いません。ですが、風魔法は便利です。日常的に使えるだけで全然違います。まずは初級の風魔法を使えるようにしておき、浮遊魔法の習得を目標にします」
「浮遊魔法を!」
もし浮遊魔法が使えれば、とても便利になる。
絶対に使えるようになりたいと思った。
昼食時間になった。
水泳の授業の人は別館で取るため、離宮で食べるのは私だけになる。
それをヴァン様は知っていて、昼食を外で取れるようにしておいてくれた。
「ピクニックのようです」
庭園の奥にあるガゼボでサンドイッチと果物の入ったバスケット、お茶の入った水筒を見てそう思った。
「一緒に楽しみましょう。午後からは風魔法の行使を試します。頑張るように」
「はい!」
ヴァン様と一緒の昼食はとても楽しかった。
美しい庭園の中で、魔法の話を聞きながらだったからでもある。
午後は庭園を散歩しながら、ヴァン様の真似をして風魔法を実際に使って見る。
魔法を練習する専用の場所ではなく、離宮の庭園でするという選択に驚いた。
でも、ヴァン様いわく、自然の風を感じられる場所で練習をするのがいい。それが風魔法の使い手の常識であり、早く習得するコツだと教えてくれた。
そのおかげで少し練習するだけで風魔法に成功し、素質があると褒められた。
「とても楽しい授業でした。本当にありがとうございました」
「それは良かったです。今日はここまでにしましょう。夕食に遅れてしまいます」
「そうですね」
ヴァン様に別れを告げ、私は部屋へ向かう。
時計を見ると、夕食の時間に丁度良かった。
でも、窓を開け、ソファにゆったりと座り、風を感じる。
自分は風魔法の使い手だというように、風の心地良さに身を委ねた。
「疲れたわ……だから夕食に遅れても仕方がないわよね」
今日と明日は夕食に遅れるようアヤナに言われていた。
そうすることで水泳組と個別授業を受けている私との間にわざと溝を作り、アヤナが三人と仲良くなるきっかけ、時間を作る。
「気持ちよくて眠ってしまいそうだわ……」
でも、遅れるだけで欠席はしない。
夕食の時にすることがあった。
「遅れてしまったわ」
私が到着すると、他の四人だけで盛り上がっていた部屋が静かになった。
「授業が長引いたの?」
エリザベートが聞いてくる。
「とても楽しい授業だったわ」
「どんな感じ?」
マルゴットが興味を示した。
「聞きたいなら、自分たちがどうだったのかを先に話して」
「私が話すわ」
アヤナが申し出た。
離宮の馬車乗り場に集合。女子だけで馬車に乗り、別館に向かった。
到着後は体調不良出ないかどうかの確認があり、問題ないので水着に着替えた。
午前中はプールに入って体操をした。
水中で動けば体に負担をかけることなく鍛えることができ、健康にも美容にもいいと教わった。
そのあとは競泳。それで午前中が終了。
水着の上にガウンを着て、別館の食堂で昼食を食べた。
午後はプールに浮かんだものを取り合うゲームを二対二で行った。
「とても盛り上がったのよ!」
エリザベートが叫んだ。
「最初は婚約者候補ペアと、それ以外のペアだったわ」
エリザベートとマルゴット、アヤナとレベッカのペアに分かれた。
「マルゴットと協力することになるとは思わなかったけれどね」
「私だって同じよ」
かなりの接戦だったが、最後の最後でアヤナが掴んだボールで決まり、それ以外のペアが勝った。
そのあとはエリザベートとアヤナ、マルゴットとレベッカで組み直し、再戦。
エリザベートとアヤナのペアが勝った。
最後はエリザベートとレベッカ、マルゴットとアヤナで組んだが、マルゴットとアヤナのペアが勝った。
結局、アヤナがいたペアが勝つという結果になった。
「アヤナは水泳が得意ではないのよ。なのに、ゲームには強いのよ!」
「おかしいわよね?」
「普通は水泳が得意なほうが勝つはずです」
「頭を使っているからよ」
アヤナが答えた。
「ただ速く泳ぐならエリザベートが一番、マルゴットが二番ね。だけど、ボールをより多く取るようなゲームであれば、効率よくボールを取ったほうが勝てるわ。私は泳ぐ能力ではなく、頭を使う能力に長けているってわけ」
「一人だけ三勝するなんて」
「ずるいわよね」
「悔しいです」
アヤナは三人に睨まれた。
仲良くなる作戦じゃなかったの?
私は内心不安になったけれど、アヤナは平然としていた。
「勝ちたければ、私と組めばいいのよ。そうすれば、私が勝つための作戦を考えるから勝てるわ。簡単よ」
「それもそうね」
「確かに」
「簡単です」
うまいわ……。
自分の頭の良さをアピールし、味方にすれば役立つ、心強いと思わせるつもりだろうと思った。
「今度はルクレシアのほうよ」
「そうよ。話しなさい!」
「午前中は図書室で座学の勉強をしたわ」
複属性の使い手になることを目指すというのは秘密。
なぜなら、それに反対する者が必ずいるから。
私は火魔法が得意。それなら専門の属性を火にして火魔法ばかりを練習したほうがいい。そうすれば強い火魔法をより早く使えるようになる。
他の属性は習う必要はない。無駄。中途半端になるだけ。高度な火魔法を使えるようになるのを邪魔している。
それが常識であり、一般的な意見。
そこで表向きは火魔法の勉強や属性に関係ない勉強をしていることにして、実際は複属性使いになるための風魔法を勉強するようヴァン様に言われた。
「魔力の扱いについて、もう一度しっかりと復習するように言われたわ。基本中の基本だからって」
「魔力?」
「今更?」
「十分習ったと思いますが?」
エリザベート、マルゴット、レベッカの反応は予想通り。
「私もそう思ったわ。てっきりレベルの高い魔法を教えてくれると思ったのだけど、真逆だったってわけ。でも、簡単だったし、すごく褒めてくれたから嬉しかったわ」
「できて当然でしょうに」
「そうよ。つまらないわ」
「魔力の授業とは思いませんでした」
「他には?」
アヤナが聞いた。
「ランチは外で食べたわ。庭園でね。天気が良かったから楽しかったわ。サンドイッチだけという点を除けばね」
「貧相なランチね」
「サンドイッチだけなんて」
「さすがに少ないのでは?」
「私たちは別館だったけれど、きちんとした食事が出たわよ」
「良かったわね。でも、ピクニックみたいだと思うことにしたわ。午後もその続きね。魔力を扱うことが魔法を行使することにつながるという講義を、庭園を散歩しながら受けたわ」
「庭園を散歩しながらですって?」
「それは授業なの?」
「授業ではなく散歩では?」
「一応は授業よ。でも、先週は勉強ばかりだったでしょう? 楽な授業で良かったわ。私が一人だけだから、そうなったのでしょうけれど」
私は余裕だったというような表情をした。
「水泳の授業だって楽しかったのでしょう?」
「そうよ!」
「とても楽しかったわ!」
「暑いので気持ちよかったです」
私よりも全然良かった、楽しかったと言わんばかりの勢いと強い言動。
ようするに、自分たちのほうがいいと自慢したい。
「そう。まあ、頑張って。私はゆったり過ごすわ。せっかく離宮に来たのだから、庭園ぐらいは散歩しないとね?」
まだ庭園を散歩していない四人に対する当てつけのような言葉を選ぶ。
夕食ではエリザベート、マルゴット、レベッカが怒りそうなことを言うか、私が水泳の授業にケチをつけることになっていたので、前者を選択した。
案の定、雰囲気が悪くなり、そのまま夕食が終了した。
各自が部屋に戻ったあと、私は入浴。
寝る支度をし終えたあと、アヤナの部屋側にある壁を叩いた。
しばらくするとドアがノックされ、アヤナが来た。
「ちょっといい?」
「どうぞ」
素早くアヤナは部屋に入った。
「授業は楽そうね」
「今日はそうだったわね。首尾はどう?」
「さすがに一日ではね。でも、重要な情報を得られたわ」
「どんな情報?」
「なぜ、ルクレシア・コランダムが泳げないのか。その理由よ」
私も非常に気になっていたことだった。




