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34 新しい夢



 朝食のあと、部屋付きから新しい時間割りを渡された。


「こちらを渡すように言われました。のちほど、魔導士が来るそうです」


 私が見ると、昨夜アルード様から見せられたものと同じことが書かれていた。


「水泳だなんて……!」


 私というか、ルクレシア・コランダムは泳げないらしい。


 アルード様の言動からいって、相当なレベルで水泳あるいは水が苦手なのだろうと思ったため、大げさに反応して見せた。


「無理だわ……」

「大丈夫でございますか? 白魔導士をお呼びしますか?」


 部屋付きの侍女が心配してくれる。


「大丈夫よ。少し休めばね」

「お水を飲まれたらいかがでしょうか?」

「そうね」


 私は部屋付きから水の入ったグラスを受け取った。


 そして、気づく。


 これも水だと。


 もしかして、水を飲めないぐらいに苦手とか……ないわよね?


 今までさんざん水を飲んできたが、誰にも何も言われなかった。


 人間として水分補給は生きるために必須。


 さすがに飲むのは大丈夫だろうと思うことにした。





 朝食を片付けるために部屋付きが下がると、魔導士が部屋に来た。


「おはよう。ルクレシア」


 その声は。


「ヴァン様!」


 ピクニックランチの予行練習で失敗した私を助けてくれた時から、魔法について教えてくれる魔導士だった。


「ルクレシアは水泳の授業に参加できません。泳げないのに参加できるわけがないですからね。そこで私が特別な授業をすることにしました」

「ほとんどが水泳の授業だと知ってどうしようかと思っていました。ヴァン様に教えていただけるのであれば、むしろ嬉しいです!」

「そう言うと思いました。だからこそ、私が担当になったのです」

「よろしくお願いいたします」


 私はしっかりと頭を下げた。


 ヴァン様は私にとって魔法の先生。


 師匠といっても過言でないと思えるような存在だった。


「今日は天気もいいので、外で勉強をします」

「はい!」


 私とヴァン様は外で魔法の練習をすることになった。


 ヴァン様の専門は風魔法だけど、水魔法も使える。


 私が火魔法に失敗してもすぐに水魔法で消火してくれた。


「もう一度、火を出しなさい」

「はい」

「このようなこともできます」


 私の火魔法を消したのは氷魔法。


 炎が凍ったかのようになり、すぐに細かくはじけて消えてしまった。


「氷魔法も使えるのですか?」

「複属性使いになると便利ですよ」


 確かに。


 ヴァン様の魔法を見て実感した。


「ヴァン様は優秀な複属性使いなのですね」


 だから、私に複属性の選択もあるということを私に教えてくれた。


「驚くのはまだ早いですよ」


 ヴァン様は魔法でとても小さな火を起こした。


 芝生の上で練習をしているため、芝生に火がついてしまうと燃え広がってしまう。


 だからこその緊張感をもって私は火魔法を使わなくてならないし、コントロールしなければならないので気を使っていた。


「よく見ていなさい」


 芝生に火がついたと思った瞬間、火柱に変わった。


「あっ!」


 驚きのあまり、大きな口を開けてしまう。


「どうです?」

「火魔法が使えるばかりか、このようなものまで……」


 しかも、火柱は上へと昇るように燃えているが、周囲への被害は全くない。


 それはこの火柱、つまりは魔法をヴァン様が完全に支配しているからこそできることだった。


「すごいです……反属性なのに……」


 自分が使える魔法の反対になる属性魔法は使えないというのが常識。


 なのに、風の反属性と言われている氷魔法を使えるばかりか、氷属性の反属性である火魔法も使える。


 私は魔法学の常識を打ち破るヴァン様のすごさに圧倒された。


「ヴァン様は天才です! いえ、そのような言葉ではいいあらわすことができない偉大な魔導士です!」

「そうです。私は偉大な魔導士です。だというのに、私の実力を軽視する者がいます」

「そんな……ヴァン様の実力は明らかです! これを見ればわかります!」


 私は火柱を見上げた。


「本当にすごいです! なぜこんなことができるのか、正直わかりません。不可能だと思っていたことが現実になったことに困惑します」

「それです。人々は常識を覆されたことに困惑します。そして、そのせいで私のすごさを認めることができず、否定するのです」


 火柱を覆うように現れた水の波。


 バシャンとかぶったかと思うと、火柱は消えてしまった。


 残ったのは宙に散らばる微細な輝き。


 それは火柱も、それを消した波のような水も、全て魔法であらわれたものであることをあらわしていた。


「魔法学院の授業が進むほど、属性魔法の授業が増えていきます。ルクレシアは火魔法が得意なので、属性選択は火にしますね?」

「そうですね」

「火魔法を習うには良いでしょう。ですが、見方を変えると、火魔法しか習えないということです」

「そうですね……」


 自分の能力を伸ばしていくための選択ではある。


 でも、そのせいで一つの能力にしぼらなくてはならなくなり、他の能力を同時に伸ばすことができなくなる。


「私は疑問を持ちました。なぜ、習いたい全ての魔法を習えないのかと。それは中途半端になるからです。必ずそう言われます」


 おかしくない。常識。


「もちろん、そう言うのはわかります。ですが、もしかすると、全ての属性を完璧に使いこなせる可能性もあるのでは?」


 完全にないとはいえない。


 でも、まずもってない。ありえない。奇跡が起きないと無理。


 それが常識。


 だから、ほぼ不可能は不可能と同じだと考える。


 より確実性のある選択、最も得意な属性にしぼり、その魔法を習っていくという方法を選ぶ。


 でも、ヴァン様はそれでいいとは思わなかった。


 だから、複属性の使い手を目指し、実現したのだと思う。


「複属性の使い手は普通にいます。王宮にはね。国中から極めて優秀な者ばかりが集まっているのですから当然です」

「そうですね」

「反属性でも使える者もいます。強弱はつきますが、努力によってかなりの克服ができるのもわかっています」

「ヴァン様がまさにそうですよね」

「つまり、人間は全ての属性の魔法を完璧に使いこなせるようになる可能性を秘めています。だというのに、それを捨てるだけでなく、一つの属性しか使えない者ばかりを育てているのです。なんという愚かな魔法教育だと思うしかありません」


 ヴァン様はディアマス王国の魔法教育について不満があるらしい。


「ですが、このようなことを声高々に言ったところで、聞く耳を持ちません。なぜなら、ほとんどの者が複属性使いになれないからです。国民の中で魔法を使える者が一部なら、強い魔法を使えるのはそのまた一部。複属性の使い手となれる者も全体から見ればごく少数。結局、より確実で安定して力を使える魔法使いのほうがいいというわけです」

「わかります。国としては着実性を求めているわけですよね」

「魔法使いの全体数を増やす、平均能力を高めるためということであればいいのです。正しい教育でしょう。ですが、極めて稀有な使い手を生み出す方法ではないのです」


 ヴァン様はため息をついた。


「ですので、私はルクレシアに期待しています。もしかすると、ルクレシアは極めて稀有な使い手になれるかもしれないと」

「私が?」

「コランダムというのは鉱物のことです。そして、宝石とされるもので赤いのがルビー、それ以外のものをサファイアと呼びます」

「そうですね」

「ルクレシアはまさにコランダムです。赤の要素が加わり続ければ、やがては美しいルビーになるでしょう。逆に別の要素が加われば、サファイアになるかもしれません」


 私が使う魔法や属性について、ヴァン様は鉱物や宝石に例えている。


「別にルビーでも、火魔法が専門でもいいのです。ですが、火魔法が得意な魔法使いが火の魔導士になるにはどうすればいいと思いますか?」

「より高度な魔法を使えるようになればいいと思います」

「では、どこで高度な魔法を使えるように練習しますか?」

「訓練施設です」

「最初はそうでしょう。ですが、訓練施設で練習できる魔法には限りがあります。そこで魔物討伐で練習します」


 私はハッとした。


「火魔法は攻撃魔法です。人に向けて使うのは危険なので、魔物に向けて使うことで練習します。そして、多くの魔物を火魔法で討伐することで実力を示すと、火の魔導士になれます。ルクレシアは魔導士になりたいと言いました。火魔法が得意です。火の魔導士になり、魔物と戦い続けることを望みますか?」


 考えてもみなかった。そんなことは。


「ルクレシアは女性です。魔物と戦いたいと思うはずがありません。公爵令嬢として生まれ育ったので、そのようなことを考えたこともなかったかもしれません」

「そうです。考えていませんでした」

「まだ、時間があります。他の属性の魔法を習い、得意な属性を変更することができるかもしれません。今はルビーになりそうですが、サファイアにもなれるということです」

「ヴァン様が言いたいことはわかります」

「ですが、私が勧めるのは複属性使いです。火魔法を扱う才能を無駄にするのは惜しいではありませんか。ならば、別の属性も扱う才能も引き出し、磨くのです。そうすればルクレシアはルビーかサファイアかで悩む必要はありません。ルクレシアは両方を兼ね備える者、半分はルビー、半分はサファイアという極めて価値のある希少な宝石になれるでしょう」


 ルビーとサファイアがくっついた希少な宝石のような存在……!


 私の中に大きな夢が膨らんだ。


「ルクレシアは魔法に夢中だと言いました。それが大事なのです。自分のやりたいこと、叶えたい夢に向かって突き進む強い気持ちがなければね。私がルクレシアに教えたい、力を貸したいと思ったのは、ルクレシアの強い気持ちを感じたからです。どうしますか? 普通の選択でもいいのです。強制ではありません。火の魔導士を目指しますか? それとも、極めて価値のある希少な宝石、複属性の使い手を目指しますか?」


 私は迷わなかった。


「複属性の使い手を目指します!」

「それは本当にルクレシアの意志ですか? 私に言われたために遠慮して答えただけでは?」

「違います。遠慮ではありません。とても大事なことです。私は自分の意志で複属性の使い手になることを目指します!」

「そうですか」


 ヴァン様はゆっくりと頷いた。


「では、ルクレシアの望みをかなえるために、私もできることをしましょう。厳しい指導にも耐えられるよう覚悟をしなさい」

「はい! よろしくお願いいたします!」


 私は言葉に気合を込めた。


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