30 歓迎会
夜は歓迎会が開かれた。
正装での参加ということで、持って来たドレスが早速役に立った。
スピネール男爵家は貧乏なので、アヤナはまともなドレスを着たことがない。
でも、見た目はふわふわのピンクの髪と大きなクリクリした瞳が特徴の可愛らしい女の子。
強気な性格のせいで普段の目つきも口調も悪い。
でも、きちんと身支度をすれば、さすが主人公と思えるような可愛らしい淑女に変身できる。
「うわあ!」
「可愛い!」
ピンクのドレスを着たアヤナを見た双子は驚きの声を上げた。
「普段とは別人に見える」
「馬子にも衣装ですね」
カーライト様とベルサス様も、アヤナの変貌ぶりに驚いていた。
「そのほうがいい。似合っている」
アルード様も好意的な言葉をかけてくれていた。
「ありがとうございます」
照れたような表情をするアヤナをあざとらしいと思ってしまうのは私だけ?
「でも、ルクレシアのおかげなのです。私の持つ本来の魅力を引き出してくれました」
主人公本来の魅力は確かにそう。でも、本来のアヤナはいつものほう。
心の中でそう思いつつも、本当に可愛くて綺麗な姿に仕上がったアヤナに、私も満足していた。
「アヤナの支度については任せてほしいといいました。責任をしっかりと果たせたと思っています」
「さすがルクレシア様です。アヤナをここまで変貌させるとは思いませんでした」
「ありがとう。レベッカも素敵だわ」
レベッカの瞳は薄い水色。冷静な性格とも相まって、知的で美しい女性に見えた。
「エリザベートも、マルゴットも、とても似合っているわ。色の選択が特にね。ぴったりだと思うわ」
エリザベートは紫のドレス。マルゴットは黄色のドレス。
「ルクレシアはいつも通りね」
「替わり映えがしないわ」
「ルクレシア様の色ですね」
私のドレスは赤。
赤い瞳と揃えるのが定番。
コランダム公爵家の色は赤なので、正装の場合は赤にするのがルールでもある。
そして、他の色は似合わないというのもある。
アヤナの衣装を用意するためにコランダム公爵家が贔屓にしている仕立て屋やデザイナーを何人も呼んだ。
その時に私の新しいドレスも頼んだのだけど、全員が赤か黒を選択。
サンプルで他の色も見せてはくれたけれど、ゴージャスで赤い瞳を持つ私には赤か黒が抜群に似合う。
公爵令嬢にふさわしい威厳を出すためにも、他の色は極力避けるべきと助言されてしまった。
「男性陣は白ですね。全員」
アヤナの言う通りだった。
基本色は白。それに個性を感じるデザインの模様があり、色もそれぞれに合わせたような配色になっていた。
アルード様は白、ベルサス様は水色、カーライト様は緑、イアンは紫、レアンは黄緑。
ゲームでは攻略対象者それぞれをあらわす色があると聞いていたので、模様の部分に使っている色がきっとそれなのだろうと感じた。
「ダンスの組み合わせについては服装を考慮する。同じ色の者同士だ。カーライトはどうする?」
水色はレベッカとベルサス様、紫はエリザベートとイアン、黄色が入っているという意味ではマルゴットとレアンが同じ色の者同士ということになる。
でも、アルード様は白でカーライト様は緑。
私は赤で、アヤナはピンク。
それについはどうするかを決めなくてはいけないため、アルード様はカーライト様に聞いた。
「王子が優先だ」
「ルクレシアにする。婚約者候補だ」
「では、アヤナと踊る」
歓迎会は舞踏会。
大きな広間にオーケストラがいて、びっくりするほど多くの魔導士と騎士がひしめいていた。
「緊張しているのか?」
ワルツを踊っている時に、アルード様に話しかけられた。
「これほど人がいるとは思いませんでした」
アルード様と招待客の九人だけの歓迎会だと思っていた。
「顔合わせも兼ねている。何かあった時、招待者の顔を知らないのでは困る」
「なるほど」
話していたせいで、ステップが遅れてしまった。
公爵令嬢として踊れないというわけにはいかない。
より完璧に踊れるようにしたいと言って、自宅で練習をしていたことが役立った。
「もっとゆっくりのほうがいいか?」
「話さなければなんとか」
アルード様は口を閉じた。
それからの会話はなし。
最後まで踊り切ることができ、心の中でほっとした。
私たちのダンスが終わると、部屋にいた魔導士と騎士たちが拍手をしてくれた。
でも、拍手している人と、拍手の大きさが合わない気がした。
「不思議です」
「制服を着た者ばかりだからな。護衛と思えばいいだけだが、見張られているように感じるかもしれない」
「なるほど。でも、私が気になったのは拍手の方です。やけに大きい気がして」
ローブを着用している魔導士は手が隠れる長さの袖をしている。
だらりと下げている者がほとんどで、拍手はしていない。
でも、騎士だけでこれほど大きな拍手が聞こえるのはおかしいと思った。
「魔導士の制服は拍手をしにくい。音声魔法を使える者が拍手のボリュームを調整しただけだ」
魔法でしたか。
こういったことにも魔法を使っているところが、いかにも魔法の世界らしい。
「よく響く部屋なのかと」
「それもあるかもしれない」
私たちのあとは、魔導士たちや騎士たちが踊った。
でも、普通の社交ダンスではない。
騎士と魔導士のペアが向かい合って踊る。
男女で踊る時のように手を取り合うことはない。
音楽に合わせながら左右対称になるような動きをしながら踊る。
見慣れないダンスに驚いてしまったけれど、魔導士の長い袖や丈の長いローブがゆらめくのが、女性のドレスがゆらめくのに似ていると感じた。
「魔導士になったら、あのダンスを覚えなくてはならない」
アルード様が私に視線を向けた。
「踊る機会は少ないだろうが」
「そうかもしれません。正直、覚える必要があるのでしょうか?」
「伝統だ。魔導士と騎士は何かと対立するからな。協力を示すためのダンスだが、対決しているようにしか見えない」
「確かに」
左右対称の動きだからこそ、協力というのはわかる。
でも、どちらがより美しく見えるかを比べやすくもあり、競っているようにも見えた。
「どちらのダンスを評価する?」
「魔導士と騎士でということでしょうか?」
「そうだ」
「魔導士です。ローブが揺らめくせいで、優雅に見えます」
「騎士のマントも揺らめいているが?」
「女性はスカートの動きが美しく見えるように踊ります」
ダンスの講師がそう言っていた。
「魔導士の制服は貴族の女性が着るドレスよりも生地が厚くて重いはずです。なのに、動きが美しく軽やかに見えます。ですので、評価しました」
「そうか」
「殿下」
声をかけてきたのはエーデン。
「女性と会話するのも社交の勉強になります。ですが、ダンスのノルマは三回です。あと二回残っていることをお忘れなく」
「わかっている」
アルード様が顔をしかめた。
「別の女性でお願いします。保護者も貴族もいないとはいえ、いろいろあるのはおわかりのはず」
「わかっていると言っている」
アルード様はため息をつくと、私を真顔で見つめた。
「ルクレシアも三回だ。あと二回、別の相手と踊れ」
「もしかして、この歓迎会も社交やダンスの勉強の一環なのでしょうか?」
「当たり前だ。でなければ、食事をするだけでいい。わざわざ舞踏会にする必要はない」
「なるほど」
「アルード様」
カーライト様がやって来た。
「次はコランダム公爵令嬢と踊りたいのです。お誘いしてもいいでしょうか?」
「アヤナは?」
「イアンが誘いました。ノルマが三回なので」
男子陣にもノルマが通達されているらしい。
「わかった。許可する」
「ありがとうございます。コランダム公爵令嬢、私と踊っていただけませんか?」
「よろしくお願いいたします」
私はカーライト様にエスコートされ、二回目のダンスを踊った。
三回目はイアン。男子陣でじゃんけんをして、誰を誘うか決めたらしい。
「いつもだったら一番人気はルクレシアだけど、今夜はアヤナが一番人気だった」
「どうして?」
「これまでに踊ったことがないから」
なるほど。
「踊ったことがある相手で選ぶなら、ダントツでルクレシアだ。ダンスがうまいから、こっちがへたくそでもうまく見える」
「そんなことは。リードが
素晴らしいと思いますが?」
「嬉しいな。でも、お世辞だってわかっているから」
イアンは何気に話しやすい。
レアンはやや大人しい性格なのか、一人で私に話しかけて来たことはない。
いつも兄であるイアンが先に話し、それに続いてレアンが話すのが定番。
「ノルマ達成だ」
踊り終わると、イアンはホッとした表情になった。
「まさかダンスの強制練習まであるとは思わなかった。ルクレシアを誘っていたから、いつもとは違うみたいだと思っていたけどね」
「そうですか」
「他にもあるかもしれないよね。せっかくの夏休みだし、楽しみたいな!」
イアンがにっこりと笑う。
「楽しむ余裕があればいいけれど」
何気なく返したのは本音だった。




