03 期待はずれ
入学式から十日ほど経った。
下校時間。
「ルクレシア」
うつむきながら廊下を歩いていると、アルード様に声をかけられた。
「話がある。一緒に帰ろう。私の馬車で屋敷まで送る」
「わかりました。でも、迎えの者に伝えなくてはなりません」
「ベルサスが伝えてくれる。このまま一緒に来い」
私はアルード様の馬車に乗った。
「お話というのはどのようなことでしょうか?」
「アヤナと仲良くなれていないだろう?」
その件ですか。
私とアヤナはアルード様の命令で友人ということになった。
でも、友人らしい交流ができているとは言えない状態。
クラスメイトなので一緒に勉強している。
授業によっては男女別になるため、席を詰める必要がある。
その際、私は隣にアヤナを呼んで、友人らしく並んで授業を受けたり、意見を交わすようにしていた。
休憩時間は必ず声をかけるし、ランチタイムも一緒。
私は有料の食堂を使う気だったけれど、アヤナはお弁当を持ってきていた。
食堂のランチ代が高いのはわかる。
私がランチ代を出すので一緒に取ろうとアヤナを誘うと、頷いてくれた。
でも、一度だけ。
そのあとは食べ物を粗末にしたくない、私の温情にすがるばかりでは申し訳ないといって断られた。
そこで私は屋敷で雇っている料理長にお弁当を作ってもらい、アヤナと一緒にお弁当を食べることにした。
アヤナのお弁当はシンプル。栄養面で頼りない。
私はアヤナにしっかり栄養を取ってもらおうと思い、自分のお弁当を多めにして一緒に食べようと言った。
アヤナは嫌そうな顔をしていたけれど、私が仲良くしたいと思っていることは知っている。
食べ物を粗末にしたくないためと言い出したのはアヤナであるため、作りすぎないようにしたほうがいいと助言しつつ、私のお弁当を一緒に食べてくれた。
そんなこんなで私はアヤナと友人らしく交流しようと日々努めているが、アヤナはそれを全く喜んでいない。
王子の命令だから仕方なく友人になっただけ、我慢しているというのが明らか。
時間が経てばだんだんと親しくなれるだろうと楽観していた私はがっかりしていた。
「アヤナは元平民だ。生まれ育った環境が違う。何かと合わないのは仕方がない」
「そうかもしれません。でも、女性同士ですし、魔法を勉強する者として理解し合える部分もあると思ったのです」
私はルクレシアだけど、中身は違う。
悪役令嬢や主人公でも関係ない。仲良くしようと思えばなれると考えていたけれど、違うのかもしれない。
「ルクレシアが懸命に努力しているのは誰もが知っている」
私とアヤナのことは学院中に知れ渡っていた。
「だが、うまくいかないこともある。原因を作ったのは私だ。責任を感じている」
アルード様は友人になるよう命令した。
そのことを気にされ、私に声をかけてくれたようだった。
「アルード様のせいではありません。仲良くできない私に問題があります」
「違う。問題があるのはアヤナだ。なぜ嫌がるのかわからない」
アルード様は私をまっすぐに見つめた。
「私があのようにされたら嬉しく思うだろう。栄養面を考えて弁当を作ってくれる相手を好ましく思わないほうがおかしい」
アルード様はいつも食堂でランチをしている。
もしかすると、友人と一緒にお弁当を食べる経験をしてみたいのかもしれない。
「アヤナは自分でもお弁当を持ってきています。自分のお弁当をダメ出しされたとか、相手の分も食べさせられると太ってしまうと思っているのかもしれません」
「なるほど。女性らしい感想だ」
「でも、私がお弁当を作って持って行かなくなったら、アヤナとランチを一緒に食べることができません。魔法の授業もどんどん本格的になります。しっかり栄養を取っておかないと、いずれ勉強にも悪影響が出るかもしれません。やめるにやめられないといいますか」
「私から提案がある」
「どのようなことでしょうか?」
「私と一緒に食堂でランチを食べろ」
「でも、それでは」
「ルクレシアが側にいると、アヤナは相手をしなければならない。公爵令嬢を無視するわけにはいかないからだ。自分と同じような身分の友人を作る機会がない」
私はハッとした。
「そうですね。考えていませんでした」
私がいつもアヤナの側にいたせいで、アヤナは他の人と自由に過ごす時間を作れなかった。
「ルクレシアも身分に合った友人を作るべきだ。アヤナ以外の者とも親しく交流してほしい。しばらくは私と一緒に食堂でランチを取れ。わかったな?」
「わかりました」
その日の夕食。
私がアルード様の馬車で帰宅したことが話題になった。
「第二王子と親しくできているようだな」
「王子妃になるための階段を着実に上がっているわね!」
私の両親はアルード様と結婚してほしいと思っている。
たぶん。
「コランダム公爵家にとって極めて重要なことだ。勉強以外のことにも励め」
「婚約者候補からの格上げを狙うのよ!」
「わかっています」
圧が強い両親にはそう答えるのが無難。
アヤナのこと以外にも、なんとかしなければならないことがあった。
私とアヤナはもっと多くの人と知り合う機会を増やすため、ランチタイムを別々に過ごすことで合意した。
「そのほうがいいと思います。私とルクレシア様では身分差があるので」
嬉しそうなアヤナが憎たらしい。
絶対にアヤナよりも多くの友人を作ろうと心に決めた。
「ルクレシア」
ランチタイムになると、アルード様がすぐに声をかけてきた。
「一緒にランチを取ろう。友人たちに紹介したい」
「わかりました」
アルード様はすでに一大グループを築き上げていた。
学院では身分差は考慮しなくていいとなっているけれど、第二王子であるアルード様を無視するような者はいない。
廊下や食堂で挨拶をしてくるために自然と名前を知る者が増え、声をかけた者が周囲に集まるようになったらしい。
紹介された者の中には攻略対象者もいた。
「イアンとレアンだ」
伯爵の孫で双子の兄弟。
顔がそっくりなため、右にイヤリングをしているか、左にイヤリングをしているかで区別するとのこと。
「どっちがイアンかわかるか?」
「僕だよ」
「違うよ。僕だ」
さすが双子。にっこり微笑む姿も全く同じ。
でも、見分け方については知っている。
「なんとなくこちらでは?」
イアンとレアンは双子であっても、色の好みが違う。
衣装も同じように見えるけれど、ボタンや刺繍といった目立たない部分で色を分け、自分の所有物であることがわかるようにしている。
「当たり!」
「すごいね!」
「ただの直感です」
ランチタイムは新しい人と知り合えたこともあって、アヤナとのことや悩んでいたことを忘れることができた。
そのまま数日が経つ。
ランチタイムに食堂へ行くことで、私は多くの生徒と知り合うことができた。
おかげで毎日が楽しい。
アルード様も自分の助言が効いたので喜び、ようやく思い描いていた魔法学院での生活を送れそうな気がした。
ところが。
「さすがよね」
下校時間。馬車乗り場に向かう途中、私はクラスメイトに声をかけられた。
エリザベート・ハウゼン。
ハウゼン侯爵の娘で、アルード様の婚約者候補の一人だった。
「男爵家の養女を使って、身分差に関係なく友人を作ることをアピールする作戦は大成功。アルード様の心象を良くして、あっという間に自分のグループを作り上げたわ」
嫌みを言いに来たようだった。
「でも、貴方に見捨てられた女性は悲劇ね」
「私に見捨てられた女性?」
「アヤナよ」
「見捨ててはいないわ。ランチを別々に取ることで、他の人と知り合う時間を作ることにしただけよ」
「貴方から見ればそうかもね。だけど、アヤナは一人寂しく貧相な昼食を食べているわ。コランダム公爵令嬢の寵愛を失った者と親しくしようと思う者がいるわけがないしね」
私は驚いた。
「アヤナは友人よ! クラスメイトだし、授業の席だって隣だわ!」
「今のクラスは入学時の成績順だから変更できないわ。授業の席だって、アヤナから変えるわけにはいかないでしょう? 貴方のせいで友人ができないのに、貴方はあっという間に多くの友人を作り、楽しそうに話している。それを隣で見せつけられている状況に耐えているだけよ」
なんなの、この人!
私の中に怒りが燃え上がる。
「ハウゼン侯爵令嬢、その言い方は無礼だわ!」
「親切で教えてあげたのに伝わらなくて残念だわ、コランダム公爵令嬢」
エリザベートは残念そうな表情をしつつ、愛用の扇で口元を隠した。
「アルード様にもうまく取り入ることができたと思っているのでしょう? でも、安心するのは早いわ。貴方の改心をすぐに信じるわけがないでしょう? 人間の本性はそうそう変わるものではないから」
オホホと笑いながら、自分を迎えに来た馬車の方へ去っていくエリザベート。
すぐに同行していた友人たちが集まり、エリザベートの悪口を言い始めた。
「ルクレシア様に対してあのようなことを言うなんて!」
「ハウゼン侯爵家の威光を振りかざしているとしか思えません!」
「婚約者候補だから、あのようなことを言うのです」
「あのような女性に負けないでください!」
平民の友人たちは私を応援する言葉をかけてくれた。
でも、貴族の友人たちは困惑気味。
その差はきっと、これまでの私を知っているかどうかにあると感じた。
昔のルクレシア・コランダムはいかにも悪役令嬢だと思えるような言動だった。
ところが、魔法学院に入学した途端、それが変わった。
昔の私を知っている貴族の女性たちから見ると、身分差に関係なく友人を作ろうとしていることは奇異に思えた。
でも、友人になるチャンスでもある。
コランダム公爵家の長女であることやアルード様の婚約者候補であることを考え、様子を見ていた。
まだまだ半信半疑。
だからこそ、エリザベートの言葉に対して強く言えない。
「私はいつだって私らしいわ。こうしたいと思うようにするだけよ。魔法学院で魔法を勉強したり、新しい友人を作ることで成長したいと思ったからこそ、これまでとは変わることもあるのに。ハウゼン侯爵令嬢にはそれがわからないだけ」
私は友人たちに向かって優しく微笑んだ。
「いつも一緒にいてくれてありがとう。私が馬車に乗るのをわざわざ見送るのは大変でしょう? 私に合わせなくていいのよ? 女性は帰宅時間が遅くならないように注意しなといけないわ。遠慮しないで帰ってね」
「さすがルクレシア様です!」
「お優しいですわ!」
「帰宅時間が遅くならないよう気遣ってくださるなんて!」
友人たちは喜び、笑顔を見せてくれた。
「では、皆様ごきげんよう。また明日」
「また明日!」
「どうかお気をつけて!」
私は迎えの馬車に乗り込んだ。
屋敷に戻る途中、考えたのはアヤナのこと。
エリザベートの言葉が本当なのかどうかを確かめなければと思った。