28 別バージョン
別バージョンでした。
なぜなら。
「来たわね!」
「ごきげんよう、コランダム公爵令嬢」
エリザベートとマルゴットも招待されていた。
「婚約者候補として招待されたそうです」
先に到着していたレベッカが説明してくれた。
「離宮に到着したのは私が最初でした。待合室でルクレシア様とアヤナの到着を待っていたら、この二人が続々とあらわれたのです。それからは一人で耐える時間になりました」
わかるわ。その光景が目に浮かぶほどに。
「頑張ったわね、レベッカ」
「相当頑張りました」
「レベッカは偉いわ。さすが女子の総合三位ね」
アヤナはにやりとすると、エリザベートに顔を向けた。
「エリザベートは四位。総合順位だけを見ると、特級クラスは無理そうね?」
「うるさいわね!」
「スピネール男爵令嬢は随分と偉そうに振舞うのね? 自分よりも身分が高い相手に対して無礼だわ」
マルゴットの指摘は正論。
魔法学院内では身分差を考慮しなくていいことになっているけれど、一歩外に出れば別。 身分差を考慮しなくてはならない現実に戻る。
だというのに、アヤナは自分よりも身分が高い上級貴族のレベッカとエリザベートを名前で呼び捨てにした。
「ご心配なく。一学期の期末テストで二人と勝負をしたのです。総合成績で上だったほうは下のほうを呼び捨てにできる権利をかけました。私は女子の二位。二人は三位と四位。それで呼び捨てにする権利を行使しただけなのです」
「そんな約束をしていたの?」
「ルクレシア様が化粧室に行ったあと、そのようになったのです」
なるほど。
「呆れるわ。自分よりも身分が低い相手とそんな勝負をするなんて」
「自信があったのよ。女子だけのテストは平均点が低くなりそうだと言われていたでしょう? でも、私は高得点を取れると思ったのよ」
「私も同じです。実際、女子だけが受けたテストの順位は上でした」
レベッカが一位、二位は僅差でエリザベートだった。
「女子だけが受けたテストの順位で勝負をすればよかったのに」
「私もそう思ったわ」
「同じく」
平均点が低い科目で上位を取れれば、総合成績でも上位を狙える。
そう思うのはおかしくない。
でも、レベッカもエリザベートもそれ以外の科目で点数が取れず、アヤナに負けてしまった。
「ブランジュ子爵令嬢とも勝負をすればよかったですわ」
「するわけがないでしょう?」
「残念です」
「ちょっといいかしら?」
私はこの場を借りて伝えておくことにした。
「まさかこのメンバーが集まるとは思っていなかったわ。だけど、魔法学院に通う者同士でしょう? ここは王家の離宮。そんな態度でいたら、すぐにマナー違反になってしまうわ。ここに滞在する間だけは、お互いに問題を起こさないよう協力しない? 何かあったら家の責任にもなりかねないわ。それは困るでしょう?」
このメンバーが招待されているというのは予想外。
でも、離宮への招待についてはできるだけ平穏に乗り越えたい。
だからこその提案だった。
「仲良くしようってこと? 無理よ。私たちはアルード様の婚約者候補、ライバルなのよ?」
「ライバルなのに仲良くするなんておかしいわ」
そんなことはない。
最初はライバル同士でも、いずれ分かり合えるようになるという展開は普通にある。
ゲームとか、漫画とか、小説とか、アニメとか。
でも、そうは言えないので別の方法でアピールするしかない。
「全然おかしくないわ。私とアヤナだって最初は仲が良いとは言えなかったわ。でも、今は仲良くしているわよ?」
「確かにそうね」
アヤナが頷いた。
「身分差があるから無理って思っていたけれど、意外と平気だったわ。ルクレシアは魔法学院に入ったことで変わったらしいから。どうせこれまでのやり方じゃうまくいかないから、変えてみることにしたんでしょ?」
「人聞きの悪い……でも、変わったことは認めるわ」
アヤナなりに、私が過去のルクレシアと違うことを説明してくれている。
ここは乗っかるべきだと思った。
「魔法学院では本格的に魔法を学ぶことができるわ。それが思っていた以上に楽しいのよ。まだ十五歳だし、家や両親のことを考えてばかりでは疲れるわ。学生でいられるのは今だけ。貴重な時間と経験を楽しまずに後悔するなんてことはしたくないのよ」
私はレベッカ、エリザベート、マルゴットを順番に見つめた。
「いきなり仲良くしようといったところで、無理だと思うのはわかるわ。でも、せっかく離宮に招待されたのだから、選ばれた令嬢らしくふるまいながら楽しみましょうよ。二学期になったら、夏休みをどう過ごしたか聞かれるはずよ。王家の離宮に招待されたのに、喧嘩ばかりだったとでもいうつもり? 笑われてしまうわ!」
正論とプライドに訴える作戦。
「そうですね」
レベッカが同意した。
「離宮に招待されたことは必ず話題に上ります。お互いに足を引っ張り合うのは自由ですが、そのせいで共倒れになってしまうかもしれません。わざわざ危険を冒す必要はないと思います」
「そうね。安全なほうがいいわ。ここは王家の離宮だもの。問題を起こしたら、厳しく処分されてしまいそうよね」
アヤナも同じ。私の提案を支持してくれた。
エリザベートとマルゴットは考え始める。
「まあ、今すぐ答えを出す必要もないわよ。考えておけばいいってだけ。それよりもブランジュ子爵令嬢に聞きたいことがあるのだけど?」
アヤナが尋ねた。
「私に?」
「そのドレス、とっても素敵だわ。どこの店のものなの? 特注品?」
「当然でしょう? アクアーリ子爵家が御用達にしている仕立て屋であつらえたわ」
「そうなのね。でも、一つだけ残念な部分があるわ。どうして金の刺繍なの? 夏なら銀の刺繍のほうが涼しげだわ」
「他の人と同じでは目立てないわ。それに金の刺繍のほうが高いのよ。裕福な証になるでしょう?」
「そうね。でも、流行に敏感なブランジュ子爵令嬢らしくないわ。もしかして、金の刺繍はブランジュ伯爵か両親のせいじゃない?」
マルゴットの表情が変わった。
「正解のようね。銀がいいと言ったのに、金にされてしまったのでしょう? 私も金の刺繍については気になっていたのよ」
エリザベートもマルゴットのドレスを見て、アヤナと同じ部分が気になっていたようだった。
「よくあることです。好きなドレスでいいと言われたのに、購入する際には家や両親の意向が加わってしまいます」
「勝手に暗い色にされたり、明るい色にされたり。余計な飾りをつけられることだってあるわ」
「若者には若者の流行や好みがあるわ。なのに、大人は自分たちの価値観で判断するのよ。言う通りにしないと買わないわよって言われたら、大人しく引き下がるしかないしね」
「全然わかっていないのよ! 同じ女性であっても、年齢が違うんだから、流行も好みも違って当然なのに!」
「そうね。私もそう思うわ」
マルゴットがため息をついた。
「私はいかにも夏らしいドレスにしたかったのよ。なのに、王家の離宮に行くなら豪華なものでないとダメだって言われたの。それで結局、金の刺繍にすることになったわけ」
「銀より金のほうが豪華に見えるから、それならいいってわけね」
「ありがちです」
「わかってないわよね。豪華なドレスばかりでは、成金だって言われるだけだわ。それよりも季節や流行にあったドレスにしたほうがおしゃれだって褒めてもらえるし、評判もよくなるのにね」
「そうなのよ。でも、うちは裕福さを誇る家柄だわ。装いも裕福そうでないとダメっていうのよ」
「家の縛りはどの貴族にもあるわ。うちは古い家系だから余計にうるさいのよ。あれもダメ、これもダメ、ダメ出しのオンパレードよ!」
「子どもには押し付けるのに、自分たちに対しては違います」
「ずるいわよね」
「勝手に決めてばかり。嫌になってしまうわ!」
親への愚痴大会が始まった。
年頃の女性や貴族の女性ならではの悩みは多くある。
それをアヤナがうまく引き出し、共通の話題にした。
良かった。いがみ合いにならなくて。
ただ、私はそれを黙って聞くだけになっている。
ドレスは両親や衣装係が勝手に揃えているし、そもそも両親とは夕食の時にしか会わない。
趣旨にあうような話ができなかった。
「ねえ、さっきから一人だけ黙っている人がいるわよ?」
エリザベートの刺々しい口調が私に刺さった。
「そうね。自分は関係ないって感じよね」
マルゴットの口調も同じ。
「ルクレシア様はコランダム公爵家の長女。恵まれていそうです」
刺々しいわけではないけれど、レベッカの言葉は仲間ではないと言っているようで。
「何かないの? ルクレシアは?」
アヤナがそう言ってくれた。
でも、困るしかない。
私はずっと勉強ばかりの日々だった。
ルクレシア・コランダムの過去を知らないからこそ、自分もこうだった、ああだったということができない。
事前にアヤナから情報を聞いておけばよかった。
「言えないわ。だって……私はコランダム公爵家の長女なのよ?」
何もないとは言えない。
そう言えば、自ら自分は仲間ではないと宣言したのと同じになってしまう。
ないわけでない。でも、話せない事情があると匂わすことで、なんとかこの場を誤魔化せないかと感じた。
「ずるいわよ。一人だけ何も言わないなんて!」
「そうよ。私たちの話はしっかりと聞いていたのに」
「何か一つぐらいは言ってもいいのではないしょうか?」
エリザベート、マルゴット、レベッカがなおも言って来る。
その気持ちはわかる。
私も話したいとは思う。
でも、私自身の経験とルクレシア・コランダムの経験は違う。
同じような環境に育ったわけでもないし、きっと価値観も違う。
適当なことをいって墓穴を掘るような真似はしたくなかった。
「仕方ないわよ」
黙り込む私を見てアヤナが言った。
「コランダム公爵家の長女だもの。我慢には慣れているんじゃない? 跡継ぎの弟のほうが大事に決まっているんだから」
跡継ぎの弟がいるらしい。
でも、会ったことがない。一度も。
両親や使用人たちがそのことを口にしたこともなかった。
なぜ?
頭の中に疑問が思い浮かんだ。
「我慢に慣れているわけがないでしょう? 貧乏人のアヤナは知らないでしょうけれど、社交場でも学校でもわがまま放題だったのよ!」
「そうです。忘れたとは言わせません」
「現在は違うとしても、過去を完全に消し去ることはできないというのはあります」
わがままだったらしい。
悪役令嬢なので、まったくもって不思議ではない。
「そうですか。私は魔法学院に入ってからルクレシアと知り合ったので、それよりも前のことは知りません。もしかして、かなりの我儘令嬢として有名だったのでしょうか?」
アヤナが過去の私について質問した。
さすがアヤナ! これで過去のルクレシア・コランダムについて知ることができるわ!
ぜひとも詳細に聞かせてほしいと思ったその時、ドアがノックされた。
「お待たせしました。招待客が全員到着しましたので、別室にご案内いたします」
侍従の言葉を無情だと感じてしまった。