23 魔法に夢中
「どうぞ」
アヤナのゲームの知識を活用して用意したお菓子を見た攻略対象者の反応はわかりやすかった。
「これが新作のプリンか」
アルード様はプリン。生クリームはもちろんのこと、キャラメルソースをかけた。
カラメルは嫌いでも、キャラメルソースは大丈夫らしい。
アヤナはアルード様との接点を持つことが難しいのもあって、アイディアの出し惜しみはしないことになり、チョコレートソースとの二段構えで万全を期した。
「アイスクリームもあるのですね」
氷魔法が得意なベルサス様はアイスクリームやシャーベットなどの冷たいお菓子が好き。
幼少時から氷魔法を練習し始めたのは、氷魔法を習得すればアイスクリームもシャーベットも作り放題だと思ったからというエピソードがあるらしい。
「大きいケーキだな?」
カーライト様が好きなのはシフォンケーキ。
騎士団長の父親から鍛錬を受けたあと、お腹が空くためにケーキを食べる習慣がついた。
いつも食べているのはパウンドケーキだけど、ゲームで主人公がシフォンケーキを差し入れしたことがきっかけで、シフォンケーキが大好物になる。
「絶対あると思った」
「僕も」
イアンとレアンが好きなのはチョコレート。
イアンはナッツ類の入ったもの、レアンは何も入っていないものが好き。
変わった味にすると嫌がるので無難が最良。
「レベッカはマカロンが好きですよね?」
レベッカが好きなものもアヤナに聞いて用意した。
何も知らなかったとはいえ、嫌いなプリンを渡してしまったことに罪悪感があった。
「今度は間違っていないといいのですが」
「……ありがとうございます」
レベッカの瞳が潤んでいた。
「本当のことを言うわけにはいかないと感じて、反対のことを言ってしまいました。自業自得です。なのに、ルクレシア様はずっと気にされていたのですね」
「誰にでも苦手なものぐらいあるわ。でも、それを言うことはできない、隠したいということもあるはず。友人なのに、レベッカを支えるどころか逆のことをしてしまったわ。名誉を挽回させてくれる?」
「はい」
レベッカは早速マカロンを小皿に取り、一口食べた。
「とても美味しいです。名誉挽回の味がします」
「親愛の味と言うべきじゃない? 親友を自称するならそれぐらいわからないと」
アヤナはクッキーを手に取った。
各キャラの好物ばかりでは、コランダム公爵家の力を使って極秘調査をしたのだろうと思われるだけ。
警戒心や不信感を持たれないよう普通に用意するような菓子も合わせて出すことにした。
「美味しい。さすが新作だ」
「アイスクリームも美味しいです」
「このケーキは驚くほど軽やかだ。まるで風のケーキだ!」
「美味しくて止まらないよ!」
「全部食べてしまうよ!」
攻略対象者たちは遠慮なく好物に手を伸ばし、これまた遠慮なく独占的に食べていた。
カロリーとか全然気にしてなさそう……。
男子の食欲恐るべし。
でも、魔導士はどのお菓子も手をつけていない。
お茶のカップを手にしただけだった。
「よろしければどうぞ」
私が差し出したのはソーサー。
普通はカップとソーサーをセットと考えて両方を取る。
それが当たり前だというのに、なぜかこの魔導士はカップだけしか取らなかった。
「必要ありません。邪魔です」
前はソーサーを受け取ったのに、今回は受け取らなかった。
「私の専門を知っていますね?」
「風です」
「それなら、この程度は常識です」
「そうなのですね」
でも、私にはわからない。
まだまだ勉強が足りないということ。
もしかすると、この世界においてはごく普通のことなのかもしれない。
そうであれば、私は公爵令嬢として失格のような気がした。
「そんなに悲しそうな顔をされたら気になってしまいます」
魔導士は私の側に寄って両手を取った。
「わからないのであれば教えてあげましょう。そう言いましたからね」
私は魔導士に取られた手をじっと見つめた。
そのまましばし。
「コランダム公爵令嬢、何を考えているのですか?」
「細くて長い指をお持ちです。綺麗だと思いました」
指輪はしていないので独身者とか。
魔導士がクスリと笑った。
「今は別のことを考えなさい。カップの謎を見逃していますよ?」
「カップの謎?」
「ソーサーが邪魔な理由です」
私は視線を動かした。
カップが宙に浮いている。
「単純でした」
「そうです。とても単純です」
ソーサーがあると浮遊魔法をかける対象が増える。邪魔。
「見逃していました。教えてくださりありがとうございました」
「些細なことですが、覚えておくといいでしょう」
「はい。心に留めます」
「私のことも心に留めておきなさい」
「どうしてですか?」
「これからもわからないことが出てくるでしょう。その時に私に聞くという選択ができるからです」
「よろしいのですか?」
私は驚きと喜びに顔をほころばせた。
「コランダム公爵令嬢は懸命に勉強をしているというよりも、魔法に夢中のようだと感じたからです」
私の気持ちをズバリ当てられた気がした。
「お恥ずかしいのですが、そうなのです。魔法学院に入学してから、自分でも驚くほど魔法のことばかり考えています。早く上達したいですし、さまざまな魔法についても知りたいです。もっと魔法を勉強したくてたまりません!」
「素晴らしいことです」
魔導士が微笑んだような気がした。
「私も同じような時期がありました。より多くの魔法を学び、使って見たいとね。ですので、コランダム公爵令嬢の望みを少しだけ叶えてあげましょう」
「それは……どういう意味でしょうか?」
「水曜日は王宮に来なさい。学院の帰りで構いません。私が魔法について講義をしてあげましょう」
「魔法についての講義を?」
喜びが一気に溢れ出した。
「直々に教えてくださるのですか?」
「そうです。魔法を習う上で大切なことについて助言してあげましょう」
「ありがとうございます! ぜひ、ご教授いただきたいです!」
「では、水曜日です。いいですね?」
「はい!」
信じられないほどの大幸運。
王子に同行する優秀な魔導士に直接教えてもらえるなんて、夢のようだと思った。
「ありがとうございます! 水曜日が待ち遠しいです!」
「本当に魔法に夢中だということがよくわかります」
魔導士はそう言うと、視線を変えた。
「第二王子もそう思いませんか?」
その言葉に導かれるように私はアルード様のほうを見た。
そして、瞬時に固まってしまう。
アルード様はとても冷たい表情をしていた。
「ルクレシアは私の婚約者候補だ」
「わかっています。私はこの女性に少々の知識を与えるだけです。それは第二王子のためにもなるでしょう。なぜなら、コランダム公爵令嬢は第二王子の婚約者候補だからです。違いますか?」
アルード様は視線をそらした。
「……違わない」
「コランダム公爵令嬢、私が教えることは、魔法学院で学ぶこととは少し違うでしょう。魔法学院で学べることは、しっかりと勉強しておかなくてはなりません」
「わかりました。しっかりと勉強します!」
私は気合を入れて答える。
満足そうに頷く魔導士の期待に応えたいと心の底から思っていた。




