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20 アルード様の主催



 翌週になった。


 アルード様が主催するピクニックランチの開催日は、朝から中庭に結界が張られ、中が見えないようになっていた。


 さすがアルード様の主催。特別なランチタイムになりそうだという噂で持ち切りの状態。


 私たちのグループメンバーは招待されているほうなので、何かを手伝うようには言われていない。


 参加すること。弁当を持参すること。


 私の場合はアルード様のリクエストであるプリンを持って来ることになっていた。


 そして、ランチタイムになった。


「ルクレシア、持って来たか?」

「はい」


 私はバスケットを両手で持ち上げた。


 料理長とパティシエが張り切りまくった成果が詰まっている。


「生クリームは?」

「つけました」


 忘れたら大変。パティシエの運命が変わる。


 アルード様が許しても、私の両親が許さない。


「二個だけだな?」

「はい。アルード様のおっしゃる通りにしました」

「それでいい」


 アルード様はそう言うと、私に手を差し出した。


「エスコートする」


 ざわめきが教室及び廊下に稲妻のごとく走った。


「よ、よろしいのでしょうか?」

「デザートのためだ。ルクレシアと一緒に確保する」


 そこまでアルード様がプリン好きとは思っていなかった。


「光栄です」

「必ず楽しいランチタイムになるだろう」


 私はアルード様にエスコートされ、中庭に向かった。


 ランチタイムに合わせて結界が解かれたらしく、どうなったのかと様子を見に来た生徒や学校関係者で中庭は混雑していた。


 でも、アルード様が来ると同時に人波が割れた。


 その中を大注目されながら一緒に歩くのは恥ずかしいとしか言いようがない。


 数えきれないほどの視線は決して良いものばかりではないこともわかっていた。


「どうだ?」


 中庭には石でできた木のオブジェがいくつも並んでいた。


「先週は豆の木だった。葉の上に座ってランチを食べただろう?」

「そうですね」

「確かに葉は敷物の代わりになる。だが、下に影ができてしまう。雨の日や暑い日は便利かもしれないが、そうではない日は邪魔かもしれない。そこで葉はない状態、木だけにした」


 木には太い枝がいくつも横に走っている。


 枯れた木に見えなくもないが、白いために綺麗な印象のほうが強かった。


 何も知らなければ、中庭の風景に溶け込んでいる芸術的なオブジェが設置されたように見える。


 実際はお昼を食べるためのベンチ代わりだけど。


「枝に座ってランチを食べるわけですよね?」

「そうだ。上のほうで食べるには、風魔法とバランス感覚が必要だろう。だが、座りやすくすると、場所を取り合う者が増える。難易度をつけることで、狙う枝が分かれるようにした」

「計算されているのですね」

「石でできた木のオブジェに見えるだろう?」

「見えます。もしかして、違うのですか?」

「あれは魔法植物の木でできている。石化魔法をかけた」


 難易度の高い魔法であっても、アルード様にとっては関係なし。


 オブジェづくりに活用される。


 魔導士の方々の力作ということで間違いない。


「どこにする?」

「枝ですか?」

「そうだ。好きな場所を選べる。私と共にランチを取る特権だ」

「アルード様と一緒にランチを取れるだけで光栄ですので、どこでも」

「遠慮しなくていい。高い場所は苦手か?」

「大丈夫です」

「では、やはり眺めの良い上にしよう」


 私はアルード様に連れられて、上の方の枝に向かった。


「ここでいいか?」

「はい。でも、腰かけるのはいいとして、バスケットが落ちないかどうかが心配です」

「大丈夫だ。浮かせておけばいい」


 アルード様はご自身のバスケットと私のバスケットに浮遊魔法をかけて浮かせた。


「乾杯用の飲み物も持って来た」


 アルード様はシャンパングラスを取り出した。


「酒を飲むわけにはいかない。水だ」

「はい」


 おそらく、ディアマス王国において最高品質の水で乾杯。


「何を持ってきた?」

「トルティーヤサンドです」

「異国の料理か?」

「そうです」


 トルティーヤに具材をくるくる巻いて包んだものを持ってきた。


 前に持って来たサンドイッチはがっつり系で男子生徒にはいいのかもしれないけれど、私のような女子生徒向きではなかった。


 貴族の女性は大きな口を開けるとはしたないと思われてしまうため、あまり大きな口を開けなくても食べることができそうなものがいい。


 そこでトルティーヤサンドを料理長に説明し、特別に作ってもらった。


「このようにして巻いて食べると、野菜が食べやすくなります」

「そうかもしれない」

「ハムとチーズのものもあります。とても美味しいですよ」


 野菜を見て気乗りがしなさそうな表情だったので、ハムとチーズのトルティーヤサンドを勧めて見た。


 特別感はないかもしれないけれど、手堅く美味しい。


 でも、普通のせいか、アルード様の表情は晴れない。


「マヨタマゴのトルティーヤサンドもあります」


 タマゴサンドのトルティーヤバージョン。


「これにする」


 アルード様はマヨタマゴのトルティーヤを選んだ。


 そして、一口食べる。


「いかがですか?」


 もぐもぐもぐ。


 飲み込むのを待つ。


「美味しい」


 アルード様は驚いていた。


「タマゴしか入っていないように見えるのだが?」

「そうですね。ほぼタマゴです」

「絡めてあるソースが非常にいい。クリーミーで口当たりも良い」

「そうですよね」

「すぐに食べてしまいそうだ」

「まだあるので、よろしければどうぞ。私は野菜のものを食べます」

「待て」


 アルード様はご自身のバスケットからサンドイッチを取り出した。


「ルクレシアに食べてほしい」

「まあ。ありがとうございます」


 薄いパンの間に挟まっているのは、私の大好きなローストビーフの薄切りだった。


 黒コショウと西洋わさびのソースがこれまた美味。


 至福のひと時を感じたくて、私は目をつぶった。


「辛いのか?」

 

 西洋わさびのせいではありません。


「あまりの美味しさに……涙が出そうです」

「本当は辛いのだろう? 遠慮しなくていい」

「いいえ。丁度良いです。この刺激がたまりません! まだあるなら、おかわりを予約したいぐらいです」

「まだある。好きなだけ食べろ。私はルクレシアの持って来たものを食べる」

「交換ですわね」


 私はアルード様の持って来たローストビーフサンド、アルード様は私の持って来たマヨタマゴトルティーヤに舌鼓を打った。


「美味しい」

「美味しいですわ」


 美味しさが溢れて止まらない。


「最高のランチタイムです。アルード様のおかげです」

「そうか」


 会話はほぼ美味しさを称える会話になった。


 他のことを話す余裕はない。なぜなら、もぐもぐで忙しいから。


「まだある。食べるか?」

「プリンの分を残しておかないといけないので」


 食べすぎるわけにはいかない。


「そうだな。デザートはルクレシアに任せたため、持ってこなかった」

「大丈夫です。お任せください。生クリームたっぷりです」

「それがいい」


 約束のプリンタイムが訪れた。


「いかがでしょうか?」

「この組み合わせに間違いはない。完璧だろう」

「私もそう思います」


 カラメルの代わりにたっぷりと生クリームを乗せてある。


「だが、上のほうはいいとして、食べすすめると」

「大丈夫です。中央の部分をすくってください」


 アルード様は中央にある生クリームをすくった。


「まだあるのか」

「もっと深くても大丈夫です。中央はくり抜き、底のほうまで生クリームを詰めました」

「底のほうまで?」


 アルード様が驚きに目を見張った。


「お嫌でしたでしょうか? でも、このようにすれば、最後までプリンと生クリームを一緒に楽しめます」

「コランダム公爵家のパティシエはわかっている」

「いいえ」


 ここはしっかりと間違いを正しておきたかった。


「これは私のアイディアです。パティシエは反対しました。でも、アルード様に喜んでほしくて、このようなプリンにしました」

「嬉しい」


 アルード様は幸せそうな笑みを浮かべた。


「このプリンは以前食べたプリンとは比べものにならないほど美味しい。ルクレシアの愛と工夫による功績だ」


 愛はないけれど、生クリームはたっぷり込めました。


「決めた。ルクレシア、夏休みの予定は空けておけ。離宮に招待する」


 突然、誘われた。


「夏休みですか?」


 期末テストもまだなのに。


「他の予定がすでにあったとしても、王族の招待を断るのは無礼だ」


 遠慮するという選択は、アルード様によって消された。


「わかっています。光栄です。両親に伝えておきます」

「それについては待て。正式な書面を出す。そのほうがいいだろう」

「では、そのように」

「ただし、注意がある」


 アルード様の表情が引き締まった。


「期末テストの点数次第では、夏休みに補習を受けなくてはならない。特級クラスであることを考えると、補習を受ける可能性はゼロだ。だが、万が一ということもある。気をつけろ」

「心に留めます」

「楽しみだ」


 アルード様が再び笑みを浮かべる。


「来週もプリンを持ってこい」


 そんなにプリンが楽しみなんて……。


 ピクニックランチの日は、アルード様にとってプリンの日になりそうだった。


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